私の売り……、
 差別化……、

 夢丘は考え続けていたが、何一つ、これはというものは浮かんでこなかった。もちろん、やりたいことはわかっている。『お客様に輝きを与えることができる美容室』を作ることだ。髪だけでなく、全身を素敵にしてあげて、トータルの美を提供できる美容室を作り上げるのだ。だから、ヘアデザインだけの美容室は考えていなかった。エステもネイルもメイクも着付けもできる総合美容室を目指していた。そのために講習を受けて、管理美容師の資格を取得した。衛生管理の責任者として店のマネジメントをする準備はできているのだ。 
 しかし、グランドデザインは描けていても、自分のことを棚卸しするということはまったく考えたことがなかった。他の美容師と違う『自分だけの売り』という観点で考えたことなど一度もなかった。差別化という言葉は頭の中にまったく存在していなかった。必死になって練習をして技術を向上させれば、それだけでお客様が付いてきてくれると思っていた。
 だけど、それだけでは〈差別化=自分だけの売り〉にはならない。そのことに気づかされた。優れた美容師は山ほどいるのだ。特別な何かがない限り差別化を打ち出すことはできない。ましてや、経験が数年しかなく、トップデザイナーでもないのだ。明確なアピールポイントが必要だった。でも、そんなものは何もなかった。
 それでも、自分の店を持ちたいという想いを止めることはできなかった。一旦火が付いたハートの炎を静めることはできなかった。

 夢丘は秋田の方を向いて、手を合わせて、頭を下げた。祖母に救いを求めた。導きを求めた。何らかの答えが返ってくることを信じて、ひたすら待ち続けた。しかし、いつまで経っても優しい声は聞こえてこなかった。夢の中にも現れてはくれなかった。