神宮寺のインスタ投稿はあっという間に拡散され、私の無様な姿は不特定多数の好奇の目に晒された。
 フォロワー数2320、いいね!の数381。たった半日でこれ。ヤバい。こいつのアカウントそれなりに数字持ってる。
 コメント欄は冷やかしで溢れかえっていた。

【リア充うらやま~(>_<)】
【ついに落ち着きましたかwww】
【祝・祝・祝❤】

 つき合いたてで浮かれてるイタいカップル。あの画像を見た部員たちもきっとそう思ってるだろう。屈辱。
 ずっと一番高いところにいたのに、そのための努力もしてきたのに。こんなにも一瞬で、転げ落ちてしまうものなの?
 ダンスでコーチに認められて、みんなに羨望の眼差しを向けられて、ママの期待に完璧に応えるりりあ。それが私の理想の姿なのに……。
 恐いよ。このまま万が一にでもセンターの座を逃したら、二度と光を浴びられなくなる。


 *

「夏の大会が終わるまでは大人しくしてくれない? その後は……顧問にチクるなり、動画を拡散して承認欲求を満たすなり、好きにしてくれて構わないから」

 帰りがけに神宮寺を呼びつけて、苦肉の策として私が打ち出したのはこんな幼稚な提案だった。
 夜の静けさに包まれた、駅とは反対方向にある小さな公園。二人掛けのベンチに座る私の傍らで、彼は口をつぐんだまま突っ立ている。

「最後の大会、絶対にセンターになりたいの。そのためにはもっと練習して、オーディションで1位通過しなきゃいけない。あんたにこれ以上引っ搔き回されてる場合じゃないのよ」

 本当はお昼休みだってこの部活の後だって、こんなくだらないことに時間を使いたくなかった。もちろん噂や陰口で病んでる暇もない。
 
「もう信頼も計画もガタガタ。ぜんぶ神宮寺のせい。私を服従させて少しは楽しめたんでしょ?」

 あの動画を握られている限り、私はこいつに逆らえない。でもそうビクビクするのも8月の引退までだ。
 だってそれを過ぎれば私の場所はどうせなくなる。
 ダンス部部長で絶対的エースじゃなければ、そもそも私の存在価値なんてない。脅されて失うものなんてない。

 神宮寺は相変わらず黙ったままだった。顔を背けて斜め下を向いているから、腹を立ててるのか嘲け笑ってるのか感情はつかめない。
 この沈黙がもどかしい。イラッとした私は彼の制服のネクタイを強く引っぱってこっちを向かせる。

「ねえ、ちょっと! 何とか言いなさいよ」
「……あー、すいません」

 至近距離でやっと目の合った彼は想像に反して、弱弱しく情けない表情をしていた。いつも釣り上がっている眉を八の字にさせて、眉間にシワを寄せる。

「……俺、そんなつもりじゃなかったんです」
「はい?」
「服従とかそういうんじゃなくて、秘密を共有できたって思ってて……」
「……どういうこと?」
「だって……りりあ先輩と一緒に帰るとか弁当食うとか。普通にしてたら、2年の俺にはまずムリじゃないっすか。あ~だから! ちょっと嬉しくなってインスタにも上げたりして? でも別に、先輩を追いつめたかったわけじゃ……」

 目を泳がせながらたどたどしく答える神宮寺に、私は呆気にとられる。
 なに言ってるの、こいつ。いつもの太々(ふてぶて)しさはどこいったの? これじゃあまるで私のことが好きみたいじゃん。
 え? じゃあ何? 私に構って欲しくて犬みたいにまとわりついてたってこと? スマホ一つに震える私を面白がって操ってるんだとばかり思ってたのに。
 思考が追いつかない。だってこの言葉としおらしい態度さえも、私を脅かす新たな作戦かもしれないし。そう疑って、探るように顔を下から覗きこむ。

「センターに固執する私を、馬鹿にしてるんだとばかり思ってたけど?」
「ち、違います! だって俺、りりあ先輩が誰よりも上手いって思ってるし、すげー練習してるってちゃんと知ってるし。それに今日の昼休み、お母さんの話とか聞いて先輩でもプレッシャー感じてんだって分かって。ますますイイって思ったっていうか……」

 さっきまで冷淡に私を見下ろしていた神宮寺の姿は、そこにはなかった。
 暗がりでも分かるほど耳を赤くして、落ち着きなく何度も前髪をかきあげて。……これが素のカオ?
 マジか、こいつ。私のことそんなふうに見てたの? バカバカしい、私はこいつの何をあんなにも怖がってたのか。

「そんな言葉、信じられるわけないじゃん。だってまだ、あんたはアレを……」

 わざと戸惑ったふうに言葉尻を濁すと、神宮寺はハッとした顔になって、慌ててポケットから自分のスマホを取り出した。
 そして何度かスワイプして、タップして。例の私の動画を、こちらにハッキリと向ける。
 そして彼は躊躇うことなく人差し指で最後のタップをした。
 【ゴミ箱から完全に画像を消去しました――】
 
「これでもう、何もないんで」

 神宮寺はなぜか愁眉を開いた。
 やった……ついに足枷が外れた! 目に飛びこんできた一文に、安堵したのは間違いなく私の方だと思うんだけど。
 どうであれ、神宮寺は私を縛りつける唯一の鎖を自ら断ち切った。その事実に高揚感がいっきに高まる。

「それじゃ」

 清清した気持ちで私はベンチから立ち上がる。
 こいつとの悪縁もここで終わり。明日からは今までと同じく、あいさつ程度の関係に戻ればいい。
 そう考えて颯爽と身を翻そうとしたんだけど、すぐさま上ずった声に引き止められる。

「りりあ先輩! オーディションのことは、俺がどうにかしますんで!」 

 なお、熱っぽい視線を向けてくる彼に、私は心地悪さを覚えた。

「どうにかって……」
「だってりりあ先輩、紗英先輩が邪魔なんですよね? だったら俺が何とかします!」
「あんたに何が出来るっていうの?」

 一度も選抜になったことのない、ダンス部で際立ってるわけでもないあんたが。
 思わず鼻で笑うと、神宮寺はちょっとムキになってスマホを再びこちらに突き付けてきた。

「実はこの前、面白いやつ撮れちゃったんです」

 動画を流す。画面に映し出されたのは紗英と……?
 どうやら私の以外にも、こいつは部内の脅しネタを持ってたみたい。

「これをインスタにそれっぽく上げれば、そこそこバズると思うんすけど」
「……趣味悪すぎ」
「でもこの動画、ちょっとはりりあ先輩の役に立ちません? だから上手くいったら、そん時はさ……」

 神宮寺がすがるようにこっちに手を伸ばしかけたのを、私は気づかないふりをして踵を返した。今度こそそのまま公園を後にする。

 最低な男。何が私の役に立つ、よ。キモい。
 でも……
 嫌悪感を抱きながらも、私はあいつの提案をキッパリと断らなかった。だってもう手段は択んでいられない。紗英を蹴落とせる可能性があるなら、使えるものは何でも使ってやる。

 欲しいのはセンターで輝く『完璧で理想のりりあ』
……って、あれ? 私がなりたいのって、こんな自分だったっけ?