神山はMBA取得後、神山VCの副社長に就任し、神山不動産の取締役にも名を連ねた。
就任直後、神山不動産本社の社長室で図面を広げた神山は、父である社長と、兄である副社長に六本木のランドマークになる日本一の高層ビルの最上階について提案をぶつけた。
「最上階にはライヴレストランを誘致したらどうでしょうか」
「ライヴレストラン?」
社長と副社長が同時に怪訝そうな声を出した。
「そうです。日本一の高層ビルの最上階で極上の音楽と料理を楽しめるレストランです。いけると思いませんか?」
すると、社長と副社長が互いの反応を確かめるかのように目を合わせたので、「名前も決めています。天空のライヴレストラン『極上』です」と告げた。そして、ステージを見下ろすようにテーブルを配置し、昼は東京を一望できるレストランとして、夜は東京の夜景を楽しみながら音楽と食事を楽しめるライヴレストランとして、極上の時間を提供するというコンセプトを付け加えた。更に、テーブルや椅子などの調度品だけでなく、天井も壁も床もすべて木製にするという野心的な試みを提示した。
「経営大学院時代の友人に西園寺建設の御曹司がいます。彼は日本美研究所を立ち上げて、高層ビルの中に和を融合する研究を進めています。彼と組めば今までにない斬新な最上階が創れます」
神山が胸を張った。
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夢丘愛乃は六本木の美容室でヘアメイクをしてもらっていた。それは他店の魅力を探り続けるためのもので、当初1ヵ月に一度のペースだったのが、最近は毎週になっていた。
今日もまたヒントを一つ掴んだ。どうすれば魅力ある美容室を作れるのか、その答えがかなり見えてきたように感じていた。
満足して店を出て通りを歩いていると、建設中の高層ビルが目に入った。しかし、その高さが尋常ではなかった。のけ反るようにして見ないと上層部分が見えないのだ。そのあまりの高さに驚くしかなかったが、首が痛くなってきたので視線を地上に戻した。すると、大きな看板が目に入った。
『(仮称)神山御殿ビル未来館』
未来館なんて、面白い名前。博覧会のパビリオンみたい。
夢丘は、ふっ、と笑って、もう一度見上げた。
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社長と副社長から同意を得た神山は西園寺建設の日本美研究所を訪れた。天空のライヴレストラン極上の打ち合わせのためだ。
事前に用件を伝えていたので、席に着くなり西園寺はテーブルに使う木材について提案を口にした。
「これがいいと思います」
指差したのは目の前のテーブルだった。無垢材だという。一枚板の天然木で、樹齢を重ねた古木は使い込むほどに独特の風合いが出るという。
「年を経るごとに魅力が増していくのです」
「なるほどね。使えば使うほど日本美に満ちた極上のテーブルになっていくわけだね」
「はい。その通りです」
自信に満ちた口調に神山は頷いた。多少値が張るかもしれないが、日本美を追求するための投資を惜しむつもりはなかった。
「それでいこう」
即決すると、そのテーブルに合う椅子のデザインを日本美研究所の専属デザイナーに依頼することも決めた。
次に、テーブルや椅子に調和するステージや床、壁などの内装に使う木材の検討に入った。話し合いの結果、コンサートホールや音響スタジオ建設で豊富な経験を持つ設計事務所に依頼することにした。
「あとは音響機器ですね」
「うん、そうだね」
これは既に準備ができていた。ウッドコーン・スピーカーだ。音の伝わりが速いことに加えて、余分な振動を適度に吸収する理想的な振動板である〈カバの木〉を使った独特な製品で、天空のライヴレストランに打ってつけのスピーカーだと神山は確信していた。
「いいだろ。コンサートホール用の特注スピーカーが開発されて来月から予約受注が始まるんだけど、もう発注することを決めていて、既に相手に伝えてあるんだ。うち以外にはまだ引き合いがないようだから、うまくいけばライヴ会場に設置される世界初のウッドコーン・スピーカーになるかもしれない」
パンフレットを広げて、胸を張った。
「世界のどこにもない、オンリーワンのライヴレストランになりますね」
西園寺が目を輝かせると、
「ああ、独創性と革新性を追い求めてきたからね」
神山は成功への確信を深めて頷いた。



