「いらっしゃいませ。おはようございます」

 10時ちょっと前に店に入ると、明るい声が迎えてくれた。受付の人だけでなく、施術をしている人の声も混じっていた。それがとても自然だったので、ちょっと気持ちがほっこりした。

 カウンターの前に立つと、口を開く前に名前を言われた。視線を下に落とすことなく目を真っすぐ見て言ったので、予約表を確認したわけではなかった。もちろん、朝礼で今日の来店客の名前を確認しているだろうから頭に入っていたのだとは思うが、それにしても自然で素晴らしかった。やっぱりここで良かった。選択が間違いでなかったことに安堵した。

 ほとんど待つこともなく、席に案内された。雑誌はどれがいいか訊かれたので、男性誌と答えると、「(かしこ)まりました」という返事がきびきびと返ってきた。

 少しして戻ってきた彼女は、雑誌を鏡の横に置くと、すぐにネックペーパーを巻いて、ケープで体を覆った。そして、「少々お待ちください」と言って、離れていった。わたしは雑誌を手に取ってパラパラとめくり始めたが、ほどなくして店長が席にやって来た。

「お待ちしておりました」

 鏡の中で白い歯が(さわ)やかに笑っていた。

「カットはいかがいたしましょう?」

 わたしは躊躇わずに考えていたことを伝えた。

「この顔に合った髪型にしてください」

 今までは行きつけの理容室で伸びた分だけ切ってもらっていたが、今日は人生を変える日なので、すべて任せることに決めていたのだ。
 すると、店長はちょっと驚いたように目を見開いた。確かに、いきなりそんなことを言われても、すぐには対応できないだろう。だから、理由を言った方がイメージが湧くかもしれないと思って、若白髪とネコ毛と広いおでこに劣等感を持っていることを伝えた上で、転職するので思い切って髪型を変えたいと伝えた。そして、「好きなように切っていただいて結構です」とも付け加えた。

「承知いたしました」

 淀みのない声が戻ってきた。顔が引き締まったように見えた。戸惑いの表情は消えていた。わたしは頷いて、目を瞑った。