映画撮影が始まった。
期末試験期間が始まって、夏海の授業数が減ったので、平日でも会えるようになったからだ。
まあ本当は勉強する期間なのだろうけど、俺は二年生が二回目のこともあって、そんなに勉強には困っていなかったし、夏海に聞くと、「普段から勉強しとくもんで試験直前にやるもんじゃねえだろ?」ということらしい。意外に、勉強はできるタイプなのかもしれない。
「ほら見て、これ昨日編集したやつ」
夏海が見せてきたスマホの画面を見るために、顔を寄せた。お互いの髪が少しぶつかって、俺はまたドキドキする。
ドキドキしてるのは、俺だけなんだろう。
「気持ち悪いなー、俺」
画面に映っている自分の演技がどうしようもなく下手な気がして、俺はつぶやいた。
「そんなことねえよ。かっこいい。ユウトのイメージぴったり」
相変わらず夏海は自分を褒めてくれる。だけど、モヤっとする。夏海は俺を褒めてくれるけど、どこかよそよそしい。
「またそんなこと言って。ユウトには誰か俺以外のモデルがいるんだろ」
答えを知ってる質問をするなんて、俺はつくづく性格が悪い。だけど、抑えられなかった。
「え、ああ。優人さんって、オレもあまり知らねえけど、オレにこの脚本を書くきっかけをくれた人」
「ふーん、大切な人なんだ」
自分で思ったよりも声が刺々しくなった。
「なんか、澄人。イライラしてねえ?」
覗き込むように夏海が見上げてきた。本当に、彼は他人と距離が近い。
イライラしている。
そう言われたらそうだ。夏海は、もう明後日には東京に行くつもりなのに、俺には何も言ってくれない。俺だって東京に住んでいたって、夏海は知ってるのに。
自分を、優人ほどには信頼していない。
そういうことだ。
(夏海が好きなのは優人なんだなあ……)
優人みたいな人と恋がしたかったと言って、彼に会いたがる夏海。もともと、夏海はこの街が孤独だと感じる人と恋がしたくて、それをわかると伝えたのは優人だ。
イライラしているのは自分のせいだ。自分が優人のふりなんかしなかったら、夏海が優人に惹かれることもなかった。そもそも優人は、存在しない人間なのに!
「何かオレ、悪いこと言った? 気づいてなかったら教えてよ」
窺うように困ったような笑いを浮かべながら、おずおずと夏海が俺を見た。
その笑顔を見てまた胸が痛む。機嫌の悪い自分にも、気を遣って笑ってくれる。いつだって、夏海は気遣いばかりだ。あんなに泣くまで怖がっているのに、なんでもないふうに笑ってくる。
「夏海、笑ってるけど、本当は俺に隠してることない? 俺のことは信じられない? 正直に言ってよ」
俺は思わずそう聞いてしまう。夏海は驚いたような顔をする。
俺だって夏海に嘘をついているのに、彼を責めるようなことを言うのはおかしい。そう思っているのに、俺は自分を止められなかった。
「澄人、怒ってる?」
「違う、怒ってるんじゃないよ! つらいんだよ」
思わず、大きな声が出た。夏海がまたびっくりした様子を見せた。情緒不安定は良くない。一緒にいても楽しくない。
(――駄目だ)
理性が自分を止めようとしたが、止まらない。こんな形じゃ駄目だ、まずは自分の嘘を謝ってからだ――と、そう思うのに。
「きみが、自分の気持ちを俺に隠すとつらいし、他の人に好意を見せるとつらい。夏海、俺はきみが好きなんだよ! 他の男の話なんか聞きたくない。なあ夏海、きみも俺のことを好きになってもらえない?」
(夏海が好きなんだ!)
その気持ちが高まって、俺は泣きそうだった。きっと顔も赤くなっているだろう。
「え……?」
不安が混じった、困ったような夏海の表情。
(あ……、間違った)
夏海の表情を見て、俺は後悔した。
どうやってこの場からこの話題を逸らせるだろうか、そんなことを悩んでいるような表情だった。
「あっ、あの、ごめんっ急に勝手なこと言って……きみにもきみの都合があるよね」
思わず勢いだけで気持ちを伝えてしまったけれど、自分と気まずくなってしまったら、夏海は映画に出てくれる人がいなくなって、映画を作る夢もなくなってしまう。それに気づいて、俺は慌てて言い足した。
「あの、別に、俺のこと好きになってくれなくても、俳優はちゃんとやるし、そのことは心配しないで。あの、急にごめん」
夏海はどうしていいかわからないように、曖昧に微笑んだ。
胸が苦しい。
(……つらい)
これは絶対、言わなかった方がよかったやつだ。
「う、えっと、ごめんな。ちょい、時間くれない? ごめん……!」
それだけ言うと、夏海は駆け出そうとした。焦っているのか普段より少しだけ訛りが強くなっていて、そういう話し方もとてもかわいいと思う。
いや、そうじゃない。
夏海はいつもとてもかわいいけど、そうじゃなくて。
「あの、帰らなくても……!」
俺は慌てて夏海の手を掴む。触れた手が熱い。
むりやりに引き留めるなんてよくないのはわかっている。ただ、今どこかに行かれたくなくて。何を失敗したのかもわからないけど、何かをどうにかしたかった。
夏海が振り返る。彼の頬も赤い。目が合った。
俺が引き留めたのと反対側の手が、俺のつかんだ手をそっと外す。
彼の潤んだ瞳から、強い視線を向けられる。何かを、言わなくちゃ。
(でも、何を)
何、を言ったらいいのか、よくわからない。
俺が声を発する前に、夏海が言った。
「ごめん、澄人……!」
期末試験期間が始まって、夏海の授業数が減ったので、平日でも会えるようになったからだ。
まあ本当は勉強する期間なのだろうけど、俺は二年生が二回目のこともあって、そんなに勉強には困っていなかったし、夏海に聞くと、「普段から勉強しとくもんで試験直前にやるもんじゃねえだろ?」ということらしい。意外に、勉強はできるタイプなのかもしれない。
「ほら見て、これ昨日編集したやつ」
夏海が見せてきたスマホの画面を見るために、顔を寄せた。お互いの髪が少しぶつかって、俺はまたドキドキする。
ドキドキしてるのは、俺だけなんだろう。
「気持ち悪いなー、俺」
画面に映っている自分の演技がどうしようもなく下手な気がして、俺はつぶやいた。
「そんなことねえよ。かっこいい。ユウトのイメージぴったり」
相変わらず夏海は自分を褒めてくれる。だけど、モヤっとする。夏海は俺を褒めてくれるけど、どこかよそよそしい。
「またそんなこと言って。ユウトには誰か俺以外のモデルがいるんだろ」
答えを知ってる質問をするなんて、俺はつくづく性格が悪い。だけど、抑えられなかった。
「え、ああ。優人さんって、オレもあまり知らねえけど、オレにこの脚本を書くきっかけをくれた人」
「ふーん、大切な人なんだ」
自分で思ったよりも声が刺々しくなった。
「なんか、澄人。イライラしてねえ?」
覗き込むように夏海が見上げてきた。本当に、彼は他人と距離が近い。
イライラしている。
そう言われたらそうだ。夏海は、もう明後日には東京に行くつもりなのに、俺には何も言ってくれない。俺だって東京に住んでいたって、夏海は知ってるのに。
自分を、優人ほどには信頼していない。
そういうことだ。
(夏海が好きなのは優人なんだなあ……)
優人みたいな人と恋がしたかったと言って、彼に会いたがる夏海。もともと、夏海はこの街が孤独だと感じる人と恋がしたくて、それをわかると伝えたのは優人だ。
イライラしているのは自分のせいだ。自分が優人のふりなんかしなかったら、夏海が優人に惹かれることもなかった。そもそも優人は、存在しない人間なのに!
「何かオレ、悪いこと言った? 気づいてなかったら教えてよ」
窺うように困ったような笑いを浮かべながら、おずおずと夏海が俺を見た。
その笑顔を見てまた胸が痛む。機嫌の悪い自分にも、気を遣って笑ってくれる。いつだって、夏海は気遣いばかりだ。あんなに泣くまで怖がっているのに、なんでもないふうに笑ってくる。
「夏海、笑ってるけど、本当は俺に隠してることない? 俺のことは信じられない? 正直に言ってよ」
俺は思わずそう聞いてしまう。夏海は驚いたような顔をする。
俺だって夏海に嘘をついているのに、彼を責めるようなことを言うのはおかしい。そう思っているのに、俺は自分を止められなかった。
「澄人、怒ってる?」
「違う、怒ってるんじゃないよ! つらいんだよ」
思わず、大きな声が出た。夏海がまたびっくりした様子を見せた。情緒不安定は良くない。一緒にいても楽しくない。
(――駄目だ)
理性が自分を止めようとしたが、止まらない。こんな形じゃ駄目だ、まずは自分の嘘を謝ってからだ――と、そう思うのに。
「きみが、自分の気持ちを俺に隠すとつらいし、他の人に好意を見せるとつらい。夏海、俺はきみが好きなんだよ! 他の男の話なんか聞きたくない。なあ夏海、きみも俺のことを好きになってもらえない?」
(夏海が好きなんだ!)
その気持ちが高まって、俺は泣きそうだった。きっと顔も赤くなっているだろう。
「え……?」
不安が混じった、困ったような夏海の表情。
(あ……、間違った)
夏海の表情を見て、俺は後悔した。
どうやってこの場からこの話題を逸らせるだろうか、そんなことを悩んでいるような表情だった。
「あっ、あの、ごめんっ急に勝手なこと言って……きみにもきみの都合があるよね」
思わず勢いだけで気持ちを伝えてしまったけれど、自分と気まずくなってしまったら、夏海は映画に出てくれる人がいなくなって、映画を作る夢もなくなってしまう。それに気づいて、俺は慌てて言い足した。
「あの、別に、俺のこと好きになってくれなくても、俳優はちゃんとやるし、そのことは心配しないで。あの、急にごめん」
夏海はどうしていいかわからないように、曖昧に微笑んだ。
胸が苦しい。
(……つらい)
これは絶対、言わなかった方がよかったやつだ。
「う、えっと、ごめんな。ちょい、時間くれない? ごめん……!」
それだけ言うと、夏海は駆け出そうとした。焦っているのか普段より少しだけ訛りが強くなっていて、そういう話し方もとてもかわいいと思う。
いや、そうじゃない。
夏海はいつもとてもかわいいけど、そうじゃなくて。
「あの、帰らなくても……!」
俺は慌てて夏海の手を掴む。触れた手が熱い。
むりやりに引き留めるなんてよくないのはわかっている。ただ、今どこかに行かれたくなくて。何を失敗したのかもわからないけど、何かをどうにかしたかった。
夏海が振り返る。彼の頬も赤い。目が合った。
俺が引き留めたのと反対側の手が、俺のつかんだ手をそっと外す。
彼の潤んだ瞳から、強い視線を向けられる。何かを、言わなくちゃ。
(でも、何を)
何、を言ったらいいのか、よくわからない。
俺が声を発する前に、夏海が言った。
「ごめん、澄人……!」
