ダンス部が占有する夏休みの体育室。
 朝から夕方まで絶え間なく鳴り響く、大会ナンバーのJ-POP。
 31人の無駄のない足音、クラップ、見事なまでに揃った息づかい。
 冷房をガンガンに効かせてもなお汗が首筋をつたって流れ落ちるのは、この夏にかけるメンバーの気迫が体感温度を上昇させているからだ。

「そろそろお昼にしようか」

 私がみんなに声をかけると、斜め前――センターに立っていた紗英が振り向く。

「りりあ、今のとこどうだった?」
「うーん……やっぱ気になるのは背中かな。毎回ブレるから、もうちょっと軸を引っ張りあげるように回った方が綺麗かも」

 私がそうアドバイスすると、紗英は「了解!」と力強く頷いて口許を綻ばせた。ライバルであり仲間で同志。今のこの関係は、悪くない。
 立ち位置が変われば、見えるものも変わってくる。そしてまた、観られ方も変わってくる。
 部長として経験者として、私はチームの要になろうって決めた。
 例えステージの中心にいなくても、みんなに頼られる存在でありたい。そう思えたら心も体もこれまで以上によく動くようになった。


 あれから神宮寺とはほとんど顔を合わせていない。
 チームも学年も違う部員との距離なんて現実こんなもんだ。あの数日が異様だった。
 だから結局オーディションを直前で辞退した真意は分からないままだけど、あいつなりに思うところがあったんだと、忙しい毎日を過ごす中でサラリと流した。
 またいつか話す機会はあるんだろうか。
 

 体育室の片隅でお昼休憩をとる。引退まで残りあと1カ月、部長としてやるべき仕事は山ほどあった。
 スマホでスケジュールを確認しようとしたら、ママからラインが来てるのに気づく。

【一応、チケット取ったわよ】

 ああ、今日は予選大会のチケット発売日だっけ。
 この一応(・・)ってとこに、今の私に対するママの微妙な葛藤と落胆が読みとれる。
 けど……
 発売開始は10時ジャスト、ラインの着信はその2分後。張り切ってチケットを確保しようとしてくれたのは間違いない。
 ママの一番の推しは相変わらず私。分かり合えなくたって、そこはやっぱり変わらないみたい。
 だからこそ胸が苦しくなる。ゴメンね、期待に添えなくて。最後の大会なのに、一番見えるところで踊ってあげられなくて。
 でも私、今すっごくダンスが楽しいの。みんなで作りあげる作品なら、どこに立ってもキラキラ輝けるって分かったから。ママにもそれを教えてあげたい!

【自分とチームのために最高の1本にするよ】

 だから楽しみにしててね。そう返信して、私はスマホの画面を閉じた。


 ママが持たせてくれた青いランチボックスを開けると、お約束のカツサンドが並んでいた。
 もうゲン担ぎが始まった? 大会までまだ1週間はあるのに、今からこれじゃ胸焼けしちゃう。
 ……うん、そうだ。また神宮寺にあげよう。今度は半分だけ。「羨ましい」とカツサンドを頬張った姿を思い出し、自然と笑みがこぼれる。

 ダンスしか興味はない。それ以外で誰かと関わることに価値なんてない。
 そう考えていた私がママの手作りカツサンドに、あいつとまた繋がれる可能性を見出したことは、たしかな成長の証な気がした。


 《END》