そして現在、日曜日の午前中八時半を過ぎたところ。
 大きな全身鏡の前で、僕は二着のトップスで迷っている。

「うう〜、フリルかシンプルか‥‥。髪の毛もセットしたいのに決まんないよお〜!」

 気持ちとしては大きなフリルの襟がついているクリームイエローのニットを着ていきたい。
 でも、僕の脳裏には過去の心無い言葉が蘇り、なかなか決められずにいた。
 もう一着はシンプルなチャコールグレーのメロウトップスだ。
 可愛いけれど、正直物足りない。
 もっとフリルやラメが欲しい。
 なんなら髪にリボンやカチューシャもつけたい。
 ようやく完成したリボンのニット帽も捨てがたかった。
 だけど、服装を見て灰谷くんに引かれたらきっと僕は立ち直れない。

「やっぱり、こっちだよね‥‥」

 沈んだ気持ちでニットを諦める。
 結局チャコールグレーのトップスに、白のオーバーオールを合わせることにした。
 バックもシンプルに黒のトートバッグにして、厚底のスニーカーでスポーティーにまとめた。でも、諦めきれずニット帽だけバックの奥に突っ込む。
 うん、変じゃない。
 変じゃないけど、気分は上がりきらない。
 それでも、自分の心に嘘をついたって灰谷くんに嫌われたくなかった。
 待ち合わせは十時なので、朝ごはんを食べて軽く髪の毛を整えたら家を出た。
 電車に揺られていると、灰谷くんからはもう着いていると連絡が来ていた。
 待ち合わせの最寄駅に着くと急いで改札を出て、彼を探す。
 場所なんて聞かなくたって、すぐに分かった。
 だって、彼の周りをみんながちらちら見て通り過ぎてゆくから。
 灰谷くんは黒いシャツを腕まくりし、グレーのダボっとしたパンツを履きこなして立っていた。
 シャツは首元が大きく空いていて、二連になったシルバーのネックレスがちらりと見えた。
 髪の毛はきゅっと縛られ、相変わらず素敵なピアスたちが耳にたくさんついている。
 白い有線のイヤホンをしてスマホをいじる彼は、気だるそうなのにスタイルが良く、お洒落で周囲の視線を集めている。
 今日も灰谷くんは自分らしさを貫いていて、途端に自分の弱さが恥ずかしくなった。
 僕は一度拳を握りしめてから、彼の元に向かう。

「お待たせっ」

 目の前でひらひら手を振ると、僕に気がついて灰谷くんはイヤホンを外す。

「‥‥おー、おはよ。そんな待ってないから大丈夫。行くか」
「うん、サモエド楽しみだね」
「ん」

 妙な間が気になったけれど、彼の横に並んで目的地へ向かう。
 日曜日の街には大勢の人がいて、その中で彼の隣を歩いているのは不思議な気分だ。
 さっきまで落ち込んでいたのに、胸の辺りが満たされてゆく。

「すげえ楽しみそうな顔してんな」
「うん、楽しみ」
「とか言って俺も。今回は光輝に感謝したわ」

 サモエドカフェの前にはもう人が並んでいて、僕たちも列の一番後ろに並んだ。
 十分ほど待つと、入場が始まった。
 飲み物を買い、どきどきする胸を抑えながら靴を脱いで中に入る。
 ちなみに僕はオレンジジュース、灰谷くんはジンジャーエールを頼んだ。
 中に入ると、視界に飛び込んできたのは白いモフモフの集団。
 左を見ても、右を見てもサモエドがいる。

「天国だ‥‥っ」
「ああ、想像以上にやばいな」

 灰谷くんの目にはいつもより多めに光が差し込み、彼もわくわくしているのだと伝わってくる。
 場所を決めて座るとサモエドたちから寄ってきてくれて、白い体に触れる。

「わあっ、もふもふだぁ〜!」
「ははっ、真城似合いすぎだろ。写真撮っていい?」
「うんっ、撮って!」

 首元には名前のプレートがぶら下げられており『米太郎』と書かれている。
 絶妙なネーミングセンスにツボり、僕も満面の笑みで一緒に写真を撮った。
 灰谷くんも優しい瞳で米太郎やその他のサモエドたちを撫でている。

「僕も灰谷くんの写真撮ってもいい?」
「え、俺の?」
「うん、すごく楽しそうだから‥‥だめ?」

 少しあざといかなと思いながらも、スマホを両手で握り上目遣いで聞いた。
 目を泳がせてから灰谷くんは「‥‥まあ、いいけど」と小さい声で言った。
 許可が降りたので、遠慮なく灰谷くんとサモエドが戯れる姿を写真に収めまくる。
 普段目に光のない灰谷くんが楽しそうにしている姿と、もふもふとしたサモエドの組み合わせは想像以上に僕の心に刺さった。
 先ほどから写真を撮る手が止まらない。
 ついに連写するより動画のほうが遥かにこの状況を綺麗に切り取れると気がつき、動画を撮り始める始末だ。
 灰谷くんもとうとう気にしなくなり、僕は思うがままに彼とサモエドを愛で倒した。
 動画を撮っている間も寄ってきてくれる犬たちを撫でつつ、とあるものに気がつく。

「灰谷くん、餌があるよ! 一個三百円!」
「買うしかないな」

 灰谷くんの動きは素早く、お尻のポケットから折りたたみ式の黒い財布を取り出した。
 小銭をガチャガチャの機械に入れ、ガラガラ音を鳴らしながら餌のカプセルを一つ手に入れる。開けた瞬間サモエドたちが寄ってきて、灰谷くんが白いもふもふ集団に飲み込まれてゆく。
 僕は一歩離れたところから彼らの様子を動画に収め、頬を緩ませていた。
 やっぱり可愛いは正義だ。
 だって、学校では基本表情筋の働かない灰谷くんの顔が生き生きとしている。
 僕はずっと、そんな彼を見てみたかった。
 ほぼ餌を奪われた灰谷くんはぼろぼろだが、興奮した顔で僕の元へ戻ってきた。

「視界が急に真っ白になった」
「あはは、来た甲斐があるね」
「餌もう一個買うから、今度は真城もあげてみろよ」

 カブトムシを捕まえた少年のように、彼の目がきらきらしている。

「えっ、いいよ、僕自分で買うから!」
「いーよ、こんくらい」

 僕が財布を取り出すより先に、灰谷くんはガチャガチャを回していて出てきたカプセルを渡してくれる。

「ほら、開けてみろ」

 晴れ晴れとした笑顔で灰谷くんは言う。
 カプセルを開けてしゃがむと、彼が言っていた通り視界が幸せな白ともふもふの毛並みで埋まる。
 灰谷くんはにこにこ笑いながら動画を撮っていて、今日一番に楽しそうだ。
 僕はこれでもかと集まってきたサモエドたちをわしゃわしゃと撫で回した。
 アニマルセラピーで癒され、劣等感が少しずつ消えてゆく。

「真城も髪がふわふわだから、スマホの画面いっぱいもふもふしてるわ!」

 サモエドとお揃いの犬歯が、きらりと蛍光灯の光を反射した。
 僕は彼の屈託のない笑顔を見て、教室の時と同じような煌めきを感じる。
 どくん、どくん、と心臓が震えている。
 灰谷くんが笑っていると、僕も嬉しくてたまらない。
 彼の笑顔には魔法がかかっているみたいだ。
 僕も彼につられて、大きな口を開けて笑った。

「灰谷くんと一緒に来れて良かった」
「俺も。真城のおかげですげえ楽しいよ」

 今日、僕は灰谷くんとまた一歩距離を縮めることができたみたいだ。
 カフェを出るとお腹が空いて、僕たちは近くのファミレスに入った。
 僕はチーズインハンバーグのセット、灰谷くんは唐揚げ定食を頼む。
 デザートも迷ったけど、灰谷くんが気になっているカフェがあるらしく、そこで甘いものを食べるために我慢した。
 灰谷くんはいつもご飯を食べる時は余計なことを話さず、大きな口を開けてもぐもぐ食べている。見ていて気持ちのいい食べっぷりで、僕もつられていつもより大きく口を開けて食べた。
 昼食を終えると、買い物をするためにショッピングモールへ移動した。
 灰谷くんはいくつかお気に入りのブランドがあるらしく、僕も着いていく。
 全然僕の系統とは違っていて、刺激的だった。
 全体的にダークトーンのデザインが多く、迷彩柄やごつごつとしたチェーンの付いた服なんかもある。
 僕が行く服屋さんにはメッシュ素材やダメージ加工の服もあまり無くて、違うお店に入るたびに新鮮だった。
 灰谷くんは時折難しい顔をしたり、気に入った服があると目を光らせたり、言葉にせずとも感情が豊かに溢れている。
 ふと、彼に似合いそうなダークグレーのTシャツを見つけた。
 裾のところがダメージ加工になっており、大きな蝶の柄がプリントされている。
 僕が手に取ってじっと見つめていると、灰谷くんが後ろから覗き込んでくる。

「真城の系統とは違いそうだけど、気になるのか」
「あ、ううん。これは僕っていうか、灰谷くんに似合いそうだなって思って見てたんだ」
「ふうん、ちょっと貸して」

 灰谷くんは僕からTシャツを受け取り、鏡の前で体に当てた。

「サイズ感もいいな。買うわ」
「えっ、買うの?」
「デザインも気に入ったし、俺に似合いそうだって思ってくれたんだろ」

 ちょっと待って。彼は値札を見ていただろうか。
 これがバイトをしている民の余裕なんだ‥‥!
 僕はひたすらに灰谷くんのクールな行動に憧れてばかりだ。
 正直、こうして思うがままにファッションを楽しんでいる灰谷くんといると凹んでくる。
 僕も彼みたいに人目を気にせず、思いっきり好きな服を着たい。
 会計をしている彼の背中を、ぎゅっと拳を握りながら見つめた。

「待たせたな」
「全然平気だよ。次はどこのお店行く?」
「それなんだけど、ちょっといいか」
「へ‥‥?」

 灰谷くんが僕の手を握る。
 そのままエレベーターに乗り、着いたのは屋上庭園。
 灰谷くんはついさっきまで買い物を楽しんでいたのに、なんだか苦しそうな顔をしている。
 人があまりいないところを選んで、ベンチに座った。

「朝から気になってたんだよ」

 風が吹いて、彼の髪を揺らす。

「真城、なんか苦しそうだなって、気になってた。‥‥俺の前では、無理して笑うな」
「む、無理してなんかないよ」

 ぱっと顔を逸らすと、灰谷くんが僕の顎を掴んで上を向かせる。

「じゃあなんで、お前は今泣きそうな顔してんだよ」

 どうして君は気がついてくれるんだろう。
 僕はぎゅっと胸を抑えて、つい心の内を明かしてしまう。

「‥‥僕、本当は可愛いものが好きなんだ。フリルとかリボンとか、ふわふわしてるものも好きだし、パステルカラーが好き。でも、僕は男だから女の子が着るような服を着て、灰谷くんに気持ち悪いって引かれたら‥‥って思うと不安になっちゃって、今日も着てこれなかった」

 抑えていた気持ちを言葉にすると、じわりと涙が滲んだ。
 ああ、僕、すごく苦しかったんだ。
 灰谷くんは僕の手を握って、安心させるように笑ってくれた。
 瞳の奥に、ほのかな熱が宿っている。

「俺、好きな服を着てる真城が見てみたい。気持ち悪いなんて、絶対思わねえよ。だってお前、初めてgnuに来た日、すげえ楽しそうに編み物してたもん。俺はああいう真城が見たいんだ」

 僕ばっかり、彼を見ていると思っていた。
 でも、灰谷くんは僕のことを気にしてくれていたみたいだ。
 今度は嬉しくて、目頭が熱くなった。

「可愛い僕で、いいの?」

 僕が俯いて聞くと、彼は壊れ物を扱うように僕のふわふわの頭を撫でる。

「可愛い真城がいいんだよ。人目なんか気にせず、思いっきり好きな自分でいるお前がいい」

 僕を暗い気持ちに閉じ込める檻が壊れてゆく。
 過去の辛い記憶が薄れ、心がふっと軽くなった。

「実はgnuで編んでた帽子、完成したんだ。今持ってるから被ってみるね」
「おう、楽しみ」

 いそいそバックの中からニット帽を取り出すと「貸して」と灰谷くんが手を出してくる。
 彼に渡すと、優しく被せてくれた。

「やば、すげえ可愛いじゃん。ちょう似合ってる!」

 歯を見せて笑う彼を前に、心臓が早鐘を打つ。
 ほっぺが熱い。耳も熱い。
 今、誰も彼の笑顔を見ていないことを願ってしまう。

「写真撮ってあげる。ほんと、すげえ似合ってるよ」

 スマホを取り出した彼のシャツの裾を掴む。
 今は僕だけが、彼のことを独り占めしたい。

「一緒に、撮ろ」

 少し甘えた声が出てしまった。
 恥ずかしくて灰谷くんの顔が見れない。

「いーけどさ」

 僕たちの隙間を埋めるように寄り添った灰谷くん。僕の耳元に顔を寄せて、呟いた。

「その顔すんの、俺の前だけな」

 湿った声に心臓が跳ねて、痛い。
 僕、どんな顔してるんだろう。
 すっと内カメラになったスマホを横にして、灰谷くんが彼と僕を映す。

「‥‥ぼ、僕こんな顔してるんだ」
「そ。だから俺以外に見せんの禁止」

 カシャリと音が鳴ってたった今の僕たちが切り取られる。
 僕の頬は桜色に染まり、目は嬉しさが滲んで垂れていた。僕も知らない、僕の顔。
 きっと、こんな顔になるのは灰谷くんといる時だけだ。
 どんどん彼の前では、本当の僕が溢れてしまう。

「本当は、今日フリルの襟が着いた淡い黄色のニットを着てきたかったんだ。それにね、可愛いヘアピンもつけてきたかったし、メイクもしたかった」
「じゃあ、また今度会う時着てきてくれよ。俺もそのニット着てる真城見てみたい。俺と会う時はなんも気にせずメイクでもなんでもしてきてーーまだ見たことねえけど、すげえ可愛いことはもう分かってるからさ」

 神様みたいだと思った。
 灰谷くんを怖いと誤解している人がいるなら、声を大にして彼ほど優しい人はいないと伝えたい。
 ふと、灰谷くんが変わってしまった理由が気になった。
 もっと仲良くなれたら、いつか教えてくれるかな。

「‥‥ありがとう、あのね実は僕も行きたいお洋服屋さんがあるんだ。着いてきてくれる?」
「もちろん。早速行くか」
「うん!」

 まだ今は聞けないけれど、いつか学校でも好きな姿をした灰谷くんを見てみたいと思った。
 でも、まずは僕が変わらなきゃ。
 灰谷くんが手を差し伸べてくれて、僕はどきどきしながら彼の手を取る。
 エレベーターまでエスコートするかのように、大きな手で僕のぷっくりした手を優しく包んでくれた。
 誰もいない密室の中、僕の頭は灰谷くんのことで埋め尽くされる。
 エレベーターが停まると、自然と手は離れてしまって、名残惜しさを感じた。
 背が高い灰谷くんの顔は、よく見えなかった。
 でも気にしていないように振る舞って、行きたかったお店を目指す。
 今から行くところは僕がネット注文もよくするブランドだ。
 ネットで買い物をするのは楽だけど、やっぱり実際見て買うのが一番楽しい。

「わ、冬服可愛い〜!」

 まだ秋の初めなのに、店内には冬服も置かれている。
 僕はラメの入った白のシャギーニットが目に入った。触り心地が良くて、かつ温かいという優れものだ。

「似合いそうだな。あ、でもこっちも良さそうじゃね」

 灰谷くんが手に取ったのは、水色のざっくりと編まれたカーディガンだ。
 オーガンジーの白いリボンが肩から腕にかけて編み込まれており、動くとふわふわ揺れてとても可愛い。正直好みのど真ん中だった。
 でも、完全に女の子用の服だ。
 もう灰谷くんにとって、男女の垣根はどうでもいいらしい。彼が本当に僕を受け入れてくれたことが分かって、さらに胸が躍った。

「か、可愛い‥‥! 僕、試着してくるっ」
「じゃあ着たら見せて」

 店員のお姉さんに試着室の場所を聞いて、一番奥の部屋に入る。
 顔に当たらないよう気をつけながらカーディガンを羽織った。
 フリーサイズで、僕にとっても少し大きめだ。元々オーバーサイズのデザインなのだろう。大きいと萌え袖が出来るので、高ポイントだ。

「灰谷くん、いる?」
「いる。着れたか」
「うん、着れたよーー」

 どきどきしながら白いカーテンを開ける。
 灰谷くんは目を見開いてから、口元に手を添えた。
 彼の耳が赤く染まっている。

「やば、想像以上に似合ってるわ」

 きゅうっと心臓が締め付けられて、僕はカーテンの中に隠れた。

「なあ、もう一回見せてよ」
「だって、なんか恥ずかしいんだもん」
「めっちゃ似合ってて可愛かったのに、残念」

 耳と尻尾が項垂れた彼の姿が浮かんだ。
 僕はカーディガンを脱いで、更衣室を出る。

「灰谷くん、僕もこれ買うからまたお出かけしよ」

 今度は僕が彼を安心させるように微笑んだ。

「ん、次行くところも考えなきゃな」

 彼はふっと笑って、店を出ていく。
 僕は会計を済ませて、外で待っていた灰谷くんの元へ戻る。スマホで時間を確認すると、もうカフェには間に合わなそうだ。
 灰谷くんの行きたかったカフェは閉店時間が早いらしい。

「今度は、今日買った服着て俺の行きたいカフェに付き合って」
「もちろん! でも、どんなカフェなの?」

 出口に向かいながら話す。やっぱり彼は周囲の視線を集めていて、すれ違う女の人たちは灰谷くんを二度見する。

「んー、驚かせたいからまだ内緒」

 悪戯な表情を浮かべて、彼は人差し指を立てた。気になるけど、楽しみはとっておきたい気もする。

「分かった」

 だって、きっと、灰谷くんの考えていることは素敵だろうから。



 駅で解散し、また電車に揺られて帰ってきた。
 家に着くと、どっと疲れが出てきてベッドに雪崩れ込む。スマホを取り出して、今日撮った写真を眺めた。

 サモエドと戯れている灰谷くん。
 サモエドに顔を舐められて笑っている灰谷くん。
 サモエドに埋もれている灰谷くん。

 白いもふもふと彼で埋め尽くされた写真ホルダーを眺めて相好を崩す。
 帰り際に送ってもらった二人で撮った写真は特に僕の頬を緩ませた。

「楽しかったなあ」

 また、一緒に出かける約束までしちゃった。
 足をバタバタ動かして、顔を枕に埋める。
 そうだと思い立ち、今日買ったカーディガンを紙袋の中から取り出して羽織った。
 やっぱり着心地もデザインも最高で、部屋の中でバレリーナみたいにくるくる回る。
 リボンが空気中をクラゲのように揺蕩い、僕が止まるとふんわり降りてきた。
 言いしれぬ高揚感に包まれて、全身鏡の前に立ち恍惚とした表情で自分の姿を眺める。
 可愛い服は沢山持っているけれど、灰谷くんが選んでくれた一着は特別に可愛い。
ーー人目なんか気にせず、思いっきり好きな自分でいるお前がいい。
 灰谷くんの真剣な顔と、僕の背中を押してくれた力強い声がリフレインする。
 僕は忘れないよう、瞳を閉じて心のアルバムにしっかりと刻むイメージをした。
 彼の言葉は僕の呪いを解いてくれた。僕を自由にしてくれた。だから、今度は僕の番だ。
 今日一緒に買い物をして、彼が大のファッション好きだと確信したのだ。
 なのに、なんで彼は地味な姿をしているんだろう。
 楽だって言ってたけど、明らかに好きな服装しているほうが楽しそうだった。
 僕も自分の本当の気持ちを抑えていたから分かる。きっと、灰谷くんも呪いにかかっているんだ。
 カーディガンを脱いで、ぎゅっと抱きしめた。
 そしてベッドから一番よく見える位置にかけて、拳を握りしめる。

 僕は、灰谷くんの呪いを解きたい。

 大好きな彼の、呪いを。