「面接、どうでした?」
その夜、カジュアルレストランで向き合った夢丘愛乃がわたしの目を覗き込むようにした。
「うん、ちょっとね、言い過ぎたかもしれない」
詳しいやり取りを話して、「生意気なことを!」と社長に言われてしまったことを伝えた。すると彼女は何かを一生懸命考えるような様子になったが、「生意気なことというのは鋭いことということと同じなのではないかしら」と躊躇いがちに言った。
そう言ってくれるのは嬉しかったが、それはすとんと落ちてこなかった。苦々しい表情で捨て台詞を放った早桐社長の姿が脳裏に焼きついて離れなかったからだ。そのせいで、楽しみにしていた彼女との食事を台無しにしてしまっていた。なんとかリカバリーしようとして明るい話題を捜したが、そんなものはどこにもなかった。落ち込んだ気分を立て直す術は何もなかった。
*
落ち込んだまま3日が過ぎた。その間、眠りは浅く、食欲もなかった。〈失敗した〉という思いが強くなっていた。面接をされる立場なのに、意見を言うという失態を犯した自分を責めていた。もっと殊勝にするべきだった。面接の場面を思い出しては、後悔が募った。でも、今となっては後の祭りだった。
あ~、
また、ため息が出た。これで何度目だろうか? 数えきれないほど吐いたように思うが、これが最後になるわけがない。そう思うと、また、ため息が出た。
*
その夜、シャワーを浴びて、カップ焼きそばを食べて、ボーっとテレビを見ていた。何をする気も起らなかった。本を読むことも、音楽を聴くことも、DVDで映画を観る気も起きず、テレビにお守りされるしかなかった。バカバカしいお笑い番組が続いたが、チャンネルを変える気さえ起らなかった。
CMになった。育毛剤の宣伝だった。薄毛が見事に改善していた。そんなことがあるはずは……、と思っていたら、スマホが鳴った。
表示を見た瞬間、緊張で固まった。
声を聞いた途端、緊張は極度に達した。
「生意気さんは、元気かね?」
早桐社長だった。
「言いたいことを言ってくれたね、ズケズケと」
スマホの向こうで笑い声が聞こえた。意味がわからなかった。それでも、とにかく謝りたかった。いまさら謝ったところでどうなるものでもないが、謝ることしか頭に浮かばなかった。
「面接では大変失礼いたしました。生意気なことを申し上げてしまって、ご気分を害されたのではないかと」
そこで喉が詰まったようになった。何か言わなければならないのに、声が続かなかった。スマホを持ったまま固まってしまった。
すると、〈んん〉というくぐもった声のあと、厳しい口調が耳に届いた。
「ああ、本当に失礼されたよ。採用面接で説教されるとは思わなかった。正直言ってムカついた」
またも体が固まった。金縛りにあったように、目も手も唇も動かなくなった。どうしていいかわからなくなった。
「どうした?」
返事がないのを不審に思ったのか、少し柔らかい声になった。
「いえ」
なんとか声を絞り出した。すると、金縛りが少し解けたようになった。
「申し訳ございませんでした」
でも、それでは十分ではないと思い、「本当に申し訳ございませんでした」と頭を下げた。その動作が見えるはずはないのだが、そうしないわけにはいかなかった。それでどうこうなるわけではないが、とにかく謝ることしか考えられなかった。 ところが、どうしてか、穏やかな声が返ってきた。
「謝らなくてもいい」
「えっ?」
意味がわからなかった。「ムカついた」という厳しい口調のあとにそんなことを言われても、理解できるわけはなかった。口が開いたまま、また固まってしまった。
すると、突然、笑い声が聞こえた。鼓膜が破れるかと思うほどの笑い声だった。
「受けて立とうじゃないか。本気でかかってこい!」
「えっ⁉」
何か言わなくてはと思ったが、しかし、そこで突然、電話が切れた。
わたしは呆然としたままその場に立ち尽くした。
スマホを耳に当てたまま、しばらく動けなかった。



