「クレープ屋さんやってまーす! ぜひ食べにきてくださーい!」
「お、真城くん宣伝係かあ。制服似合ってるね」
「木村くんも浴衣似合ってるね。そっちは縁日だっけ?」

 文化祭当日。僕は宣伝係として、看板を持って校内を練り歩いている。
 一緒に前田くんも回っているのだけれど、今は知りあいと話し中だ。僕も木村くんに話しかけられて立ち止まった。
 彼は休憩時間なのか手にアイスを持っている。
 紺色の浴衣が似合っていて、女の子たちが彼を見ながら通り過ぎてゆく。
 ちなみに僕はクレープ屋なので、白いロンTと首元に緑のスカーフを巻き、黒いパンツ、腰に巻く茶色のエプロンと同じ色のハンチング帽を被っている。
 スカーフには毛糸で作ったお花のバッヂを付けている。とても好評でクラスの子にもいくつか貸してあげた。
 僕は調理担当ではないけれど、宣伝係も制服を着れるので自ら手を挙げたのだった。

「そ、結構お客さん来てるよ。真城くんも後で遊びに来てね」
「うん。凛ちゃんから聞いて、行きたいなって思ってた! 木村くんもクレープ食べに来てね」
「もちろん行くよ。だって優牙が焼いてるんでしょ? そんなん揶揄いに行くに決まってるよね」
「もー! またそうやって茶化そうとする。灰谷くんのおかげでお客さんが沢山来ても待たせずに済んでるし、なによりつよつよイケメンがクレープ焼いてるって話題性抜群なんだよ」

 自分のことのように、腰に手を当てて誇らしげに話す。
 実際、灰谷くんの手際と見た目の良さでうちのクラスは大盛況だ。灰谷くんは白ではなく黒のロンTを着て、スカーフも巻いていないが男らしくてかっこいいと好評だった。

「そんな悠長なこと言ってるけどさ、これでまた優牙の人気に火がついちゃったわけじゃん。大丈夫なの?」

 ぎくり。本当に彼は痛いところを突いてくる。
 ぶっちゃけ大丈夫ではない。
 灰谷くんと写真を撮ったり、連絡先を渡している女の子たちを見ていられなかった。
 僕は宣伝係になれて心底良かったと思っている。
 教室にいたら嫉妬に狂って、なにも手につかなかっただろう。

「ダイジョウブダヨ、タブン」
「はい嘘ー。いい加減もういいって。好きなんだろ、優牙のこと」
「え、なんで知ってるの?」
「舐めんな、見てりゃ分かるっつの。まあでも大丈夫だと思うよ」
「なにが?」
「え〜なにがでしょう。教えてあーげない。じゃあ俺行くから」
「あっちょ、木村くん!」

 結局、なにが大丈夫だったんだろう。
 本当に教えてくれないまま、彼は人混みに紛れて見えなくなってしまった。
 ちょうど前田くんも帰ってきて、僕たちは宣伝を再開した。
 彼も人気者なので、行く先々で色んな人に声をかけられている。僕も流れで話したり、バッヂに気がついてくれて手芸部の展示の紹介をしたりと、休憩時間まであっという間に過ぎてしまった。
 一通り練り歩いて教室に戻ると、灰谷くんも交代していて今から休憩に出るところだった。

「真城、お疲れ」
「灰谷くんもお疲れ様。お客さん沢山来たのに、全然待たないってすれ違った人たちがみんな喜んでたよ」
「gnuで働いてるおかげだな。てか、真城も今から休憩なら一緒に回ろうぜ」
「いいの?!」

 実は灰谷くんが忙しそうで、一緒に回ろうと誘えないまま当日を迎えてしまっていた。
 なのに、まさか彼のほうから誘ってくれるなんて。
 疲れが吹っ飛んで、急に体が軽くなる。

「もちろん。そもそも真城以外と回る気なかったし。行きたいとこ、全部行こ」

 ああ、灰谷くんは本当に僕に甘い。
 だから胸が締め付けられて、いつも鼓動が忙しい。
 帽子を外して前髪をかきあげる姿だって、反則だ。

「じゃ、じゃあ縁日から行きたいな。さっき木村くんに行くって約束したんだ」
「へえ、光輝と会ってたんだ。俺がせっせとクレープ焼いてる間に、ねえ」

 歩き出した灰谷くんの声が、急に沈んで表情が暗くなる。

「そんな、密会とかじゃないよ。たまたま会ったの」
「んなの分かってるけどさ、俺全然真城と話せなかったし。もうちょい暇だと思ってたのにいきなり混んでビビった」
「それは、灰谷くんが格好いいからーー」

 は、と気がついて急いで口を塞いだ。
 一歩遅くて、灰谷くんはにやにやしている。

「わり、なんも聞こえなかった。もう一回言って」
「絶対嘘だ!」
「はは、バレたか」

 油断するとすぐに気持ちが溢れてしまう。
 文化祭というお祭りモードも手伝って、気が緩みがちだ。引き締めないと、口から「好き」がぽろりと溢れてしまいそうだった。

「はーい、こっからイチャつくの禁止。うちのクラスでピンク色のオーラ発しないでくださいー」

 入り口に立っていた木村くんが僕たちの間に入り込み、灰谷くんがむっとした表情を向けた。

「光輝てめえ」
「異論は認めないからな。お前がクレープ焼いたせいでお客さんどんだけ取られたと思ってんだ。休憩時間くらい大人しくしてろ。で、真城くんなにする? 輪投げ? ヨーヨー釣り?」
「真城の肩に手置いてんじゃねえよ、離れろ」

 僕を真ん中にイケメン二人がいがみ合っていて、周囲の視線が痛い。

「二人とも文化祭なんだから仲良くしようよ。僕、ヨーヨー釣りしたいな」
「ほら、真城がこう言ってるんだからさっさと案内しろ」

 ヨーヨーに興味があるというより凛ちゃんがいるから選んだのだけれど。
 木村くんはころっと表情を変えて「おっけー。こっちだよ」と爽やかな笑顔を浮かべた。

「うわ、こっち来た」
「凛ちゃん、思っても言わないでよ」
「ごめん、つい。入り口ですでに目立ってたからさ」

 凛ちゃんは白に水色や青の花をあしらった浴衣を着ている。黄色い帯がパッと目を引く組み合わせだ。
 ヨーヨー釣り係の彼女は僕たちにフックのついたこよりを渡してくれた。
 僕と灰谷くんがしゃがむと、なぜか木村くんも僕の横にしゃがんだ。

「なあ、優牙。どっちが多く取れるか勝負しようぜ」
「は? やんねえよ」
「へえ〜、真城くんも沢山取れる男のほうがかっこいいよな?」

 がしっと肩に手を置かれ、笑顔の圧力で同意しろと伝わってくる。

「いや、僕はーー」
「え、なんて?」
「タクサントレタホウガ、カッコイイトオモイマス」
「だよなあ〜! 真城くんならそう言ってくれると思った!」

 完全に言わされた。きらきらド一軍の笑顔は時に脅し道具になると学ぶ。

「でも、お前は勝負しねえんだっけ?」
 
 悪い顔で再度聞く木村くん。
 灰谷くんは「気が変わったわ。絶対勝つし」と腕まくりをした。ほどよく鍛えられた筋肉が露わになり、釘付けになる。
 正直、ヨーヨーなんか釣っている場合じゃない。今すぐに黒子になって、あらゆる角度から灰谷くんを激写したい。
 周囲もイケメンがなにやら勝負しているとざわざわして、観客が集まってきた。
 僕は背中に穴が開くほど視線を感じるけれど、なんとか知らないふりを貫き通す。
 どちらもすでに三個釣り上げ、実力は互角だ。
 一応僕もこよりを持っているので邪魔しないようにそおっと垂らして釣ろうとする。
 でも、緊張が邪魔をしてなかなか上手く釣れない。

「よっしゃ、四個目」
「ん。俺も連れた」

 二人は同時に四個目を釣り、まだまだこよりは千切れなそうだ。
 ここで灰谷くんにチャンスが訪れた。
 ヨーヨーの輪が重なっており、二個一緒に釣れそうなのだ。
 彼はぺろりと舌舐めずりをする。
 今すぐ彼を周囲から隠したい気持ちでいっぱいになる。
 そんな、エロかっこいい仕草を簡単に晒さないで欲しい。

「っしゃ、これで六個」
「は、まじかよ!」
「ちょっと、ちょっと、二人で何個釣るのよ! 他の人の分がなくなるでしょ!」

 黙って見守っていた凛ちゃんも、予想以上にバカスカ釣る二人を見兼ねてストップをかける。
 放っておいたら子供用プールがすっからかんになるまで続いていただろう。

「え〜いいところだったのに」
「『え〜』じゃない! 大体、あんた休憩中じゃないでしょ! 客引きに戻りなさい」
「ちぇ、わーったよ。おい優牙、今回は途中で終わったけど今度また勝負の続きするぞ」
「分かったから、負け犬はきゃんきゃん吠えてないでさっさと戻れ」

 灰谷くんは勝ち誇った顔で手をひらひら振る。
 木村くんが絡むと案外子供っぽいところがあるのだ。僕と二人の時とは違う、少年っぽさが垣間見えるので二人が話しているのを見るのが結構好きだったりする。
 木村くんは凛ちゃんに背中を押され、入り口のほうへ向かう。
 彼につられて集まっていた人集りも散っていった。

「ってあれ、真城まだ一個も釣れてねえじゃん」 
「うん、あんまり得意じゃないみたいで」
「そっか。こうすんだよ」

 僕が取れていないことに気がついてくれて、自然とこよりを持っている手に彼のそれが重なった。

「そーっと下ろして、水面ぎりぎりのところでフックに引っ掛ける。すると、ほら取れただろ」

 ヨーヨーを釣り上げて、にっと笑った彼の顔がとても近くにある。
 僕は固まってしまって、動けない。

「やべ、俺無意識に‥‥わ、悪いっ」
「あっ、ヨーヨーがっ」

 急に手を離されて、驚いた僕もこよりを手放してしまった。
 ぱしゃん、と音がして水が顔まで飛んできた。
 せっかく灰谷くんが手伝ってくれたのに、ヨーヨーも落としてしまってショックだ。
 ハンカチを取り出そうとすると、灰谷くんがロンTの袖をぐいっと引っ張って顔を拭いてくれる。後ろからきゃっと小さく歓声が上がった。

「は、灰谷くん大丈夫だから。ありがとう」
「いや、勝手に手を握った挙句、水までかけて悪い。お詫びさせて」
「そんな、大したことないから」
「でも」
「じゃあさっき釣ったヨーヨー、一個貰ってもいい?」

 あまりにも灰谷くんが申し訳なさそうにするから、僕は明るく振る舞ってヨーヨーを指さした。

「一個じゃなくて、全部いいよ」
「僕が全部持ってたら、はしゃいでる小学生みたいになっちゃうよ」
「いいじゃん。楽しそうな真城、可愛いよ」
「なっ、揶揄ってるよね?」
「ううん、本音」

 さらりと僕の体温を上げるような発言をする。
 当の本人は気にする様子もなく、桜色のヨーヨーを選んで渡してきた。

「でも一個だけなら、これがいいと思う。真城っぽくね?」

 残りは赤や緑、オレンジに青、そして黒のヨーヨーだった。確かにこの中だったら僕も桜色を選ぶと思う。
 灰谷くんには敵わない。

「うん、僕もこれがいいなって思ってた」
「よっしゃ。じゃあヨーヨーも選んだし、次行くか」

 すくっと灰谷くんは立ち上がる。
 長い間しゃがんでいたので、少し足が痛い。
 すっと彼の手が伸びていて、立ち上がらせてくれた。彼はどこまでも紳士で、僕に甘い。

「‥‥学校じゃなかったら、離さねえのにな」

 ぼそっと聞こえてきた独り言に、思わず二度見してしまう。
 周りに人がいる手前、聞き返すことも出来ず、心臓が早鐘を打つばかりだ。
 戻ってきた凛ちゃんには聞こえていたようで、にやにやしながらこっちを見ている。
 灰谷くんに気がつかれないよう、口パクで「内緒だよ」と伝える。凛ちゃんは親指を立てた。

「次はどこ行く?」

 心なしか弾んだ声の灰谷くん。
 僕は薄く口を開きながら、今日が終わらないことを願った。
 

 縁日の後は、定番のお化け屋敷やメイドカフェなどを楽しんでいると、文化祭はそろそろ終わりが近づいてきた。
 うちの高校は文化祭の最後に、夕方から夜にかけてキャンプファイヤーをする。
 違うクラスの人と話したり、こっそり抜け出して告白する人も多かったり。
 僕はほどほどに楽しんだら、凛ちゃんと帰る予定だ。
 特にこちらも灰谷くんとは約束していないので、教室の片付けが終わったら自然解散になるだろうと思っていた。

「真城、最後ちょっとだけ時間くんね」

 たった今、誘われるまでは。
 洗い物やその他諸々の片付けが終わり、ぞろぞろ連なってクラスメイトは校庭に移動していく。
 僕と彼だけが立ち止まっていて、やがてみんないなくなった。

「キャンプファイヤー見なくていいの‥‥っ?」

 声が震える。真剣な表情をしている彼を前に、いやでも期待が膨らんでゆく。

「うん、見なくていい。そんなことより大切なことがあるから」

 西陽がどんどん沈んでいって、夜の帳が下り始める。
 空には藍色のカーテンが薄く敷かれていた。

「見て欲しいものがあるんだ」

 灰谷くんは机の中から一枚の紙を取り出した。
 そこにはあえて引き裂かれたようなグレーのタイトドレスに、黒い毛糸で作った大きな花の装飾が散りばめられたデザインが描かれている。
 ドレスの生地はサテンで、大胆にスリットが入っている。その間を不規則に毛糸の糸がつなぐデザインだ。
 肩や首元にも毛糸が巻かれていて、荒々しいのに色気を感じるデザインだ。
 ドレス自体には毛糸の他にも黒いチュールを使い、異素材を使うことで立体感が生まれていた。ところどころに散りばめられたラメも素敵だ。モデルのヘアードとして、大きな毛糸で作った花に複数の黒リボンが巻かれている。
 トレンド間を意識しつつも、灰谷くんらしいお洒落を感じるアクセサリーだった。
 彼の描くデザイン画を見るのは初めで、思わず食い入るように眺めてしまう。

「‥‥っ、どう思う?」

 灰谷くんの声が、不安そうに揺れている。
 僕は顔をあげると、彼に駆け寄った。

「すっっっごく、魅力的だと思う! タイトドレスに毛糸を使ってることで綺麗さだけじゃなくて、女性特有の柔らかさも感じるし、チュールとかリボンもトレンド感があって可愛い! 僕もこんなヘアード作ってみたい!」

 興奮して口からぽろぽろ言葉が溢れてくる。
 灰谷くんが描いたという贔屓目を無しにしても、文句なく素敵なデザイン画だった。

「あ〜〜、まじで良かった‥‥」

 灰谷くんはその場にずるずるとしゃがみ、手で顔を覆った。

「テーマは俺なりの多様性なんだ。でもうまく伝わるか、魅力的に見えるかずっと不安でさ。異素材の組み合わせもゴチャゴチャしてるように見えないかな、とかな。すげえ安心した」

 僕の彼の目線に合わせてしゃがんで「僕はすごく好きだよ、このデザイン」と微笑んだ。
 瞳孔を大きくした灰谷くんが、薄く口を開く。

「デザイン画だけ?」

 熱の籠った瞳と視線が交差して、どくん、と一際大きく心臓が跳ねた。

「真城は、俺のことどう思ってる?」

 直球な質問に対して、うまく言葉が出てこない。 
 どうって、そんなの。
 ああ、だめだ。緊張で心臓がおかしくなりそう。
 灰谷くんは立ち上がって、勢いよくカーテンを閉めた。外の景色が遮断されて、彼だけが視界に映る。
 薄暗がりの中、灰谷くんの鋭い視線に心臓が射抜かれた。

「俺は真城のことが好きだ。付き合って欲しい」

 灰谷くんらしい、短くて力強い告白。
 僕の心臓はぎゅっときつく締めつけられて、息が苦しい。

「僕も、灰谷くんのことが好きです」
「‥‥おいで」

 広げられた腕の中に僕は吸い込まれてゆく。

「ごめん、もう離してやれない」

 灰谷くんの大きくて骨ばった手が、僕の頬に触れる。

「うん、離さないで。ずっとそばにいて」

 自然と顔が近づき、僕たちの唇が重なった。
 窓が開いていて、ふわりと舞ったカーテンに包まれる。

 今、この瞬間だけは二人だけの世界だ。
 僕たちは唇が離れると、おでこを合わせて笑みを浮かべた。

 大好きな彼のことだけを考えて、僕は一筋の涙を溢した。ねえ、灰谷くん。

「大好き」

 だから、とびきり甘いその笑顔は僕だけにしか見せないでね。
 僕も君だけに、好きだと伝えるから。



 文化祭明け、昼休みに凛ちゃんと木村くんを屋上に呼び出した。四人で円になり、顔をつきあわせる。
 照れながらも僕が付き合ったことを報告すると、二人はそれぞれの感想を述べた。

「二人ともおめでとう〜、俺としてはやっと付き合ったんだって感じだけど。お前ら好き同士だって側から見ててバレバレだったよ」
「うそ、隠してたつもりだったのに!」
「大丈夫、隠してるつもりだったことも知ってる。真城くんにポーカーフェイスは向いてないね。つうか、君もだけど誰かさんの嫉妬が凄かったじゃん」
「光輝、それ以外余計なこと言うな、絶対に」

 木村くんは特に驚きもせず飄々としている。
 問題は凛ちゃんだ。

「ついに陽に彼氏が出来ちゃった〜! 灰谷くん、この子のこと絶対幸せにしてね! 天然でたまに変なところあるけど、いい子だから!」

 僕をむぎゅっと抱きしめながら、お母さんみたいなセリフを言い放つ凛ちゃん。
 あれ、僕凛ちゃんから生まれたんだっけ、と一瞬勘違いしそうになる。
 灰谷くんはたじたじになりながらも「傷つけないって約束するわ」と言ってくれた。

「凛ちゃん、そんなに心配しなくても大丈夫だよお」
「あのねえ、こちとらあんたと出会った時まだ幼稚園生だったの。私はそっからずっと陽の成長を見守ってきたんだからね!」
「優牙、どうやらお前の恋人にはすげ〜手強いセコムがいたらしいな。お疲れ」
「心配なのはわかったから、とりあえず離れてくれ。いくら幼馴染相手だからって俺も許せることと許せないことがあるから」

 べりっと僕は凛ちゃんから引き剥がされて、灰谷くんのすぐ横に座り直された。

「ヒュウ、やるね〜」
「くっ、これが陽に彼氏ができるってことなのね‥‥! うわあん、好きな人と結ばれて嬉しいのに、寂しいよお」
「橋本、今度は俺が真城のセコムになるから安心してくれ」
「ええっ、灰谷くんはセコムじゃなくて彼氏でしょ!」

「さらっと俺らの前でイチャつくんじゃねえ」と笑顔の木村くんに釘を刺された。
 凛ちゃんも顔を縦に大きく振っている。
 灰谷くんは「彼氏‥‥マジでいい響きだな」と今更恋人になれたことを噛み締めて天を仰いでいた。
 凛ちゃんや木村くんがいても、相変わらずのマイペースさだ。
 個性豊かな彼らに、思わず笑みが溢れる。
 
「ってかさ、結局陽が探してた『ユウガさん』って灰谷くんのことだったわけ?」

 凛ちゃんはピンと弾かれたように『ユウガさん』のことを思い出したらしい。
 そういえばなんで灰谷くんのことが好きになったのか話せていなかった。
 ちらりと灰谷くんを見ると、彼は薄く口を開く。

「探してたって、なに」

 ああ、こちらも説明不足だ。灰谷くんに「ユウガさん」を探していたことがバレてしまった。

「陽。もう一度、一から説明して」
「真城、俺のこと探してたってどういうこと」
「俺も気になるな〜、どゆこと、どゆこと〜」

 完全に木村くんは悪ノリだが、凛ちゃんと灰谷くんの顔は真剣そのものだ。
 僕は二人の圧に負けて、灰谷くんと付き合った経緯を説明することになってしまったのだった。


 一通り僕たちの馴れ初めを聞いた凛ちゃんと木村くんは、学級委員の呼び出しがありひと足先に教室へ戻った。
 僕は洗いざらい好きになった経緯を話したことで、灰谷くんの顔が見れない。
 好きな人を前に、いつ好きになったとかどうして気になったとか話した僕の身にもなってほしい。
 終始機嫌が良さそうに聞いていた灰谷くんは、僕を後ろから抱きしめて覆うように座っている。

「真城、助けた日から俺のことかっこいいと思ってたんだ、ふーん」
「ああもう〜、絶対そういう反応するから言わなかったのに」
「だってさあ嬉しいじゃん、ずっと可愛いと思ってた子を助けたら結果付き合えたんだから」

 はて。ずっと可愛いと思ってた子、とはどういうことだろう。
 
「ずっとって、いつから?」
「や、なんでもない。忘れろ」
「ずるーい! 僕は明け透けに話したのに、灰谷くんだけだんまりなんて許されないよっ」
「マジで口滑らせたわ、クソ」
「灰谷くんは詰めが甘いなあ〜」

 にやけながら言うと「んなの、真城の前だけだから」と彼は耳元で呟いた。
 急に体温が上昇して、頬が熱くなる。

「や、やっぱり話さなくていいよ」
「今ので顔真っ赤にしちゃうんだもんなあ。ガチ可愛い、マジでもう手放せない」
「付き合ってから灰谷くんおかしいよ‥‥! 前はそんなこと言わなかったじゃん!」
「心ン中でずっと言ってたよ。今は声に出せるようになったから、歯止めが効かなくなってるけど」
 
 ぼっと火がついたように、さらに体温が増した。え、いま、なんて?

「つーかこの際だからぶっちゃけるけど、クラス替えで同じクラスになってからずっと真城のこと可愛いと思ってたんだよ。でも話しかけるきっかけもなかったし、なんなら橋本と付き合ってるんじゃないかって思ってたから最初から諦めてた。だけど、おっさんに絡まれてる真城を見て、気がついたら声掛けててさ。可愛いだけじゃなくて、俺真城のこと好きなんだってその時にーーむぐっ」
「ちょ、ちょ、ちょ、ストップ! 急に色々打ち明けられて僕、なにがなんだか」

 灰谷くんの口を手で押さえて、無理やり塞ぐ。
 彼から告げられた事実は思いもよらない内容で、僕は僅かに残っていた余裕も全て無くなってしまった。
 僕が手を離すと、ぷはっと息を吐いた灰谷くんが顔を覗き込んでくる。

「顔赤くしすぎだろ、茹で蛸みてえ」

 声を殺して笑うので、僕は彼を睨んだ。
 誰のせいで顔が熱いと思っているんだ。

「しょうがねえじゃん、可愛いし、好きだと思ってたんだから。今まで黙ってた分、思いの丈をぶつけさせてくれよ」
「ぶつけるにしても配分考えてよ、急に全部なんて受け止めきれない。灰谷くんって筋金入りのポーカーフェイスだったんだね」
「隠してるつもりだったけど、ちょいちょい真城には甘くなってたからバレてっかもって逆に焦ってた」
「へ?」

 彼の腕をするりと抜けて振り返ると、触れるだけのキスが降ってきた。

「ま、それも仕方ないよな。好きな子には甘くなっちまうのが男ってもんだからさ」

 にっと笑うと、灰谷くんの犬歯が顔を覗かせた。胸が満たされて、僕もつられた。

 僕だけに甘い灰谷くんとの日々は、これからも続いてゆく。