雨が降っていた。かなり強い雨だ。神山に断りを伝えに行く日は、涙雨どころか、号泣雨のような様相を呈していた。更に、風が強く、雨傘で守れるのは上半身だけだった。最寄り駅に着いた時には、革靴とズボンの膝から下は完全に色が変わっていた。ハンドタオルでゴシゴシ拭いたが、焼け石に水だった。

 待ち合わせの六本木駅に現れた夢丘は、わたしと違って、しっかり対策をしていた。透明のレインコートと雨用ブーツ姿で笑みを(たた)えていた。
 それでも、歩き出すと、笑みは消えた。横顔が曇っているように見えた。それはそうだ、開きかけた最高の未来を自らの手で閉ざしに行くのだ。暗くならないわけがない。

        *

 神山不動産本社ビルに付くと、夢丘はレインコートを脱ぎ、専用の袋に仕舞って、トートバッグの中に入れた。そして、トイレに行って、髪の乱れなどを直して、戻ってきた。
 エレベーターの前で待っていたわたしは、無言で頷き、夢丘を先に乗せた。行き先階のボタンを押すと、神山に会った日のことが思い出された。『天空の美容室』と彼が命名した日のことだ。あの時は夢見心地で下りのエレベーターに乗ったが、今日はまるでお通夜に行くような気分で、通過する階の表示を見つめていた。夢丘も同じ気持ちなのだろうなと思うと、更に心が重くなった。