この街が孤独だと感じる人と、僕は恋がしたい

「どうしたの、澄人くん?」
 窓の外では雨が降っている。これから数日かけて台風がやってくるから、色々と準備しておけとラジオのニュースが言っていた。
(台風なのは俺の心の中の方だよ……)
 今日も俺は学校が終わってから、閉店後のサマータイムで夜食をしている。正確には夜食を眺めてぼんやりしている。
 食欲がない。
 それを心配して叔父さんが聞いてくれたのだった。
「うん……だめかも」
「だめ?」
「……好きになった子に告白したら逃げられた」
「え、そうなんだ」
 驚いたのを気遣いで誤魔化したような表情で、叔父さんが俺を見た。
 友達がいないと言っていた俺に好きな子ができて、告白までしているのに驚いたのだろう。自分だって驚いている。
「好きで、好きでしょうがないんだ。優しくて、明るいのに、かわいくて、傷つきやすくて。俺が守ってあげたい。でも俺がしょうがなさすぎて。叔父さんみたいに大人だったら、もっとちゃんとできるのに……」
 涙がぽろぽろと流れてきた。誰かの前で泣くなんていつぶりだろう。高校に行ってから、いつも感情を殺してきた。何も感じないようにしていた。
 それなのに、夏海が。
 困ったような笑顔で、それを奪っていく。
 自分でもびっくりするぐらい自然に、心の声が言葉になった。
「好き、好き、好きなのに、どうしたらいいの、俺のことが好きじゃなかったら」
 頭に温かい感触。
 叔父さんが俺の頭を撫でて、苦笑していた。
「僕もたいがい、しょうもない人間だよ」
「そんなことないでしょ」
「僕がこっちに来た理由に、好きな人が結婚して、見たくなくてってのもあったしなあ」
「そうなの?」
 初めて聞く叔父さんの恋愛話に、思わず興味を惹かれる。落ち込んでいたはずなのに。
「そうなんだよ。みんな、他人は自分よりよく見えるけど、他人だからさ。よく知ったらみんなしょうもないよ」
 叔父さんはそう言って意味深に笑った。その様子が大人っぽくて、俺はまたうらやましくなる。叔父さんは、影のあるところも似合っている。
「ここに来るちょっと前ね。自分じゃどうしようもないのに泣いたり騒いだりして、迷惑なのに家にも行って、そのあと死にたくなったりした。今だってその人に会ったらみっともなく動揺するよ。だから同窓会は行かない」
「同窓会。学校の人?」
「まあね」
 叔父さんは曖昧な表情をする。俺はドキリとした。
 ここにいない、誰かを想っている叔父さんの表情。悲しいのか懐かしいのか、色々な気持ちが混ざっているような。
「みんな、今持っている自分のすべてで勝負するしかないんだ。カッコつけたり、自分じゃない人に憧れても仕方がない。正直に、全力で好きな人に向かって、ダメだったら全力で悲しみなさい。それしかないから。そういうものだよ、恋は」
 そう言った叔父さんの横顔は真剣で、本当にかっこよかった。
 東京で持っていたものを捨てて、この街で新しく生きていこうと叔父さんを決意させたほどの、強い感情。
 叔父さんは、全力で恋をしたんだ。
(影がある叔父さんがかっこいいのは、全力で恋をしたから……。なんにもしてないのに、俺、だっさいな)
 叔父さんをうらやましいと思っていた自分が恥ずかしくなる。叔父さんは自分のすべてで恋をして傷ついたのに、俺は自分のすべてで恋をする前に傷ついている。
「あー、恋ってやばくない?」
 俺が思わず言うと、叔父さんも笑った。
「やばいよ」
 そのときだった。
 カウンターに置いていた俺のスマホが光って、ショートメッセージの着信を知らせてきた。知らない番号だった。
 文頭に、「優人さん」の文字が見えた。俺は慌てて、それを開く。
『優人さん、こんにちは。こっちでは初めてですね。カイです。お話ししたいことがあるんです。近いうちに会えませんか? 僕が昼の授業終わってから待っててもいいし、期末期間だから、時間結構自由になるし。忙しいところ、ごめんね。考えてくれたら嬉しい。kai』
「っあああー……」
 俺は、カウンターに突っ伏した。
 会えませんか、だ。
「好きな子?」
 叔父さんが聞いてくる。あんなに必死でメッセージをチェックしたのだ。そりゃばれるだろう。
「……まあ」
「向こうから連絡くれるなら、希望はあるんじゃないの? まだ単にお互いのことをよく知らないうちに告白しちゃっただけかもしれないし」
 だって夏海が連絡してるのは俺じゃないんだよー。
 そう言いたいけど、ダサい俺はやっぱり言えない。目の前の叔父さんの名前を借りているなんて、叔父さん本人には、言えるわけがない。
 リアルの俺たちは、撮影の情報共有にメッセージアプリの連絡先は交換してるけど。電話番号は知らないのだ。
 「まだお互いのことをよく知らないうちに告白しちゃった」という叔父さんの言葉が、胸に刺さる。
「たしかに俺、全然まだ何回も会ってないし、秘密もある。だけど好きっていうのは本当なんだよ」
「わかるよ、恋ってやばいからね」
 俺はうなずいた。
(でも、全力でやらなきゃ)
 まずは、ちゃんと夏海に謝ろう。自分が嫌いで、大人のふりをしたこと。
 それで呆れられたり、嫌われたりしても。それが自分の全力だから、仕方がないんだ。