冬を感じさせる風が吹き始め、僕は期末テスト前だというのに浮かれていた。
テストが終わればやってくるのはクリスマスと冬休み。つまり灰谷くんと会える時間が長くなるのだ。
今日は放課後に、僕の家で凛ちゃんと勉強会を開いている。
「ねえねえ、世のカップルはどんな風にクリスマスを過ごしてるのかな」
僕は凛ちゃんに「ピンクオーラしまえ」と指摘されてもなお、目にハートを浮かべて彼と過ごすクリスマスについて相談する。
ちなみに凛ちゃんは僕たちが付き合った後、すぐに塾で気になった女の子と結ばれた。
小百合さんという一個上の先輩らしい。
「イルミ見るか、家で過ごすかでだいぶ違うと思うけど。陽たちはどっち派なの?」
「それがまだ全然相談できてなくてさ〜。僕としてはイルミネーションを眺める灰谷くんも見たいし、お家クリスマスでトナカイの被り物をしてる灰谷くんも見たい」
「なんか趣旨違くない?」
「え? クリスマスって普段見れない恋人を愛でる日じゃないの?」
「ん〜そうなんだけど、そうじゃないっていうか。あんたも相当灰谷くんに惚れてんだね」
「あんたもってことは、灰谷くんも僕にぞっこんに見えるってコト‥‥?!」
「あー余計なこと言った。はいはい、とてもラブラブに見えますよ」
「やっぱり僕たちってラブラブだったんだあ! えへへ、嬉しいなあ」
頬を緩ませていると凛ちゃんにほっぺをむにむにされる。僕のほっぺをお餅かなにかだと思っているんだろうか。
「だらしない顔してるけど、プレゼントは決まってるの?」
ぴしゃりと言い放たれた「プレゼント」というワードに体が強張る。
「あわ、あわわ、あわ」
「あんた、どこで過ごすかもプレゼントも決まってないのに浮かれてたの? 我が幼馴染ながら聞いて呆れるわ‥‥」
凛ちゃんは頭が痛い時のようにこめかみを抑えている。そう、僕はまだ渡すプレゼントすら迷っていた。
「だってえ、灰谷くんってかっこよすぎて逆になにを渡せばいいのかわかんないんだもん」
「私はてっきり、今編んでる白いマフラーを渡すんだと思ってたけど」
「僕も一応渡したいと思って編んでるけど、手編みって重くない?! 引かれない?!」
「そんなん今更だわ! ってかこの際だから言うけどあんたの彼氏は重いプレゼントのほうが喜びそうよ!」
びしっと人差し指を僕に向かって指す凛ちゃん。相当イラついていることだけは分かる。
「愚痴愚痴悩まないで今すぐ灰谷くんにクリスマスどうしたいか連絡して聞きなさい! そしてプレゼントは手編みのマフラー、一択! 分かった?!」
「ひゃ、ひゃいっ」
ブチ切れた凛ちゃんを前に若干涙目で僕は灰谷くんにラインする。
『クリスマスはどうしますか?』と唐突に送ると、すぐに返信がきた。
『俺の家来ない?』とシンプルな言葉ながら、僕を舞い上がらせるためには十分な内容だ。
凛ちゃんにきらきらした目で家に誘われたことを報告した。
「クリスマスの予定決まったんだから、勉強に集中するよ。期末テストで赤点取ったら補修でクリスマスどころじゃないんだから」
「はいっ先生! 頑張りますっ」
「お姉様とお呼び」
「はいっ凛お姉様っ」
僕は敬礼のポーズをしてから、机に向かった。
なんとしても赤点を回避して、灰谷くんとの記念すべき第一回目のラブラブクリスマスを迎えなければならない。
ひたすらノートの上にシャーペンを走らせて、僕たちは期末テスト当日を迎えたのだった。
そしてテストは無事である赤点を回避し、クリスマスがやってきた。
*
朝、目が覚めると少し雪が降っていた。
この街では珍しいホワイトクリスマスに胸が躍る。
灰谷くんとの待ち合わせは十四時なのに、僕は相変わらず早く起きてしまって、今日もあれでもないこれでもないと服を大いに悩んだ。
選ばれたのは、灰谷くんと初めて出かけた日に買った水色のカーディガン。
クリスマスカラーではないけれど、彼が選んでくれた特別な一着だ。
今日着ないでいつ着るんだ、と気がついたら手に取っていた。パンツはラメ加工された白いジーパンで、カーディガンの中も白のタートルネックで合わせる。
白いシャギー素材のベレー帽に、コートは水色と紺、そして白の三色が織り混ざるチェックコート。
バックも白を選んで、ホワイトクリスマスらしいコーデに仕上げる。
しっかりラッピングした手編みのマフラーと、灰谷くんのために焼いたケーキを持って家を出た。
待ち合わせは灰谷くんの最寄駅で、僕は利用したことがない駅だった。
僕が電車に乗ると、灰谷くんは待ち合わせ時間より早く到着したようで『着いた。でも真城はゆっくり来て』とラインが入っていた。
今日を楽しみにしていたのは僕だけじゃなかったんだ、と頬が緩んでしまう。
電車内の人々もどこか表情が浮かれていて、僕は目を閉じて灰谷くんの姿を思い浮かべた。
今日はどんな服を着ているんだろう。
灰谷くんの部屋はどんな感じなんだろう。
もしかして今日はキスとかしちゃったりするのかなあ。
ガタン、ゴトン、と小さく揺れる電車内で僕は勝手に期待を膨らませてしまう。
実は付き合ってから初めて彼とゆっくり過ごせる休日だった。
灰谷くんはバイトで忙しくて、たまの休みもなかなか予定が合わず、学校でしか会えずにクリスマスを迎えてしまった。
だから期待してしまうのも仕方ない。
彼のために用意したプレゼントとケーキの入った紙袋の持ち手をぎゅっと握り、車窓から流れる景色を眺める。
毎日会っているのに不思議だ。一秒でも早く彼に会いたい。
駅に着くと、改札の外にいるという彼をきょろきょろ探す。クリスマスということもあり、人が多くてなかなか見つけられない。
「真城」
後ろから聞き慣れた声がして、ぱっと振り返る。
「灰谷くん!」
見つけてもらって、僕は花が咲いたように笑った。
今日の灰谷くんは黒のロングコートに、中は青いスエットとインナーに白いシャツを合わせている。
細くて長い脚が強調されたグレーのダメージジーンズが彼らしい。
今日は髪の毛をハーフアップにしていて、いつもより大人っぽい彼を前に、急に心臓が早鐘を打つ。
「一人だけすげー可愛かったから、すぐ見つけられたわ」
今日もさらりと甘い台詞を言い放ち、自然に僕の持っていた荷物を持ってくれる紳士な灰谷くん。
未だにこんなにかっこいい彼が彼氏だなんて信じられない時がある。
大きくて骨ばった彼の手にするりと絡め取られ、恋人繋ぎをして歩き出す。
「灰谷くんは僕に甘すぎるよ」
ぽつりと呟くと、「俺の趣味、真城を甘やかすことだから」と爽やかに微笑んだ。
まだ街中ですれ違う女の人が彼のことを無意識に目で追っている。
そんな、甘ったるい表情を浮かべないでほしい。甘やかされて嬉しい気持ちと嫉妬が織り混ざって、僕は手に力を込めた。
「不貞腐れんなよ。今日を楽しみにしてたの、俺だけ?」
「なっ、僕だってすごく楽しみにしてたもん!」
「嘘、揶揄っただけ。見てれば楽しみにしてくれてたことくらい分かるよ」
灰谷くんは機嫌良さそうに僕の隣を歩く。
たわいもない会話を重ねているとあっという間に彼の家に着いた。
「先に言っとくけど、親どっちも仕事でいねえから」
「ひゃいっ」
「んな緊張しなくていいって。恋人が来ることは伝えてあるし」
ご両親がいない。加えて恋人が来ることは伝え済み。
恋愛初心者の僕にとって、緊張に緊張が重なる状況だ。
灰谷くんは学校にいる時のようにリラックスしているけれど、僕は心臓がばくばくうるさい。
彼の後を大人しく着いていくと、二階の突き当たりが灰谷くんの部屋だった。
「飲み物持ってくるから、適当に座ってて」
「う、うんっ」
コートを脱いで彼は部屋を出て行った。
室内は全体的にダークトーンと寒色系で統一されている。
クローゼットとは別にラックにも服がかけられていてお気に入りなんだろうな、と察した。
紺色のカバーがかけられているベッドのすぐ下にはグレーでシャギー素材のマットレスが敷いてある。黒いローテーブルも置いてあり、僕はその前にちょこんと正座した。
すぐに灰谷くんは戻ってきてくれて、部屋を開けるなり破顔した。
「なんで正座なんだよ」
「礼儀正しくしなきゃって思って」
「俺しかいないのに、しなくていいよ。あーもう、いちいち可愛いのずるいわ」
持ってきてくれたオレンジジュースのコップを二つ、テーブルの上に置いて彼は僕のすぐ横に胡座をかいて座った。
「やべー、本当に真城が俺の部屋にいる」
コップをよけて灰谷くんは机に突っ伏し、僕を見つめてくる。
余計に緊張して、変な汗をかいてしまう。
暑くなってコートを脱ぐとうけとってくれて、丁寧にハンガーにかけてくれた。
「その服‥‥俺と出かけた日に買ったやつだよな。着てきてくれたんだ」
「文化祭の後、予定合わなくて休みの日に会えなかったから。着るなら今日しかないって思って」
「確かに。デートしたかったんだけど、バイト入っててごめんな‥‥な、こっち向いて。よく見せて」
腕を引かれて、僕は体勢を崩して彼の胸に飛び込むかたちになってしまった。
そのまま腕の中に閉じ込められて、抱きしめられる。
「本当は真城をドライフラワーカフェに連れて行きたかったんだ。そん時に俺も買った服を着る予定だったんだけど、結局クリスマスになっちまった」
「ドライフラワーカフェ? 行きたい!」
「ふはっ、真城ならそう言ってくれると思ってた」
素敵すぎる提案に顔を上げると、すぐそばに灰谷くんのそれがあった。
どくん。一際大きく心臓が跳ねて、小さな痛みが身体を走り抜ける。
普段は鋭い彼の目元が緩んで、瞳が弧を描いている。
ああ、どうか彼が僕以外にはこれからもこんな顔を見せませんように。
誰だって灰谷くんの柔らかい表情を目にしたら、恋に落ちてしまうだろう。
大好きな恋人相手だから贔屓目があるのかもしれない。だけど、それでもこの顔は僕だけが知っていたいんだ。
「そ、そういえば僕、プレゼントとケーキ持ってきたんだ」
じっと見つめていると変な気分になってしまいそうで、無理やり話題を変える。
「ケーキって、もしかして真城の手作り?」
「う、うん。ケーキだけじゃなくてプレゼントも手作りだよ」
「まじかよ‥‥俺、今日死ぬ?」
「なんで?! やだやだ、これからも生きて!」
「いや、嬉しすぎて。手作りケーキとか勿体無くて食べれる気しねえ」
「ええ、灰谷くんのために作ってきたのに、食べてくれないの?」
「前言撤回。食う。でも、我儘言っていいなら、真城に食わせてもらいたい」
熱の籠った、期待した瞳で灰谷くんが顔をじっと見つめてくる。
僕にうんと甘い彼に、時折甘えられると僕は断る術がなくなってしまう。
こくりと小さく頷いて、ケーキの箱を開けた。
小さなホールのショートケーキは、今日街に降り積もった雪みたいに真っ白だ。
赤い苺と『merry christmas』と書かれたチョコレートプレートにも粉砂糖でお化粧した渾身の出来だ。
持ち運んでも形が崩れておらず、ほっと胸を撫で下ろす。
「これ本当に真城が作ったの? 店クオリティじゃん」
灰谷くんはスマホを取り出して、感激しながら何枚も写真を撮り続ける。
「美味しいって思ってもらえるように頑張ったんだ」
「マジでありがとう。真城は編み物だけじゃなくてお菓子作りも出来て多才だな」
「そんな、灰谷くんだって服のデザイン出来るし、自分の世界観を持っていて才能に溢れてるよ」
お互いに褒めあって顔を見合わせる。どちらともなく「ぷっ」と吹き出した。
「‥‥ケーキ食いたい。食べさせて」
灰谷くんが口を小さく開けて待っている。
僕は端っこを持ってきたプラスチックのスプーンで掬って、彼の口元に運ぶ。
ぱくっとケーキが彼の口内に消えた。
「やば、うま」
唇の端についたクリームを親指で拭う仕草が色っぽくて咄嗟に目を逸らす。
「今度は俺が真城に食べさせてあげる。貸して」
スプーンを彼に貸すと、僕の一口分のケーキを運んでくれる。
意を決して口を開くと、ケーキではなく彼の唇が覆い被さってきた。
油断した口内に、にゅるりと分厚い彼の舌が侵入してくる。
甘いクリームの味がして、心臓が痛い。
思わず目を見開くと、長い睫毛に縁取られた鋭い瞳と視線が交差した。
口の中が熱くて、息がしづらい。
必死に彼の舌の動きに応えるのが精一杯だった。
ようやく唇が離れると、灰谷くんはぺろりと唇を舐めた。
「悪い。美味そうで、つい」
全然反省してなさそうな彼だけど、そんなところも憎めない。
今度はちゃんとケーキを食べさせてくれた。
初めての大人なキスの後ではなんだか味もよくわからなくて、ただ甘ったるいだけだ。
「甘い‥‥」
「うん、甘くて美味い。こんなケーキ作れて真城はすごいな」
くしゃっと頭を撫でられて、胸が締め付けられる。
ぼうっと彼の唇を見つめて「もう一回、して」と口から溢れてしまっていた。
一度目を見開いた灰谷くんだけど、すっと頬に手が添えられてもう一度唇が重なった。
触れるだけのキスなのに、心臓が飛び出そうなほど大きく鼓動している。
「はあ、やっぱ家じゃないほうがよかったかも」
灰谷くんは僕を抱きしめてため息をついた。
「俺さ、これでも結構我慢してんの。普通に考えて好きな子が家にいるのにそういうこと考えないほうがむずいから」
そういうこと。僕の浅い知識でもなんのことを言っているかくらいは理解できて、僕は頬を薔薇色に染めた。
「あ、あの、でもまだ‥‥っ」
「わかってる。真城の心の準備が出来るまで、待つよ」
ふんわり優しく笑って、彼は僕の頬にキスを落とした。
ぱっと離れて、クローゼットの中からラッピングされた小さな箱を二つ取り出す。
「遅くなったけど、プレゼント。どっちも渡したくて、二個になっちまったけど」
「あ、ありがとう! 僕も渡したかったんだ」
慌てて僕もプレゼントを渡して、交換する。
先に灰谷くんが箱を開けて、手編みのマフラーを取り出した。
「マフラーだ。もしかして、真城が編んでくれたやつ?」
「うんっ、ちょっと重いかなって悩んだんだけど、やっぱり渡したくて。着けてくれる?」
俯いて言うと、灰谷くんはマフラーをぐるぐる首に巻いた。
「絶対着ける。春まで、毎日。真城が編んでくれたマフラーなんて、嬉しすぎて手放せねえよ」
彼の頬もほんのり赤く染まっていて、白いマフラーに映えている。
僕はスマホを取り出して、思わず写真を撮ってしまった。
「写真もいいけど、俺のも開けて」
灰谷くんが指さした箱を開けると、一個目はパステルカラーのビーズネックレスが入っていた。
星や花のモチーフが散りばめられていて、とっても僕好みだ。
ところどころにラメの入ったビーズもあって、光に当たるとキラキラと輝いている。
「わ、可愛い‥‥!」
「これ、俺の手作り。ちゃんとしたネックレスでも良かったんだけど、真城には自分で作ったものをあげたかったんだ‥‥貸して」
ネックレスを受け取った灰谷くんが、僕に着けてくれる。
受け取った鏡を覗くと、首元がカラフルでホップに彩らられていた。
「こんなに嬉しいのに、もう一個あるの?」
「そ。でももう一個は正直気に入ってくれるかなって緊張してる」
ネックレスの箱より小さな箱をぱかりと開けた。中には白いハートのピアスが入っている。
「ピアスだあ‥‥」
取り出して手のひらに乗せて眺める。
「いつか、真城が開けたくなったらその時は絶対俺に言って。俺が、開けるから」
僕の耳たぶを撫でて、灰谷くんはどろりとした独占欲を垣間見せる。
彼の気持ちの大きさを実感して、僕はまた胸が締め付けられた。
「ちゃんと今もつけられるように、イヤリングの変換器買っておいたから安心して。今度のデートでつけてきてよ」
「うん、つける! それに、ピアスも大学生になったら開けようと思ってんだ。だからその時は、灰谷くんが開けてね」
上目遣いでお願いすると、彼は片手で顔を覆った。
なにかに耐えるような、難しい顔をしている。
「まじで真城には勝てねえ‥‥。ああ、そうだ。昨日応募した作品の結果が出たんだった」
「えっ! あのデザイン画の?」
「うん、結局佳作だった。一応入賞出来たけど、悔しすぎるからまた来年も応募する」
「でも初めてで入賞なんてすごいよ! お祝いしなきゃっ」
「はは、ありがとう。俺より喜んでくれるんだな」
目尻を緩ませた灰谷くん。彼は僕に勝てないと言うけれど、僕だって同じ気持ちだ。
君が嬉しそうだと僕はもっと嬉しくて、灰谷くんが悲しそうだと僕の胸は張り裂けそうに痛くなる。
僕は紛れもなく、彼に全身全霊で恋をしている。
「‥‥優牙くん、大好きだよ」
だから、惜しみなくこれからも気持ちを伝えていかなきゃ。
僕だけに甘い彼と、一緒にいたいから。
「俺も陽のことが、すげえ好き」
ふわりと甘い香水と珈琲の香りに包まれて、僕は彼の腕の中で目を閉じた。
テストが終わればやってくるのはクリスマスと冬休み。つまり灰谷くんと会える時間が長くなるのだ。
今日は放課後に、僕の家で凛ちゃんと勉強会を開いている。
「ねえねえ、世のカップルはどんな風にクリスマスを過ごしてるのかな」
僕は凛ちゃんに「ピンクオーラしまえ」と指摘されてもなお、目にハートを浮かべて彼と過ごすクリスマスについて相談する。
ちなみに凛ちゃんは僕たちが付き合った後、すぐに塾で気になった女の子と結ばれた。
小百合さんという一個上の先輩らしい。
「イルミ見るか、家で過ごすかでだいぶ違うと思うけど。陽たちはどっち派なの?」
「それがまだ全然相談できてなくてさ〜。僕としてはイルミネーションを眺める灰谷くんも見たいし、お家クリスマスでトナカイの被り物をしてる灰谷くんも見たい」
「なんか趣旨違くない?」
「え? クリスマスって普段見れない恋人を愛でる日じゃないの?」
「ん〜そうなんだけど、そうじゃないっていうか。あんたも相当灰谷くんに惚れてんだね」
「あんたもってことは、灰谷くんも僕にぞっこんに見えるってコト‥‥?!」
「あー余計なこと言った。はいはい、とてもラブラブに見えますよ」
「やっぱり僕たちってラブラブだったんだあ! えへへ、嬉しいなあ」
頬を緩ませていると凛ちゃんにほっぺをむにむにされる。僕のほっぺをお餅かなにかだと思っているんだろうか。
「だらしない顔してるけど、プレゼントは決まってるの?」
ぴしゃりと言い放たれた「プレゼント」というワードに体が強張る。
「あわ、あわわ、あわ」
「あんた、どこで過ごすかもプレゼントも決まってないのに浮かれてたの? 我が幼馴染ながら聞いて呆れるわ‥‥」
凛ちゃんは頭が痛い時のようにこめかみを抑えている。そう、僕はまだ渡すプレゼントすら迷っていた。
「だってえ、灰谷くんってかっこよすぎて逆になにを渡せばいいのかわかんないんだもん」
「私はてっきり、今編んでる白いマフラーを渡すんだと思ってたけど」
「僕も一応渡したいと思って編んでるけど、手編みって重くない?! 引かれない?!」
「そんなん今更だわ! ってかこの際だから言うけどあんたの彼氏は重いプレゼントのほうが喜びそうよ!」
びしっと人差し指を僕に向かって指す凛ちゃん。相当イラついていることだけは分かる。
「愚痴愚痴悩まないで今すぐ灰谷くんにクリスマスどうしたいか連絡して聞きなさい! そしてプレゼントは手編みのマフラー、一択! 分かった?!」
「ひゃ、ひゃいっ」
ブチ切れた凛ちゃんを前に若干涙目で僕は灰谷くんにラインする。
『クリスマスはどうしますか?』と唐突に送ると、すぐに返信がきた。
『俺の家来ない?』とシンプルな言葉ながら、僕を舞い上がらせるためには十分な内容だ。
凛ちゃんにきらきらした目で家に誘われたことを報告した。
「クリスマスの予定決まったんだから、勉強に集中するよ。期末テストで赤点取ったら補修でクリスマスどころじゃないんだから」
「はいっ先生! 頑張りますっ」
「お姉様とお呼び」
「はいっ凛お姉様っ」
僕は敬礼のポーズをしてから、机に向かった。
なんとしても赤点を回避して、灰谷くんとの記念すべき第一回目のラブラブクリスマスを迎えなければならない。
ひたすらノートの上にシャーペンを走らせて、僕たちは期末テスト当日を迎えたのだった。
そしてテストは無事である赤点を回避し、クリスマスがやってきた。
*
朝、目が覚めると少し雪が降っていた。
この街では珍しいホワイトクリスマスに胸が躍る。
灰谷くんとの待ち合わせは十四時なのに、僕は相変わらず早く起きてしまって、今日もあれでもないこれでもないと服を大いに悩んだ。
選ばれたのは、灰谷くんと初めて出かけた日に買った水色のカーディガン。
クリスマスカラーではないけれど、彼が選んでくれた特別な一着だ。
今日着ないでいつ着るんだ、と気がついたら手に取っていた。パンツはラメ加工された白いジーパンで、カーディガンの中も白のタートルネックで合わせる。
白いシャギー素材のベレー帽に、コートは水色と紺、そして白の三色が織り混ざるチェックコート。
バックも白を選んで、ホワイトクリスマスらしいコーデに仕上げる。
しっかりラッピングした手編みのマフラーと、灰谷くんのために焼いたケーキを持って家を出た。
待ち合わせは灰谷くんの最寄駅で、僕は利用したことがない駅だった。
僕が電車に乗ると、灰谷くんは待ち合わせ時間より早く到着したようで『着いた。でも真城はゆっくり来て』とラインが入っていた。
今日を楽しみにしていたのは僕だけじゃなかったんだ、と頬が緩んでしまう。
電車内の人々もどこか表情が浮かれていて、僕は目を閉じて灰谷くんの姿を思い浮かべた。
今日はどんな服を着ているんだろう。
灰谷くんの部屋はどんな感じなんだろう。
もしかして今日はキスとかしちゃったりするのかなあ。
ガタン、ゴトン、と小さく揺れる電車内で僕は勝手に期待を膨らませてしまう。
実は付き合ってから初めて彼とゆっくり過ごせる休日だった。
灰谷くんはバイトで忙しくて、たまの休みもなかなか予定が合わず、学校でしか会えずにクリスマスを迎えてしまった。
だから期待してしまうのも仕方ない。
彼のために用意したプレゼントとケーキの入った紙袋の持ち手をぎゅっと握り、車窓から流れる景色を眺める。
毎日会っているのに不思議だ。一秒でも早く彼に会いたい。
駅に着くと、改札の外にいるという彼をきょろきょろ探す。クリスマスということもあり、人が多くてなかなか見つけられない。
「真城」
後ろから聞き慣れた声がして、ぱっと振り返る。
「灰谷くん!」
見つけてもらって、僕は花が咲いたように笑った。
今日の灰谷くんは黒のロングコートに、中は青いスエットとインナーに白いシャツを合わせている。
細くて長い脚が強調されたグレーのダメージジーンズが彼らしい。
今日は髪の毛をハーフアップにしていて、いつもより大人っぽい彼を前に、急に心臓が早鐘を打つ。
「一人だけすげー可愛かったから、すぐ見つけられたわ」
今日もさらりと甘い台詞を言い放ち、自然に僕の持っていた荷物を持ってくれる紳士な灰谷くん。
未だにこんなにかっこいい彼が彼氏だなんて信じられない時がある。
大きくて骨ばった彼の手にするりと絡め取られ、恋人繋ぎをして歩き出す。
「灰谷くんは僕に甘すぎるよ」
ぽつりと呟くと、「俺の趣味、真城を甘やかすことだから」と爽やかに微笑んだ。
まだ街中ですれ違う女の人が彼のことを無意識に目で追っている。
そんな、甘ったるい表情を浮かべないでほしい。甘やかされて嬉しい気持ちと嫉妬が織り混ざって、僕は手に力を込めた。
「不貞腐れんなよ。今日を楽しみにしてたの、俺だけ?」
「なっ、僕だってすごく楽しみにしてたもん!」
「嘘、揶揄っただけ。見てれば楽しみにしてくれてたことくらい分かるよ」
灰谷くんは機嫌良さそうに僕の隣を歩く。
たわいもない会話を重ねているとあっという間に彼の家に着いた。
「先に言っとくけど、親どっちも仕事でいねえから」
「ひゃいっ」
「んな緊張しなくていいって。恋人が来ることは伝えてあるし」
ご両親がいない。加えて恋人が来ることは伝え済み。
恋愛初心者の僕にとって、緊張に緊張が重なる状況だ。
灰谷くんは学校にいる時のようにリラックスしているけれど、僕は心臓がばくばくうるさい。
彼の後を大人しく着いていくと、二階の突き当たりが灰谷くんの部屋だった。
「飲み物持ってくるから、適当に座ってて」
「う、うんっ」
コートを脱いで彼は部屋を出て行った。
室内は全体的にダークトーンと寒色系で統一されている。
クローゼットとは別にラックにも服がかけられていてお気に入りなんだろうな、と察した。
紺色のカバーがかけられているベッドのすぐ下にはグレーでシャギー素材のマットレスが敷いてある。黒いローテーブルも置いてあり、僕はその前にちょこんと正座した。
すぐに灰谷くんは戻ってきてくれて、部屋を開けるなり破顔した。
「なんで正座なんだよ」
「礼儀正しくしなきゃって思って」
「俺しかいないのに、しなくていいよ。あーもう、いちいち可愛いのずるいわ」
持ってきてくれたオレンジジュースのコップを二つ、テーブルの上に置いて彼は僕のすぐ横に胡座をかいて座った。
「やべー、本当に真城が俺の部屋にいる」
コップをよけて灰谷くんは机に突っ伏し、僕を見つめてくる。
余計に緊張して、変な汗をかいてしまう。
暑くなってコートを脱ぐとうけとってくれて、丁寧にハンガーにかけてくれた。
「その服‥‥俺と出かけた日に買ったやつだよな。着てきてくれたんだ」
「文化祭の後、予定合わなくて休みの日に会えなかったから。着るなら今日しかないって思って」
「確かに。デートしたかったんだけど、バイト入っててごめんな‥‥な、こっち向いて。よく見せて」
腕を引かれて、僕は体勢を崩して彼の胸に飛び込むかたちになってしまった。
そのまま腕の中に閉じ込められて、抱きしめられる。
「本当は真城をドライフラワーカフェに連れて行きたかったんだ。そん時に俺も買った服を着る予定だったんだけど、結局クリスマスになっちまった」
「ドライフラワーカフェ? 行きたい!」
「ふはっ、真城ならそう言ってくれると思ってた」
素敵すぎる提案に顔を上げると、すぐそばに灰谷くんのそれがあった。
どくん。一際大きく心臓が跳ねて、小さな痛みが身体を走り抜ける。
普段は鋭い彼の目元が緩んで、瞳が弧を描いている。
ああ、どうか彼が僕以外にはこれからもこんな顔を見せませんように。
誰だって灰谷くんの柔らかい表情を目にしたら、恋に落ちてしまうだろう。
大好きな恋人相手だから贔屓目があるのかもしれない。だけど、それでもこの顔は僕だけが知っていたいんだ。
「そ、そういえば僕、プレゼントとケーキ持ってきたんだ」
じっと見つめていると変な気分になってしまいそうで、無理やり話題を変える。
「ケーキって、もしかして真城の手作り?」
「う、うん。ケーキだけじゃなくてプレゼントも手作りだよ」
「まじかよ‥‥俺、今日死ぬ?」
「なんで?! やだやだ、これからも生きて!」
「いや、嬉しすぎて。手作りケーキとか勿体無くて食べれる気しねえ」
「ええ、灰谷くんのために作ってきたのに、食べてくれないの?」
「前言撤回。食う。でも、我儘言っていいなら、真城に食わせてもらいたい」
熱の籠った、期待した瞳で灰谷くんが顔をじっと見つめてくる。
僕にうんと甘い彼に、時折甘えられると僕は断る術がなくなってしまう。
こくりと小さく頷いて、ケーキの箱を開けた。
小さなホールのショートケーキは、今日街に降り積もった雪みたいに真っ白だ。
赤い苺と『merry christmas』と書かれたチョコレートプレートにも粉砂糖でお化粧した渾身の出来だ。
持ち運んでも形が崩れておらず、ほっと胸を撫で下ろす。
「これ本当に真城が作ったの? 店クオリティじゃん」
灰谷くんはスマホを取り出して、感激しながら何枚も写真を撮り続ける。
「美味しいって思ってもらえるように頑張ったんだ」
「マジでありがとう。真城は編み物だけじゃなくてお菓子作りも出来て多才だな」
「そんな、灰谷くんだって服のデザイン出来るし、自分の世界観を持っていて才能に溢れてるよ」
お互いに褒めあって顔を見合わせる。どちらともなく「ぷっ」と吹き出した。
「‥‥ケーキ食いたい。食べさせて」
灰谷くんが口を小さく開けて待っている。
僕は端っこを持ってきたプラスチックのスプーンで掬って、彼の口元に運ぶ。
ぱくっとケーキが彼の口内に消えた。
「やば、うま」
唇の端についたクリームを親指で拭う仕草が色っぽくて咄嗟に目を逸らす。
「今度は俺が真城に食べさせてあげる。貸して」
スプーンを彼に貸すと、僕の一口分のケーキを運んでくれる。
意を決して口を開くと、ケーキではなく彼の唇が覆い被さってきた。
油断した口内に、にゅるりと分厚い彼の舌が侵入してくる。
甘いクリームの味がして、心臓が痛い。
思わず目を見開くと、長い睫毛に縁取られた鋭い瞳と視線が交差した。
口の中が熱くて、息がしづらい。
必死に彼の舌の動きに応えるのが精一杯だった。
ようやく唇が離れると、灰谷くんはぺろりと唇を舐めた。
「悪い。美味そうで、つい」
全然反省してなさそうな彼だけど、そんなところも憎めない。
今度はちゃんとケーキを食べさせてくれた。
初めての大人なキスの後ではなんだか味もよくわからなくて、ただ甘ったるいだけだ。
「甘い‥‥」
「うん、甘くて美味い。こんなケーキ作れて真城はすごいな」
くしゃっと頭を撫でられて、胸が締め付けられる。
ぼうっと彼の唇を見つめて「もう一回、して」と口から溢れてしまっていた。
一度目を見開いた灰谷くんだけど、すっと頬に手が添えられてもう一度唇が重なった。
触れるだけのキスなのに、心臓が飛び出そうなほど大きく鼓動している。
「はあ、やっぱ家じゃないほうがよかったかも」
灰谷くんは僕を抱きしめてため息をついた。
「俺さ、これでも結構我慢してんの。普通に考えて好きな子が家にいるのにそういうこと考えないほうがむずいから」
そういうこと。僕の浅い知識でもなんのことを言っているかくらいは理解できて、僕は頬を薔薇色に染めた。
「あ、あの、でもまだ‥‥っ」
「わかってる。真城の心の準備が出来るまで、待つよ」
ふんわり優しく笑って、彼は僕の頬にキスを落とした。
ぱっと離れて、クローゼットの中からラッピングされた小さな箱を二つ取り出す。
「遅くなったけど、プレゼント。どっちも渡したくて、二個になっちまったけど」
「あ、ありがとう! 僕も渡したかったんだ」
慌てて僕もプレゼントを渡して、交換する。
先に灰谷くんが箱を開けて、手編みのマフラーを取り出した。
「マフラーだ。もしかして、真城が編んでくれたやつ?」
「うんっ、ちょっと重いかなって悩んだんだけど、やっぱり渡したくて。着けてくれる?」
俯いて言うと、灰谷くんはマフラーをぐるぐる首に巻いた。
「絶対着ける。春まで、毎日。真城が編んでくれたマフラーなんて、嬉しすぎて手放せねえよ」
彼の頬もほんのり赤く染まっていて、白いマフラーに映えている。
僕はスマホを取り出して、思わず写真を撮ってしまった。
「写真もいいけど、俺のも開けて」
灰谷くんが指さした箱を開けると、一個目はパステルカラーのビーズネックレスが入っていた。
星や花のモチーフが散りばめられていて、とっても僕好みだ。
ところどころにラメの入ったビーズもあって、光に当たるとキラキラと輝いている。
「わ、可愛い‥‥!」
「これ、俺の手作り。ちゃんとしたネックレスでも良かったんだけど、真城には自分で作ったものをあげたかったんだ‥‥貸して」
ネックレスを受け取った灰谷くんが、僕に着けてくれる。
受け取った鏡を覗くと、首元がカラフルでホップに彩らられていた。
「こんなに嬉しいのに、もう一個あるの?」
「そ。でももう一個は正直気に入ってくれるかなって緊張してる」
ネックレスの箱より小さな箱をぱかりと開けた。中には白いハートのピアスが入っている。
「ピアスだあ‥‥」
取り出して手のひらに乗せて眺める。
「いつか、真城が開けたくなったらその時は絶対俺に言って。俺が、開けるから」
僕の耳たぶを撫でて、灰谷くんはどろりとした独占欲を垣間見せる。
彼の気持ちの大きさを実感して、僕はまた胸が締め付けられた。
「ちゃんと今もつけられるように、イヤリングの変換器買っておいたから安心して。今度のデートでつけてきてよ」
「うん、つける! それに、ピアスも大学生になったら開けようと思ってんだ。だからその時は、灰谷くんが開けてね」
上目遣いでお願いすると、彼は片手で顔を覆った。
なにかに耐えるような、難しい顔をしている。
「まじで真城には勝てねえ‥‥。ああ、そうだ。昨日応募した作品の結果が出たんだった」
「えっ! あのデザイン画の?」
「うん、結局佳作だった。一応入賞出来たけど、悔しすぎるからまた来年も応募する」
「でも初めてで入賞なんてすごいよ! お祝いしなきゃっ」
「はは、ありがとう。俺より喜んでくれるんだな」
目尻を緩ませた灰谷くん。彼は僕に勝てないと言うけれど、僕だって同じ気持ちだ。
君が嬉しそうだと僕はもっと嬉しくて、灰谷くんが悲しそうだと僕の胸は張り裂けそうに痛くなる。
僕は紛れもなく、彼に全身全霊で恋をしている。
「‥‥優牙くん、大好きだよ」
だから、惜しみなくこれからも気持ちを伝えていかなきゃ。
僕だけに甘い彼と、一緒にいたいから。
「俺も陽のことが、すげえ好き」
ふわりと甘い香水と珈琲の香りに包まれて、僕は彼の腕の中で目を閉じた。



