「彩ー!部活何にする?」
「野球のマネっ!」
「……あんたさ。今年の野球のマネの志願者数やばいよ。もう20人超えてるってさ……」
「うっそ……!?」

入学式も3日前に終えて、ようやく高校生としての自覚が出てきたある日の放課後のこと。
あたし、1年の西本彩(ニシモト アヤ)と幼馴染の三浦真帆(ミウラ マホ)は教室の机で隣同士に座って、何の部活について相談中。

開いた口がふさがらないとはこういうことかと思う。
野球部が人気なのは知ってたけど、まさかそこまでとは思わなかった。

でも、私はこの高校に野球部のマネージャーをするために来た。
気持ちだけなら、誰にも負けない自信があるんだから。

「でも、私、野球部のマネじゃないと部活はいらない!」
「今年の野球部のマネの志願者数があまりにも多いから、今年はキャプテンが、面接とかで決めるらしいけど、それでも?」
「……げ……。め、面接!?」

真帆は、やっぱり知らなかったんだーって顔であたしを見てくる。

「それでもやりたいの?」

真帆が私に最後の追い打ちをかける。

「……や、やる!だから、真帆も一緒に受けようよー」

私は真帆の肩を両手でつかみ、ゆさゆさと揺する。

「いいでしょ、ね?受けるだけ受けるだけ!」
「あー、わかったわかった。ってか、面接の日って確か今日だよ。18時からとか言ってから……あと30分しかないけど……」
「え、マジ!?よし、行こう、今すぐ行こう!」

私はそういって、学生かばんをリュックのようにして担いで、グラウンドへと突っ走る。
真帆は、待ってよーなんて言いながらしっかりと私についてきていた。

あの人の野球をあたしは間近で見たい。
あの人のプレーを私はちゃんと生で見たい。
絶対に、絶対に野球のマネージャーになってやるんだから!











パシーン!

グラウンドについた瞬間、私の好きな音が聞こえた。
豪速球をミットで受ける音。

私の体には、全身鳥肌が立つ。
かなりの球のキレとスピードがなければ、この音は出せない。それは、お兄ちゃんが言っていた。

「ナイスボール。青!」

そんな、笑顔が印象的なキャッチャーの先にいるあの人。

「やっと肩あったまったか。夏樹っ!次もっと速いやついくぞー」

藤青野球部の絶対的エース_____3年の相原青(アイハラ アオ)先輩。

フェンス越しだけど……やっぱり、すごい。
球の伸び、立ち姿、投げる前の間。すべてが、絵になる。
やっぱり、テレビとかで見たときよりも生で見た方が何倍も迫力がある。
ほかの野球部員も、マウンドの奥のほうでキャッチボールをしていた。
一刻も早く、あの中に混ざりたい。

「…ったく…はぁ…。あれが彩の言ってた相原先輩?」

真帆が、膝に手をついて息を整えながら私に問いかける。

「うん。そう」
「……ふーん。でも、ライバルはいっぱいみたいよ。ほら」

真帆が指さした先には、同じ野球部のマネ志願者であろう、たくさんの1年生女子がキャーキャーと騒いでいた。

「キャー、かっこいい!もう、私先輩のために頑張る!」
「イケメンで、運動神経抜群。最高だよ」
「絶対に野球部のマネージャーになって、相原先輩のこと支えちゃうんだから」

思わず後退りしそうになる。
ざっと見ただけで20人は超えていそう。
この中から何人がマネージャーになれるんだろう。
すると、1人の野球部員と思われる人が、練習を中断して私たちのほうへとやってきた。

確かこの人は、この野球部の主将_____赤坂巧(アカサカ タクミ)先輩。

「……っと。うわ、思ったよりもたくさんいるなー。今から1人ずつ2分くらいの面接やるから一人ずつ部室に来い。じゃーまず、お前から。後の順番は適当でいい。スムーズに頼むな」

そういって、先輩は1番近くにいた1人の女の子とともに部室へと向かっていった。

私は、高鳴る心臓を抑えるため、とりあえず日陰に移り、腰を下ろした。その横に真帆が座る。
真帆の長い髪が、風に揺れてあたしの顔に少しかかった。
真帆は幼馴染の私が言うのも何だが、かなりの美人。
性格もさばさばしていて気持ちがいい。
しかも、スポーツ万能、成績優秀。才色兼備とは彼女のためにある言葉なのかもしれないと思うほど。

それに比べて、私は元気だけが取り柄と言ってもいいかもしれない。あと、野球の知識なら今の真帆には負けない。
なんて言ったって、夏の試合見てから、受験勉強そっちのけで、野球のこと勉強したのだから。

私と真帆は並んで、目の前の野球部の練習を眺めていた。
相変わらず、投げ続けている相原先輩と、それを受け続ける辻先輩。

この2人は甲子園ファンの間で、奇跡の黄金のコンビってひそかに呼ばれていることを私は知っている_____。

そんなことを考えている間に、どうやら面接は私たちで最後となっていた。
私と真帆は、じゃんけんをして、真帆が負けたから、真帆が先に行くことになる。

「私、野球のこととかあんまり知らないんだけど……」

真帆は、ため息をつきながら、順番を待っている。

「大丈夫。真帆だしなんとか嘘ついてでも合格して!」
「まぁ、とりあえずできるだけやってみる」

真帆がため息混じりにそう言ったちょうどそのとき、部室のドアが開いて前の人が出てきた。
真帆が立ち上がって、部室へと入っていった。

部室の扉の横、壁によりかかって順番を待つ。
鼓動がどんどん激しくなっていくのがわかる。
こうやって待ってる時間が一番緊張する。

少し、中の声が聞こえるかなって思って、ドアに耳をつけてみたけど、全然聞こえない。
あー、あたしが最初にいけばよかった……と、いまさら後悔。

夕焼けが、グラウンドの砂を赤く染める。
空は静かに、オレンジから紺へと移ろっていく。

ドアの開く音がして、真帆が笑顔で出てきた。
そして、私の耳元で、頑張ってっといって、背中を押してくれる。

私はそっと、真帆と入れ代わりで部室に入った。
そして、ドアをそっと閉めて、部屋の中へと目を通す。

少し汚れた個人専用のロッカー。
綺麗に並べられたエナメルバック。
数々の千羽鶴と優勝旗。
部屋一面に飾られた、賞状。
そして、中央に、向かい合うように椅子が置かれていて、その1つに主将の赤坂先輩が座っていた。

「お前が最後?」

先輩の声は、驚くほど優しかった。

「あ、はい」

私はそういって、慌てて先輩の目を見た。

「まぁ、とりあえず座れ」

そういって、にこっと無邪気に笑う先輩。
一瞬ドキッとしてしまうが、気を引き締めて、私はそっと先輩の前の椅子に座った。

「なんで、この野球部のマネージャーに?」

先輩は、真剣な目で私を見つめてくる。
正直に言うんだ。私の野球への思い。
全部、全部、後悔のないように。

「藤青学園と、南聖の試合を見て、ここの野球を間近で感じたいって思いました。もっともっと野球のことが知りたいって思いました。だから私は、この学校に来ました」

先輩は、バインダーに必死にメモを取っているようで、私の目を見ようとはしてこなかった。
不安の波をごまかすようにキュッと口元を結ぶ。

「じゃあ、君は、この野球部のどこに魅力を感じた?」

赤坂先輩は具体的に問いかけてくる。
相変わらず、先輩は私を見てこない。

思い出せ、私。
あの時の試合を。
あの興奮した試合を。
胸がカーッと熱くなって、自然に声を出していて、いつの間にか藤青を応援していた。
南聖じゃなくて。藤青にエールを送った理由を。

「藤青を応援したくなるような、そんな野球をしてくれるところ……です」

私がそいういうと、先輩はにこっと初めて目を見て笑ってくれた。

「_____合格だ」

そしてはっきりとそう私に告げた。
叫びだしたくなる衝動を抑えた私を、どうか誰か褒めてほしい。

「よし、これでマネージャーも2人決まったし……頑張ろうな」

そういって、ゆっくりと立ち上がってくいっと背伸びをする先輩。

…ん? 2人?
あの中から私含めて2人しか合格してないの!?

「あ、あの……」

私は恐る恐る聞いてみる。

「ん?なんだ?」

先輩は立ったまま、目の前のあたしを見下ろしてくる。

「もう一人のマネージャーって誰になったんですか?」
「ああ、外に出ればわかるよ。外で待たせてあるから。あと、早くここでないとな。着替えとか、見たくないだろ?」

そういって、意地悪そうに笑ってくる先輩。
私の顔がカーッと熱くなった。

「あ、はい!出ます!今すぐ出ます!」

そういって、私は立ち上がって軽く先輩に礼をする。
そして、急いでドアのほうへ駆けてドアノブに手をかける。
だけど、私がドアノブ回す前に勝手に扉が開いて……

__ドーンッ

私のおでこに固い大きな何からがぶつかった。

「…っし…い、いったぁー…!!」

私は、あまりの痛さに顔をゆがめてその場に座り込んだ。
マジ痛い……ってか、先輩に見られた…。
恥ずかしいけど、とにかく痛い……。

「……ん?なんかぶつかったような……。お、巧。マネージャー決まったか?」

私の前に立ちはだかる固いものの正体が、先輩に話しかける。
声を聞いて気づく。

「相原青先輩!」

私は、痛さを忘れて、勢いよく立ち上がり声の主を見上げた。

「……誰?このちっこいの」

相原先輩は、私を見るなり、指さして赤坂先輩に問いかける。
ちっこいの……ちっこいのっ!?

巧先輩は、あはははとお腹をかかえて笑いだす。
顔が一気に熱くなって、耳まで真っ赤になるのがわかった。

「……ちっこくなんかないです!これでも平均くらいはありますっ!」

私は、指をさしてくる相原先輩をにらむ。

「俺、178cm。だから余計に、ちっこく見えるんだよな」

相原先輩って、こんなに毒舌だったの?
私のイメージは、もっと優しくて、さわやかで、キラキラしているイメージだったのに!
どんどん私のイメージしていた相原先輩が崩れていく、そんな音がした。

赤坂先輩は、相原先輩の言い合いを見かねて間に入ってくる。

「まぁまぁ……。お互いこれからチームメイトなんだし落ち着け。とりあえず、もう1人のマネージャーも紹介するから、部室出るぞ」

そういって、赤坂先輩は私の背中を押して、外へと出す。
そこには、野球部全員が集まっているようだった。
ざっと見て、30人ほど。

「あれ、あの背の高い綺麗な子はどこいった?」

赤坂先輩がきょろきょろし始める。

「ああ、あの子なら、今夏樹に……。ほら、あそこ」

相原先輩が見た先を、私と赤坂先輩が見る。
そこには…

「ねねね!俺のこと知ってる?」
「しりません」
「えー!俺結構今年の春とか活躍したんだけど」
「しりません」

辻先輩が、マスク片手に真帆に一生懸命話しかけている。

興味ない人にはとことん冷たい真帆。
先輩相手でも容赦ない。

野球部の皆は、少し笑いながら、また始まったとか言って2人のことを見ている。

「おーい!夏樹。何に口説いてんだよ。ちょっと、2人ともこっち来い」

赤坂先輩が手招きすると、2人ともゆっくりとこちらへ歩いてくる。
真帆は私に気が付くと、笑顔で駆けてきた。

「えーっと。新1年も今年は20人以上入って、マネージャーもこの2人に決まった。まぁ、軽く自己紹介して、今日は終わるぞ。」

部長がそういうと、皆の顔が見えるように大きな輪になる。
真帆は私の隣で、やったねと言って、にこにこしていた。

「じゃ、マネージャーから」

赤坂先輩がそう言うと、真帆が小声で、私から言うねっていって、先に自己紹介を始めた。

「藤青野球部のマネージャーをすることになりました。1年の三浦真帆です。野球のルールはこれから少しずつ学んでいくつもりです。よろしくお願いします」

真帆が言い終わると、ぱらぱらと拍手が起こる。
あたしは小さく深呼吸をして心を落ち着かせた。

「同じく藤青野球部のマネージャーをすることになりました。1年の西本彩です。野球ルールはバッチリです。皆さんの支えになれるように頑張ります。よろしくお願いします」

ぱらぱらと聞こえる拍手。
真帆はバシッと私の背中を叩いて、ニコッと微笑んでくれた。

「えーじゃあ、次は3年だな。俺は、この部の主将の赤坂巧。ボジションはピッチャー。この部のモットーは”誰もが応援したくなるような野球をすること”。練習は厳しいが、へこたれるんじゃねぇぞ」
「えー。この部のエースの相原青。ポジションはピッチャー。得意技はかっ飛ばすこと」
「俺は辻夏樹。ポジションはキャッチャー。可愛いマネージャーも2人も入って、明日からの練習は頑張れそう。よろしく」

その後も、挨拶をしていく3年生。
たぶん、この部を引っ張っているのが、この3人なんだと思う。

個性豊かな部員たち。
私の心はすでに踊っていた。
これから始まる物語。

どんな結末が待っているかは誰にもわからない。
わからないから面白い。
最初の1ページを私は開いたんだ。