========== この物語はあくまでもフィクションです =========
 ============== 主な登場人物 ================
 戸部(神代)チエ・・・京都府警警視。東山署勤務だが、京都市各所に出没する。戸部は亡き母の旧姓、詰まり、通称。
 神代宗佑警視正・・・京都府警東山署署長。チエの父。
 茂原太助・・・東山署生活安全課警部補。
 小雪(嵐山小雪)・・・チエの小学校同級生。舞妓を経て、芸者をしている。
 島代子・・・芸者ネットワーク代表。
 中町巡査・・・茂原の交代要員だったが、そのまま勤務している巡査。
 奥山玄馬・・・鑑識課長。
 弓矢哲夫・・・京都府警4課刑事。警部。ひげ面で有名。
 大前田弘警視正・・・京都府警警視正。大きな事件では本部長を勤める。
 白鳥純一郎・・・チエの許嫁。京都府警勤務の巡査。実は、大前田警視正の息子。母の旧姓を名乗っている。


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 ※鴨川の納涼床は、歴史も古く、桃山時代に始まると伝えられています。鴨川西岸、二条から五条の間の料亭・旅館など約100店余りが、河原に「床」を組んで営業。

 午前9時半。東山署。会議室。
 電話を終えた署長は皆に言った。
 「鴨川納涼床で遺体発見。外国人や。アメリカ人らしい。チエ。府警から応援要請や。現場は、二条大橋の近くの『川端や』さんや。例の『腐れガイドブック』を持ってる。茂原、中町を連れて行け。」
 言うが早いか、チエは駈け出していた。
 チエは、「デジャブ」を感じた。
 二条大橋の近くの『川端や』事件は、もう先月に終っているのだ。
 遺体で発見されたアメリカ人、トーマス・ウイルソン氏はガイドブックを元に納涼床に侵入、事故で亡くなったのだ。
 午前10時半。『川端や』
 主人は、しょんぼりしていた。確かに被害者はアメリカ人だった。
 だが、先に到着した機動隊と共に調べていた鑑識課長がチエに言った。
 「警視。明らかに殺人です。揉み合った形跡がある。店が閉まった後、被害者と被疑者が侵入、揉み合いになった後凶器を捨てて逃走した。」
 「奥山さん、凶器は?」
 「警視、それ、見えます?」「視力は2.0や。あ。仰山、刃物の箱が・・・。」
 「納涼床は、ゴミ捨て場ちゃうのに。」楠田が思わず呟いた。
 「ばらさん、ダイバー要請して。ご主人、昨日の客でアメリカ人は?」
 「殆ど、日本人の、毎年来られるお馴染みさんばっかりで。そや。小雪ちゃんのお客さんで、ご一行を案内してはったんです。」
 「殆ど?」「殆ど?」
 「那珂国人のお客さんで、小雪ちゃんらが帰った後来たお客さんで、『旅の恥はかきすて』かも知れんけど、ゴミ捨てて。それも、お断りしてる『持ち込み』の食べ物で。途中でしたけど、精算して帰って貰いました。予約の時に注意してたのに。それで、掃除して、安心してたら、朝、こんなことに。」
 「ご主人、悪いけど、今日の営業は・・・。」
 「はい。予約のお客さんは午前だけで、振替して貰いました。午後から雨予報やから、屋内の営業だけですけど・・・やっぱり振替て貰いますわ。」
 「お願いします。応援と違ったんかいな。」
 「お嬢。ダイバーは午後から作業に入ります。それから、市内の刃物屋ですが、六角署に盗難届が出ています。夜中に強盗に入られています。」と、茂原が言って来た。
 「店は?」「飛来屋刃物店です。寺町六角の。そこの強盗犯が来たんですかね?」
 「さ、どうかな?暴れん坊小町、心強いな。白鳥が羨ましいな。」と、ひげ面の弓矢は笑った。
 「弓矢さん、あんた、マルボウ担当ちゃうん?」
 「イジメか?警視殿。夕べ、そのマルボウの取引がある、ってタレコミ来ててね、で、二条署引き揚げさせた。六角署からも資料は送らせてある。」
 「ほな、さいなら。ばらさん、楠田、後は任せよう。後は『ひげのオッチャン』が解決するやろ。」
 「つれないなあ。白鳥、未来のダーリンから何か言って。」
 遅れて入って来た白鳥が言った。
 「父さんの、本部長の命令。二条大橋の向こうのマンション。『送り火』がよく見える、ということで、那珂国人が、日本人の反社の組織を通じて数件買ったのが先月、先々月。この事件に関与しているかも知れないから、四課が『噛む』ことになった。取引は、二条筋者会と那珂国マフィア系のアメリカのマフイア。チエちゃんが必須だよね。」
 白鳥の言葉に、チエは思わず「ダーリンのいけずぅ。」と言い、「ダーリンのいけずぅ。」と、弓矢が真似したので、チエは、向こうずねを蹴った。
 「たた。」
 茂原と楠田と白鳥が笑いを堪えた。
 午後2時。
 会議室替わりに借りた、客室に、鑑識課長の奥山が報告に来た。
 飛来屋刃物店のナイフからは、血痕や指紋は検出出来なかったが、一緒に出てきた登山ナイフからは血痕も指紋も検出出来た。刃物の箱は揉み合っている内に川に落ちた。
 襲われたアメリカ人は、咄嗟に和紙に登山ナイフに包んで川に捨てたのだ。
 雨が降り出した。小雨である。
 午後3時。
 チエに、芸者ネットワークにいる小雪から電話があった。
 「チエちゃん、何か、私らが帰った後で事件があったみたいで。ごめんやで。今、ねえさんと替わるし。」
 電話は、代子に替わった。
 「チエちゃん、はばかりさん。どこでも『いちびり』は、いるもんやな。反社の取引は、午後5時半。二条公園。おきばりやす。」
 チエは、警察官達を付近に待避させ、二条公園石碑に佇む、反社の幹部とアメリカ人数人に近づいた。
 "Would you like to hear an explanation of the stone monument?"  (石碑の説明を聞きたいですか?)
 ぎょっとした、日米の反社10人を、チエは『素手』で倒した。
 雨が本降りになったこともチエに味方した。
 男達や、男達から離れていた部下達は、武器を取り出す暇もなく逮捕された。
 逮捕連行されて行く者達を見送った弓矢が、チエに手を出した。
 握手の要求をしたのだ。
 「ウチは、ダーリン以外の男と握手はせえへん。」とチエは言った。本当は、ダーリンと父親以外なのだが、それは言わなかった。
 午後6時。東山署。取り調べ室外。
 大きな声が聞こえるので、離れた場所の運転免許更新受付の市民がビビった。
 日本人の取り調べは府警に任せ、チエはアメリカ人のみを取り調べした。
 その、1時間半に及ぶ取り調べは、やっと終った。
 茂原と中町は慌てて取り調べ室にオムツを持って入った。
 「携帯自動翻訳機だけで足りへんから、こんなんも使ってみた。」
 副署長が、「あ、その為やったん?お嬢。」と驚いた。
 チエが持っているのは、アメリカスラング辞典だった。
 「チエちゃんは、勉強熱心だから。」と言いながら、白鳥は楠田と副署長とチエに缶コーヒーを渡した。
 「まあ、手加減しといたけどな。」と、チエは涼しい声で言った。
 ―完―