祝日の今日は朝から夕方までガッツリ部活。
授業のある日は放課後が待ち遠しくてたまらない私にとって、ダンス三昧の1日は幸せな時間のはずだった。
でも、今日はちっとも胸が弾まない。不安と焦りでただ手足を動かすだけの、入りこめてないダンスしかできない私。
打って変わって、伸びやかで生き生きとした踊りを見せる紗英。ダイナミックなターンと感情をのせた腕のしなりに、コーチと顧問の熱い視線が注がれている。
「あそこで”もがき”を表すのいいね! 私ぜったいに”解放感”だと思ってたから」
水分補給タイム。菜々美が感心したように紗英に話しかけるのを、隣で静かに聞いていた。
たしかに、紗英の表現には秀でたものを感じる。同じ振りでも感情の乗せ方が変えれば魅せ方が変わる、それが私たち揚斗高校のダンスだ。
「私もね、そこは解釈が難しいなぁって思って迷ってたんだ。けど、昨日コーチにラインしたら、好きに踊ってイイって言うから」
「え? Masaコーチと……個人的にやりとりしてるの?」
思わず驚いて話に加わると、紗英はあっけらかんとした表情で続ける。
「うん、ライン繋がってるでしょ? 思い切って何度か相談したんだけど、めっちゃ丁寧に返信くれるよ」
「それって……いいの?」
「忙しい人だからどうかなって心配したけど、いつでも気にしなくて大丈夫、だって!」
私の質問の意図とは完全にズレた返しをしてくる紗英に、不快感を隠しきれない。
だってコーチは、今回のオーディションの審査員の一人。そんな彼にオーディションで私的なアドバイスを求めるのは、ズルいし卑怯だじゃないかって感じた。ゴマすりも甚だしいし、ワタシ頑張ってます! のアピールもウザい。
でも天然な紗英にはいまいちピンと来てないようで、変わらずのほほんとしてる。菜々美も特に気に留めていない様子だったから、価値観の違いと割り切って、私は苛立ちを腹の底に押しこめて笑顔でその場をやり過ごす。
「紗英、ちょっと来て」
少ししてまた、コーチに呼ばれた。笑顔でそれに応える彼女。会話が弾んでる? 次はどんな助言をもらうつもりなの?
部長でもないくせに、まだまだ下手なくせに、技術も足りないくせに、始めて2年の素人のくせに。羨ましくて妬ましくて仕方ない。
でも――。
この前私が教えたばかりのジャンプ技も、不格好ながらどうにか開脚で飛べてた。練習したんだね、私が他人の課題に追われている間に。
ああ、教えてなんかやらなきゃ良かった。やっぱあいつを潰さない限り、私はど真ん中に立てない。
*
「いい天気っすね。このままどっか遊びに行きたくありません?」
昼休憩。人目を盗んで北校舎の空き教室に向かい、命令通りに神宮寺と落ち合った。
窓からの景色を悠々と眺めながら、彼は私が買ってきたエナジードリンクを一気に飲み干す。
上機嫌で鼻歌混じりのこいつとは違って、もちろん私は不満たらたら。神宮寺が何を話しかけてきても目も合わさずに「へー」と「そう」で返して、不機嫌を前面に押し出してやる。
だってもうこいつの前で、優しくて親切なりりあはいらない。
壁掛け時計を見上げると、午後の部活まで残り20分になっていた。食欲はなかったけど、とりあえずお弁当を広げる。
机も椅子もないから埃っぽい床に猫座りすると、ずうずうしくも神宮寺が隣に腰を下ろしてきた。
「おぉ~旨そう~。カツサンド?」
ブルーのランチボックスを覗きこんで、物欲しそうな声を出す。
「これって、りりあ先輩の手作りっすか?」
「違う、ママに決まってるでしょ」
「星型の人参にハート型の卵焼きまで入ってる。すげ~! 愛されてるんすね~」
「やめてよ恥ずかしい、お弁当ごときで大袈裟すぎ。作るのなんて当たり前じゃん、親なんだから」
「そうっすか? 俺はないっすよ、一度も」
神宮寺の声の温度が下がった。
そう言えばこいつのお昼ご飯は、私が渡したエナドリとコンビニおにぎりとパンだった。そういう日もあるって普通にスルーしてたけど……。
「なんか、羨ましいです」
そう呟いた神宮寺の瞳が仄暗く揺らいだように感じて、私は触れてはいけない感情を覗き見した気になった。
かまってちゃん? 淋しがり? だから私にまどろっこしく絡むの?
どっちにしたってウザいだけ。こんなヤツどうだっていいのに。
「あげる。これ全部、食べていいよ」
私がサンドイッチを差し出すと、神宮寺は一瞬だけ目を輝かせたんだけど、「いやいや、ダメですよ!」とかなんとか自戒するように大きく両手を横に振った。いつものふてぶてしい態度はなく、可愛い気のある後輩の顔になる。
「俺が食ったらマズいっしょ。せっかくお母さんが作ってくれたのに」
「どのみち捨てようと思ってたの。『カツ』って、ゲン担ぎなんだって。オーディションで『勝つ』の」
「ああ、なるっ」
「重すぎんのよ。胃もたれと胸焼けしそう」
勢いのままそう吐き捨てると、神宮寺は気まずそうに口をつぐんでポリポリとこめかみを引っ掻いた。そしてちょっと悩んでから、長い指で私からお弁当箱を受けとる。
「すいません。じゃっ、いただきます」
「どーぞ」
私の代わりにカツサンドを頬張る神宮寺を見ながら、何やってんだろうって自分自身に呆れた。
こいつの弱そうな部分を垣間見たり、自分が溜めこんでいた愚痴をこぼしたり。
私たちはこれまでも、今も、これからだって、慰め合うような仲なんかじゃないのに。
「あの……りりあ先輩。キレイだから……写真、撮ってもイイっすか?」
もう半分も食べちゃってて、映えも何もない気がするけど。
「ずっと好き勝手命令してるくせに、今さら許可いる? お好きにどーぞ」
わざとバカにしたように苦笑うと、神宮寺は勢いよく私を胸に抱き寄せた。
揺れた視界のはじで彼の黒い髪がツンと跳ねる。思いがけずくっついた頬と頬から、真夏のようなじんわりとした熱が伝わってきた。
カシャッ。
ツーショットを自撮りされたんだと気付いたのは、スマホのシャッター音を聞き終わった後だった。
嘘でしょ⁉ きっとがっつりカメラ目線だ。私は神宮寺を思いっきり突き飛ばす。
「いきなり何すんのよ! キモッ‼」
「ちゃんと聞きましたけど?」
「だって、あれはそういうんじゃなくて……!」
一緒に写真を撮るなんてあり得ない! 分かってたらOKなんてしなかった。
――ああ、でも同じか。どうせスマホの動画をまたチラつかせられたら、私はこいつに従うしかない。
「……」
下唇をキュッと噛みながら、広げっぱなしだったランチマットを乱暴にまとめる。
「もう体育室に戻るから。あんたは遅れてきてよ」
「何でですか?」
「分かるでしょ? あんたみたいなチャラい奴と、これ以上何かあるってみんなに勘繰られたくないの。私のレベルを下げないで‼」
「はい、はい。分かりました……」
神宮寺の返事を最後まで待たずに、私は教室を飛び出した。
あいつの要求が奇想天外で油断できない。次は何をされるの? いつまであいつに振り回されなきゃいけないんだろう。どうにかしなきゃ、どうにか…………。
*
午後練のために体育室に戻ったのは、1時を10分も過ぎてからだった。ヤバい、初めての遅刻。
幸いなことにコーチも顧問もいないけど、3年部員はすでに輪になってミーティングを始めてる。私は一息ついてから中心に駆け寄る。
「遅れてゴメン」
振り返った副部長の菜々美が、無言で微妙な笑顔を返してきた。
ん……空気がちょっと変だ。
そう感じた直後、ミラーの前でスマホを手にしていたメンバーの数人が嫌味たっぷりに言葉を並べる。
「りりあでも、恋に浮かれたりするんだね~」
「部長なのにイイの? 部内恋愛、反対派じゃなかった?」
「そんな暇があるならもっと練習すればいいのに~、ってね」
ああこれ、昨日帰りがけにやり合っちゃった3人か。
「遅刻は……ちょっとワケあって。でもそんなふうに言われる覚えはないよ。私はいつだってダンス1本だけど」
部長らしく毅然と言い放つと、菜々美がおずおずと自分のスマホを差し出す。
「ストーリーに上がってたよ」
「え?」
私は菜々美からスマホを借りて、恐る恐る画面を見る。
インスタのストーリーズに貼りつけられていたのは、私と神宮寺の自撮り画像。この世で1枚しかないはずだから、さっき強引に撮られたやつに間違いない。
ダッサいラブソングに、わざわざ【手作り弁当うまかった!】なんてキャプションまで添えて。私にとって羞恥の塊がぞんざいに晒されている。
マジか。あいつ、いつの間にこんなもの……‼
「神宮寺くんってたしかにカッコいいよね。部内恋愛いいと思うよ? りりあの自由だし禁止してないし。でもさ、ケジメはつけてよ。下にも示しつかないじゃん。昨日あんなデカいこと言っといて、部長がこれで遅刻じゃ」
副部長の菜々美が私をピシャリと叱りつける。
正論だ。恥ずかしくて顔が上げられない。でも誤解を解きたくたって、今はどんな言い訳もできない。
ダンス部は私が唯一輝ける聖域のはずなのに、何でこんな事になっちゃったんだろう。
「まーまー、みんな落ちついて。りりあはいっつも私たちを助けてくれるんだから、一度くらいイイじゃん。もう責めるのやめようよ」
ピリピリした場の雰囲気を変えたのは、紗英の柔らかい声だった。輪の中心に立ってみんなを宥めながら、穏やかに優雅に微笑む。
まるで『完璧なりりあ』――ちょっと前の私みたい。
このままじゃ、奪われてしまう。
守り続けた理想の仮面がパラパラと剥がれ落ちていく音が、聞こえる気がした。
授業のある日は放課後が待ち遠しくてたまらない私にとって、ダンス三昧の1日は幸せな時間のはずだった。
でも、今日はちっとも胸が弾まない。不安と焦りでただ手足を動かすだけの、入りこめてないダンスしかできない私。
打って変わって、伸びやかで生き生きとした踊りを見せる紗英。ダイナミックなターンと感情をのせた腕のしなりに、コーチと顧問の熱い視線が注がれている。
「あそこで”もがき”を表すのいいね! 私ぜったいに”解放感”だと思ってたから」
水分補給タイム。菜々美が感心したように紗英に話しかけるのを、隣で静かに聞いていた。
たしかに、紗英の表現には秀でたものを感じる。同じ振りでも感情の乗せ方が変えれば魅せ方が変わる、それが私たち揚斗高校のダンスだ。
「私もね、そこは解釈が難しいなぁって思って迷ってたんだ。けど、昨日コーチにラインしたら、好きに踊ってイイって言うから」
「え? Masaコーチと……個人的にやりとりしてるの?」
思わず驚いて話に加わると、紗英はあっけらかんとした表情で続ける。
「うん、ライン繋がってるでしょ? 思い切って何度か相談したんだけど、めっちゃ丁寧に返信くれるよ」
「それって……いいの?」
「忙しい人だからどうかなって心配したけど、いつでも気にしなくて大丈夫、だって!」
私の質問の意図とは完全にズレた返しをしてくる紗英に、不快感を隠しきれない。
だってコーチは、今回のオーディションの審査員の一人。そんな彼にオーディションで私的なアドバイスを求めるのは、ズルいし卑怯だじゃないかって感じた。ゴマすりも甚だしいし、ワタシ頑張ってます! のアピールもウザい。
でも天然な紗英にはいまいちピンと来てないようで、変わらずのほほんとしてる。菜々美も特に気に留めていない様子だったから、価値観の違いと割り切って、私は苛立ちを腹の底に押しこめて笑顔でその場をやり過ごす。
「紗英、ちょっと来て」
少ししてまた、コーチに呼ばれた。笑顔でそれに応える彼女。会話が弾んでる? 次はどんな助言をもらうつもりなの?
部長でもないくせに、まだまだ下手なくせに、技術も足りないくせに、始めて2年の素人のくせに。羨ましくて妬ましくて仕方ない。
でも――。
この前私が教えたばかりのジャンプ技も、不格好ながらどうにか開脚で飛べてた。練習したんだね、私が他人の課題に追われている間に。
ああ、教えてなんかやらなきゃ良かった。やっぱあいつを潰さない限り、私はど真ん中に立てない。
*
「いい天気っすね。このままどっか遊びに行きたくありません?」
昼休憩。人目を盗んで北校舎の空き教室に向かい、命令通りに神宮寺と落ち合った。
窓からの景色を悠々と眺めながら、彼は私が買ってきたエナジードリンクを一気に飲み干す。
上機嫌で鼻歌混じりのこいつとは違って、もちろん私は不満たらたら。神宮寺が何を話しかけてきても目も合わさずに「へー」と「そう」で返して、不機嫌を前面に押し出してやる。
だってもうこいつの前で、優しくて親切なりりあはいらない。
壁掛け時計を見上げると、午後の部活まで残り20分になっていた。食欲はなかったけど、とりあえずお弁当を広げる。
机も椅子もないから埃っぽい床に猫座りすると、ずうずうしくも神宮寺が隣に腰を下ろしてきた。
「おぉ~旨そう~。カツサンド?」
ブルーのランチボックスを覗きこんで、物欲しそうな声を出す。
「これって、りりあ先輩の手作りっすか?」
「違う、ママに決まってるでしょ」
「星型の人参にハート型の卵焼きまで入ってる。すげ~! 愛されてるんすね~」
「やめてよ恥ずかしい、お弁当ごときで大袈裟すぎ。作るのなんて当たり前じゃん、親なんだから」
「そうっすか? 俺はないっすよ、一度も」
神宮寺の声の温度が下がった。
そう言えばこいつのお昼ご飯は、私が渡したエナドリとコンビニおにぎりとパンだった。そういう日もあるって普通にスルーしてたけど……。
「なんか、羨ましいです」
そう呟いた神宮寺の瞳が仄暗く揺らいだように感じて、私は触れてはいけない感情を覗き見した気になった。
かまってちゃん? 淋しがり? だから私にまどろっこしく絡むの?
どっちにしたってウザいだけ。こんなヤツどうだっていいのに。
「あげる。これ全部、食べていいよ」
私がサンドイッチを差し出すと、神宮寺は一瞬だけ目を輝かせたんだけど、「いやいや、ダメですよ!」とかなんとか自戒するように大きく両手を横に振った。いつものふてぶてしい態度はなく、可愛い気のある後輩の顔になる。
「俺が食ったらマズいっしょ。せっかくお母さんが作ってくれたのに」
「どのみち捨てようと思ってたの。『カツ』って、ゲン担ぎなんだって。オーディションで『勝つ』の」
「ああ、なるっ」
「重すぎんのよ。胃もたれと胸焼けしそう」
勢いのままそう吐き捨てると、神宮寺は気まずそうに口をつぐんでポリポリとこめかみを引っ掻いた。そしてちょっと悩んでから、長い指で私からお弁当箱を受けとる。
「すいません。じゃっ、いただきます」
「どーぞ」
私の代わりにカツサンドを頬張る神宮寺を見ながら、何やってんだろうって自分自身に呆れた。
こいつの弱そうな部分を垣間見たり、自分が溜めこんでいた愚痴をこぼしたり。
私たちはこれまでも、今も、これからだって、慰め合うような仲なんかじゃないのに。
「あの……りりあ先輩。キレイだから……写真、撮ってもイイっすか?」
もう半分も食べちゃってて、映えも何もない気がするけど。
「ずっと好き勝手命令してるくせに、今さら許可いる? お好きにどーぞ」
わざとバカにしたように苦笑うと、神宮寺は勢いよく私を胸に抱き寄せた。
揺れた視界のはじで彼の黒い髪がツンと跳ねる。思いがけずくっついた頬と頬から、真夏のようなじんわりとした熱が伝わってきた。
カシャッ。
ツーショットを自撮りされたんだと気付いたのは、スマホのシャッター音を聞き終わった後だった。
嘘でしょ⁉ きっとがっつりカメラ目線だ。私は神宮寺を思いっきり突き飛ばす。
「いきなり何すんのよ! キモッ‼」
「ちゃんと聞きましたけど?」
「だって、あれはそういうんじゃなくて……!」
一緒に写真を撮るなんてあり得ない! 分かってたらOKなんてしなかった。
――ああ、でも同じか。どうせスマホの動画をまたチラつかせられたら、私はこいつに従うしかない。
「……」
下唇をキュッと噛みながら、広げっぱなしだったランチマットを乱暴にまとめる。
「もう体育室に戻るから。あんたは遅れてきてよ」
「何でですか?」
「分かるでしょ? あんたみたいなチャラい奴と、これ以上何かあるってみんなに勘繰られたくないの。私のレベルを下げないで‼」
「はい、はい。分かりました……」
神宮寺の返事を最後まで待たずに、私は教室を飛び出した。
あいつの要求が奇想天外で油断できない。次は何をされるの? いつまであいつに振り回されなきゃいけないんだろう。どうにかしなきゃ、どうにか…………。
*
午後練のために体育室に戻ったのは、1時を10分も過ぎてからだった。ヤバい、初めての遅刻。
幸いなことにコーチも顧問もいないけど、3年部員はすでに輪になってミーティングを始めてる。私は一息ついてから中心に駆け寄る。
「遅れてゴメン」
振り返った副部長の菜々美が、無言で微妙な笑顔を返してきた。
ん……空気がちょっと変だ。
そう感じた直後、ミラーの前でスマホを手にしていたメンバーの数人が嫌味たっぷりに言葉を並べる。
「りりあでも、恋に浮かれたりするんだね~」
「部長なのにイイの? 部内恋愛、反対派じゃなかった?」
「そんな暇があるならもっと練習すればいいのに~、ってね」
ああこれ、昨日帰りがけにやり合っちゃった3人か。
「遅刻は……ちょっとワケあって。でもそんなふうに言われる覚えはないよ。私はいつだってダンス1本だけど」
部長らしく毅然と言い放つと、菜々美がおずおずと自分のスマホを差し出す。
「ストーリーに上がってたよ」
「え?」
私は菜々美からスマホを借りて、恐る恐る画面を見る。
インスタのストーリーズに貼りつけられていたのは、私と神宮寺の自撮り画像。この世で1枚しかないはずだから、さっき強引に撮られたやつに間違いない。
ダッサいラブソングに、わざわざ【手作り弁当うまかった!】なんてキャプションまで添えて。私にとって羞恥の塊がぞんざいに晒されている。
マジか。あいつ、いつの間にこんなもの……‼
「神宮寺くんってたしかにカッコいいよね。部内恋愛いいと思うよ? りりあの自由だし禁止してないし。でもさ、ケジメはつけてよ。下にも示しつかないじゃん。昨日あんなデカいこと言っといて、部長がこれで遅刻じゃ」
副部長の菜々美が私をピシャリと叱りつける。
正論だ。恥ずかしくて顔が上げられない。でも誤解を解きたくたって、今はどんな言い訳もできない。
ダンス部は私が唯一輝ける聖域のはずなのに、何でこんな事になっちゃったんだろう。
「まーまー、みんな落ちついて。りりあはいっつも私たちを助けてくれるんだから、一度くらいイイじゃん。もう責めるのやめようよ」
ピリピリした場の雰囲気を変えたのは、紗英の柔らかい声だった。輪の中心に立ってみんなを宥めながら、穏やかに優雅に微笑む。
まるで『完璧なりりあ』――ちょっと前の私みたい。
このままじゃ、奪われてしまう。
守り続けた理想の仮面がパラパラと剥がれ落ちていく音が、聞こえる気がした。



