予想通り、早桐社長の反応は厳しかった。

「逃げるのか!」

 社長長専用応接室で退職願を渡した途端、怒声が飛んできた。

「恩知らずが!」

 鋭い目で睨まれた。その強い視線に一瞬、怯んだが、必死になって視線を社長にとどめた。

「今までご指導いただき、本当にありがとうございました」

 礼を失しないように丁寧に声を出した。しかし、社長は口を真一文字に結んで、わたしを睨みつけた。その瞬間、場が凍ったように感じた。体が固まってしまった。それでも耐えるしかなかった。退職するのはわたしの我儘(わがまま)でしかないからだ。どんな理由をつけても、恩を仇で返すことに違いないのだ。それでも、次の一歩を踏み出さなければならない。ここにとどまるわけにはいかない。

「本当にお世話になりました」

 思い切り頭を下げたが、どやしつけるかのように恐ろしい声が降りかかってきた。

「二度と俺の前に(つら)を見せるな!」

 怒気が強まっていた。驚いて顔を上げると、席を立って物凄い形相で睨んでいた。

「クソが!」

 吐き捨てて、部屋から出た途端、これでもかというほどの音を立ててドアを閉めた。

 完全に喧嘩別れになってしまった。後悔したが、もうどうしようもなかった。仕方なく社長の残像に頭を下げて、応接室をあとにした。