神山不動産の本社を出て、風に当たりながら20分ほど歩き、カジュアルそうなイタリアンレストランに入った。店は満席状態のようだったが、奥の隅のテーブルが空いていたので、そこで食事をしながら先程の話を検討することになった。
ロゼのグラス・シャンパンと本日のおすすめパスタ・ジェノベーゼを注文して、食べ終わった後、神山が書いたメモをテーブルに置いた。
2人で何度も確認したが、これ以上魅力的な提案はないように思われた。面貸しの解約金や開業にかかる資金は全額、神山不動産が負担してくれるし、女性ミュージシャンの縛りはあるが、それ以外は自由にできる。店名も唯一無二であり、なにより、日本一高いビルの最上階という特別なイメージが際立っている。
ただ一つ、オーナーではないということが引っかかるが、責任者として采配を振るえることを約束してくれているので、そこまで拘らなくてもいいように思われる。
そんなことを話し合っていると、夢丘の気持ちがどんどん前向きになっていくのを感じることができた。確かに、夢みたいな話なのだ。断る理由は何もない。
ただ、問題がないわけではなかった。というより、大きな問題が立ちはだかっていた。スタッフの採用だ。面貸しの場合は1人でできるが、10室となるとそうはいかない。満席になる場合を考えると、スタイリスト10名、アシスタント5名は必要だろう。しかも、一流の技術を持った人を採用しなければならない。超高級美容室を目指すのだから、極上の満足感を与えなければならないからだ。ちょっとでも不満を感じさせると、イメージは一気に落ちていく。それは許されない。
「これから開業までに15人を集めるのは無理だと思います」
さっきまでの前向きな気持ちはどこかに飛んでいた。
「そうだね~。それも、一流の人を集めるとなると……」
ため息をついたあとは、声が出なくなった。メモ用紙を見つめながら、時間だけが通り過ぎていくのを甘受するしかなかった。



