*

「おい律、おまえバ先のさ、大学生のお姉さんとはどこまで、何がどうなって、こう……どうなんだよ」
「ヒミツ~」
「何がヒミツだよ教えてください!! なぁ圭ちゃん! 圭ちゃんもそう思うだろ!」
 圭一郎は、「デケェな~声が~!」と笑いながら、スマホに届いた朔弥からの返信を読んだ。
『先輩のおかげで、すご~くよくできました!』
 かわいい。文面からすでに、かわいさがあふれ出してくるみたいだ。
「あ~~かわいい」
 思わず声に出してしまい、しまった、と思う。時すでに遅し。大声でじゃれ合っていた三人の親友たちが、一斉に圭一郎を見た。
「……圭ちゃん」
「圭ちゃんこそどうなんだよ、かわいい後輩の三浦くんと……」
「毎日一緒に登下校ってさ、おまえそれ、そろそろつき合っててもおかしくないだろ」
 圭一郎は、「うるさい、人それぞれペースってものがあるんだよ」と三人をあしらった。
 圭一郎だってそろそろ、朔弥と進展したいと思っている。つき合いたいし、尽くしてあげたいし、今以上に大事にして、恋人同士でしかできないような思い出を作りたい。
 だから、告白の時だってロマンチックな演出をしたいと思うのだ。いや、オッケーをもらえるかどうかはわからないけれど。先輩のことは先輩としか思ってません、なんて言われる可能性だって、そりゃゼロじゃないけれど……。
「圭ちゃん、パッと見ちょいチャラのイケメンのくせに、奥手でピュアだな」
「うるせ~。奥手でピュアって褒め言葉だな、遊び人よりずっと」
 そりゃそうだ、とみんなで笑う。一途で純なほうが、やっぱりカッコイイと思うし。
「三浦くんと、どっか行かないの? 旅行とか」
「いきなり旅行なんか誘えるか。……行きたいところがあるなら、どこでも連れて行ってあげたいと思うけど」
「やさし~。圭ちゃんって、少女マンガの彼氏みたいだ。三浦くんは幸せだな。おれたちが太鼓判押すよ、圭ちゃんは理想の彼氏だって」
 だから自信持て、という励ましを言外に感じて、圭一郎は笑った。友だちっていうのは、本当にありがたい。
「つか、もう夏休みモードだけど。まだテスト残ってるぞ」
「それだよな。おれガチで追試かもしれん。おれを置いて行かないでくれよ、バンコクに」
 一年生は初日三科目だけだったようだが、二年生はあと一教科残っている。今日は先に帰ってて、と朔弥にメッセージを送ったけれど、図書室で勉強しながら待ってます、という返信があって、嬉しかった。
 待っててくれるんだ、おれのこと。圭一郎は朔弥のことがかわいくて仕方なくて、ずっと朔弥のことを考えてしまう。でもテストには集中して、できる限りの点をとらなければならない。朔弥が、先輩って勉強できるんですね、カッコイイ、と言ってくれたので。そりゃあ成績が悪いカレシよりも、成績のいいカレシのほうが、あの子もいいだろうし……。
 いや、告白もする前から何を考えているんだ、おれは。
 でも、考えてしまうのだ。三浦くん、じゃなくて、朔弥、と呼ぶ日のことを。もし恋人同士になれたら、あの子はおれをなんて呼んでくれるだろう。
 ……圭ちゃん、もいいな、と思うんだけど。だめだ、妄想でデレデレしてるの、我ながらかなりキモい……。
 すべてのテストが終わってから、図書室まで朔弥を迎えに行った。朔弥は本を読むのが好きで、入学間もない頃から図書室は馴染のある場所なのだろう。初めて圭一郎を見つけてくれたのも、図書室の窓からだった。
 教科書とノートとタブレットを机に広げて、明日のためのテスト勉強を真剣にしている横顔。かわいいな、と思う。顔だけじゃなくて、仕草や性格や考え方や喋り方も。全部好きだ。優しい子だから、それ以上の優しさを返したいと思う。できることは全部。恋をすると、こんな風になるなんて今まで知らなかったな。
「三浦くん」
 呼びかけると、ぱ、と顔を上げる。
「先輩、テストお疲れさまです」
 ほっぺたを赤くして、ふにゃあ、と蕩けるように笑ってくれる。テストの疲れなんて、いっぺんにどこかに吹き飛ぶようなかわいさ。
「お疲れ。帰ろうか。アイス、買ってあげる」
「アイス!」
 どうしてこんなに、嬉しそうな顔をしてくれるんだろう。
 朔弥は教科書やノートやタブレットをリュックにしまいながら、「数学、すごくいいと思います。先輩のおかげです。早く答案、返ってこないかなぁ……」と言った。
「おれのおかげじゃなくて、三浦くんががんばったからだろ」
「先輩が教えてくれたからです、だって中間までは、がんばってもあんまりでしたもん」
 一年生と二年生は、下足箱のある入り口が別なので、一度別れて校門で待ち合わせる。
 今年の梅雨入りは遅かった。それでも今日は晴れ間が広がり、風は蒸し暑い。
「先輩、旅行七月ですよね。タイって暑いんだろうな」
「お土産買ってくる」
「ありがとうございます! ぼくも、斎藤くんと永田くんと、プール行こうかって話してたんです」
 プール、マジで心配だな。ナンパされないかなこの子、かわいいから……。圭一郎がそんなことを考えていると、朔弥が「あの、先輩、」と切り出した。
「ん?」
「あの、ざくろちゃんと、うちのガーネットを遊ばせようか、というお話は……」
「うん」
「あの、先輩とざくろちゃんがよければ、うちに遊びに来ませんか? テストが終わったら……」
 朔弥はその時、本物の宝石のガーネットみたいに顔中が真っ赤っかだった。あまりにきれいで、思わず圭一郎はそのほっぺたに優しく触る。熱くて心配になる。早くアイスを食べさせなければ。
「行きたい。いいの?」
「はい! ぜひ!」
「三浦くん」
「はい」
 駅前にある、アイスクリームショップの看板が見えてくる。
「夏休み、行きたいところある?」
「えっ」
「ふたりで一緒に出かけよう。たくさん!」
 アイスクリームショップの中は、空調が効いていて涼しい。ウインドウの中のアイスクリームたち。目移りするくらいの種類のアイスクリームが並んでいるのに、朔弥は圭一郎の顔を見つめてくれる。とびきり嬉しそうに。
「ぼく、先輩と一緒にいられるならどこでも嬉しいです。ほんとはぼくのほうから、どこかに行きませんか、って誘おうと思ってたんですけど……」
「……」
 そんなすなおに言われると、照れてしまう。
 ふたりは揃って赤くなりながら、アイスクリームを選んだ。圭一郎はチョコミントで、朔弥はストロベリーチーズケーキにした。店の中にある小さなカウンター。並んで座って、アイスクリームを食べる。冷たいものを食べているはずなのに、身体は熱いままで、どきどきするのも収まらないのが不思議でたまらない。
 テーブルの上で少しくっついているふたりの腕は、半袖の制服から伸びた太さの違う剥き出しの腕だ。離れるのが惜しくて、そのままにしている。壁に貼られた限定フレーバーのポスターは、かわいい猫のキャラクターが描かれている。
「この猫、ざくろちゃんに似てます」
「おれもそう思った」
 アイスクリームを食べ終わってしまっても、ふたりにはまだ帰りの電車の中の時間が残っている。電車の中ではくっつけた腕も、もっと長い時間そのままにしておけるのだ。