「どうしたらいいんでしょう」

 寝不足だろうか、生気のない表情で夢丘から見つめられた。どんなに考えても〈自分の売り〉が見つからないというのだ。技術と接客には自信があるが、それが抜きんでているかどうかを判断することは難しいという。

 それはそうだろう。美容室の数はコンビニよりも5倍ほど多いと言われていて、美容師の数は東京都だけでも8万人ほどもいるのだ。自分の立ち位置を知るのは簡単ではない。いや、難しい。
 でも、そんなことを指摘しても、なんの解決にもならない。落ち込ませるだけだ。といって、何かアイディアがあるわけではない。アドバイスができるほど業界のことを知っているわけもなく、彼女を救う手立ては何も持っていないのだ。ただじっと傍にいてあげることしかできない。

「やっぱり無理かな……」

 黙って見つめていると、切なそうな声が漏れた。明らかに落ち込んでいた。

「いや、そんなことはない」

 とっさに口をついた。これ以上、放っておけなかったからだが、次の言葉があるわけではなかった。

「でも、」

 すこしでも慰めになればと思ったが、表情は変わらなかった。左手を口に置いて、目を伏せた表情からは、生気が感じられなかった。
 いたたまれずカップを手に取ったが、コーヒーは完全に冷めていた。一口すすると、苦味だけが胃に落ちていった。自分たちの他に客がいない喫茶店は沈鬱に包まれ、クラシックの調べがそれを増長していた。

「ごめんなさい」

 顔を上げた目には涙が溜まっていた。瞬きをしたら零れ落ちそうだった。

「とにかく、」

 何かを言わなければと思って頭に浮かんだ言葉を口に出したが、意外にもそれが次の言葉を運んできた。

「誰かに相談してみようよ」

 2人で考えても(らち)が明かないのだから、別の角度から見てくれる人の意見を聞いた方がいいのではないかと話を継いだ。

「でも、誰に?」

「それは……、う~ん」

 唸った時、突然、男の顔が浮かんできた。神山だった。ベンチャー企業を数多く見ている彼なら何らかのアドバイスをしてくれるのではないかと思った。それを告げると、彼女の表情から暗い影が消えた。わたしは彼にコンタクトを取ることを約束して、彼女と別れた。