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 圭一郎は駅のほうに住んでいるのだから、朔弥とは通学の経路が同じはずだ。それでも一度も姿を見かけたことがない。だから家がけっこう近所だということを知らなかったのだ。
「……先輩、もしかしていつも遅刻ギリギリなのかな……」
 遅刻の常習だ、と言っていたことを思い出す。朔弥は割と朝に強いので、余裕を持って通学するタイプだった。ギリギリの時間に走って駅まで行くのは、向かない性格なのだ。
 のんびり屋でマイペース。自分の世界にこもりがちなほうで、思っていることを誰かに伝えるのが、少し苦手だ。
「あっ、猫」
 首輪をした真っ白い猫が、ブロック塀の上で毛づくろいをしている。最近は外で猫を見かけることも減っているので、朝からこういうことがあると一日ラッキーな気がする。
「……今日も先輩に会えるかも。声とか、かけていいかな……」
 朔弥はブロック塀に近づき、白猫に「おはよう。写真撮らせて」と声をかけた。白猫は、まぁいいけど、とでも言わんばかりの仕草で、朔弥を見つめている。ブロック塀の向こう側のお宅の庭でバラが咲いている。大輪の、立派なバラだ。それをバックに、かなりいい写真が撮れる。
「おお~。ありがとう。ほら見て、いいでしょ」
 猫は写真写りに興味がなさそうだ。にゃお、とひと鳴きして、塀の向こう側の庭へ降りて行った。ここのおうちの飼い猫なのかもしれない。
 朔弥は、ゆっくり駅まで歩きながら、この写真、先輩に送ってみようかな、と思った。
 でも、朝から……迷惑かな。今度にしたほうがいいかな。
 考えすぎちゃって、だめだ。昨日のメッセージは圭一郎の、「じゃあまた、学校で」で止まり、朔弥がひとつ「おやすみなさい」のスタンプを返した。
「友だちに送ろうとして間違えた、って設定で送ろうかな……いやダメダメ、そんな先輩を騙すようなことをしちゃダメだな。だって先輩に送りたいんだもん、かわいい猫の写真」
 朔弥は立ち止まり、「先輩、おはようございます。かわいい猫がいました。また学校で」と画面に打ち込み、撮りたての白猫の写真を添付して送信した。かなり、思い切った。勇気を出した。昨日、ガーネットが肉球で送信ボタンを押してくれた思い切りのよさが伝染したのかもしれない。
 スマホをポケットに戻し、また歩き始める。よく晴れていて、青い空がきらきらしているように見えた。雲ひとつない。絵具で塗ったみたいな青なのに、透明感もある。さわやかな風が吹いて、なんだかいいにおい。
 先輩のこと、もっと知りたいな。でももっと知って、もっと好きになっちゃったら、どうすればいいんだろう。
「……先輩、絶対モテるからな。恋人がいるとか、そういうこと知るの怖いな……」
 勝手に好きになって、勝手に怖がるなんて、わがまま。よく、恋をすると臆病になるって聞いたことがある。ありふれたフレーズかもしれないけれど、本当にそうなんだな、と思う。
 駅の改札を通る。猫を撮っていたりしたせいで、いつもより一本遅い電車になるが、それでも余裕の時間に学校に到着するだろう。
 この駅は古くて、まだホームドアも設置されていない。昔っぽいレトロさが残っている。都会とは逆方向に行くから、通勤通学ラッシュに巻き込まれないのもありがたい。向こう側の線路を走る上り列車は、いつもぎゅうぎゅうなのだ。朔弥も大学生や社会人になったら、ぎゅうぎゅうの電車に毎朝乗るようなこともあるのかもしれない。こののんびりした気性でそんなことができるのか、と心配だが、つい先日、ぎゅうぎゅうの電車のドアのところに、ランドセルを身体の前に抱えた男の子が乗っているのが見えた。あんな小さな子、潰されないかな、大丈夫かな、と心配で見つめていると、朔弥の視線に気づいたその男の子が、両手でピースして見せてきた。それを見て、朔弥もがんばろう、と思ったのだ。つらいことがあっても、簡単にへこたれたりしないように。
 踏切の音。学校のほうへ向かう電車が見えてくる。線路脇の柵、生い茂って越境してきている白い紫陽花が、風圧で揺れる。さっき写真を撮らせてくれた猫みたいに、きれいな白。
 滑り込んできた電車に乗り込み、角の席に座る。さっき圭一郎に送ったメッセージ、既読かどうかを確認するのがなんとなく恥ずかしくて、スマホを開くのはやめた。
 今日、会えるかな。先輩。ガーネットのこと、聞いてくれるかな。電車の窓から、朝の光。こまやかな傷がいくつもついた床、手すりの銀色や吊広告のカラフルな紙の色を反射して、宝石のかけらのような光をこぼしている。
 ベルが鳴りドアが閉まる寸前、誰かが走り込んでくる。駆け込み乗車ご遠慮くださ~い、というアナウンス。駆け込んできた人は、他にも座るところがたくさんあるのに朔弥の隣に座った。
 圭一郎だった。明るい朝、少し薄暗いくらいの電車の中、窓から切り取ったような景色から入り込む光が、動き始めた通学時間を照らす。さっきとは違う色。今しかない、他のどこにもない光。
「おはよう」
「先輩」
「あ~、走った走った。熱い」
 圭一郎は笑い、制服のジャケットを脱いだ。シャツの袖も捲り上げる。左手に腕時計をはめたその腕は、朔弥よりずっと太くてがっしりしていた。もうすぐ、制服は夏服に替わる。ジャケットを着た圭一郎の姿は、しばらく見られなくなるのだ。
 まだ走るほど、遅刻しそうな時間じゃないのに。朔弥は驚いて、「お、おはようございましゅ」と、また少し噛んだ。
 ここから、学校の最寄り駅までは四十五分。それまでずっと隣に座っていられるのかと思うと、別に走ってもいない朔弥も顔が熱くなってきてしまう。赤くなったのをごまかすように俯いた。
 圭一郎は、俯いた朔弥の顔を覗き込んだ。目が合う。先輩、朝の顔もカッコイイ。ちょっと寝癖がある。そんなところは、かわいい。
「写真。ありがとう」
「……」
「さっきの。撮るの、うまいね」
 もう見てくれたんだ。朔弥は嬉しくて、はい、と小さな声で返事した。
「いつもこんなに早いの?」
「はい。いつもはもう一本、早いんです。でも今日は猫の写真撮ってたので、一本遅れました」
「え~、すごい。おれさ、いつもほんっとうに朝ギリギリで。母さんに、アンタいい加減起きなさいって引っ叩かれてから巻きいれるくらいだから。こんな早い電車乗ったの、初めてかも」
 朔弥は笑い、「今日、どうして早いんですか? 嬉しいです、会えて」と言った。
 圭一郎はスマホを見ながら、「さっき送ってくれた、写真の通知で目が覚めたんだ」と答えた。
「え、起こしちゃいましたか。すみません」
「いや、ありがとう、毎朝起こして欲しいくらいだよ。それでさ、写真見て、もしかしてもう駅向かってるのかな? って思って。急げば会えるんじゃないかなって思って、爆速で着替えて走ってきた。RTA新記録。母さんびっくりしてたよ」
 それを聞いた朔弥の心には、またサイゼリヤーンの壁の絵でしか見たことのない天使が現れ、朝一のラッパを吹き始める。プオ~ン。天使は嬉しい時に、ちゃんと来てくれるのだ。電車の窓から射しこんでくる、光の梯子。
えっ? 先輩、ぼくに会うために、急いで来てくれたってこと?
嬉しくて、嬉しすぎて、何か気の利いたことを言いたいのに、ひとつも出てこない。赤くなって黙り込んでしまう朔弥を、圭一郎はからかうことも、笑いものにすることもない。ただ顔を覗き込んで、「おれ、何かイヤなこと言ってない?」と聞いてくれた。
朔弥が弾かれたように顔を上げて、「イヤなことなんて、ひとつもないです! 嬉しいです!」と言った。けっこう大きな声だったので、自分でもびっくりして口を押さえる。ガラガラに空いているとはいえ、電車で大声はよくない。
「なら、よかった」
「……」
 あっ、また黙ってしまった……。どうしてこういう時に、何を言えばいいのかわからなくなっちゃうんだろう? もどかしいな、と思う。先輩が、こんなに優しくしてくれるのに。
 圭一郎は大きなあくびをして、「早起きすると、余裕があっていいな」と呟いた。
「先輩、けっこう夜更かしするんですか?」
「どうかなぁ。普通だと思うんだけど……特に何かしてるってわけじゃないんだけどね。ざくろと遊んでる」
「ふふふ」
 昨日圭一郎が送ってくれた写真のことを思い出して、朔弥は笑ってしまった。すごくかわいい写真だった。そのままポストカードとかにしてもいいくらいだと思う。
「ざくろちゃん、メスですか」
「うん。五歳。ガーネットは?」
「メスです。四歳です」
「おれたちみたいに、一歳差なんだな。猫も」
「はい」
 嬉しい。圭一郎の言葉は、朔弥の心にすとん、と落ちる。まるで朔弥の心の中に、圭一郎の言葉を大切にしまっておくための場所があるみたいな感覚がある。
 先輩って、かわいい人だな。すごくかっこいいのに、言葉の選び方とか、伝え方とかがすごく優しくて、かわいい。
 感性が、みずみずしい。みたいな、そんな感覚。どきどきする。すごく好きだなぁ、と思ってしまう。
「眠い。一限、古文だから。寝るかも」
「先輩って、得意科目なんですか?」
「数学かなぁ」
「えっ、ぼく数学ぜんぜんダメなんです」
 圭一郎は笑い、テスト前に教えてあげるよ、と言った。
「数学こそコツだから。写真をうまく撮るほうがずっと難しいって、おれは思うけど……あ~ダメだ、眠い……」
 朔弥が、どうぞ寝てください、と言うより前に、圭一郎の頭が朔弥の肩に乗っかった。
「…………」
 圭一郎はそのまま目を閉じて、眠ってしまう。朔弥は自分の心臓があまりにうるさくて、どきどきし過ぎているせいで身体がちょっと揺れて、圭一郎を起こしてしまわないか心配なくらいの鼓動であった。体内で馬が走っているかと思うくらい。相当である。ポニーじゃない、もっと大きい馬。でも電車の振動があるので、圭一郎はさほど気にしていないようだ。
 向こう側のガラスに、ふたりの姿が映っている。春の緑。古びたアパート。降りたことのない駅の、線路沿いの鳥居と立派な神社。ドラマに出てくるみたいな、立派な洋館。今まで当たり前に見てきた通学の車窓の雰囲気が、圭一郎の隣でまた表情を変えて、輝きを増していく。
 ちょっと泣きそうになる。先輩のシャンプーのにおい、いいにおいだな。
 胸がきゅんとする。エモーショナルやファンタジー。この感情に名前をつければ、青春、になるのだろうか?
 最寄り駅は、山桜高校前駅。もう着いちゃうのか。いつもより、ずっと短く感じる。朔弥は圭一郎と過ごす時間が惜しくて、また泣きそうになっている。
「……先輩、駅、着きます」
 控えめに、圭一郎の身体を揺らす。学生服のシャツ越しの肩が、温かい。
「……うわ、ごめん。寝てた」
「はい」
「いびきかいてなかった?」
「かいてないです」
 圭一郎はまた大あくびして、よかった、と言った。ジャケットを羽織る仕草が、朔弥よりもずっと大人っぽくて、サマになっている気がする。
「寄っかかって、ごめん」
「いいいいえ、ぜんぜん、へいきです」
 顔、まだ赤いかな。朔弥はほっぺたを擦りながら立ち上がる。電車はホームに入っていく。通学のピークには少し早いので、まだ学生の姿はまばらだった。
 圭一郎は伸びをひとつした。骨の鳴る音。
「話したいこと、いろいろあったのにな」
「え?」
「明日も早起きするから。また一緒に、同じ電車乗らない?」
「…………」
 朔弥がこくこく、と頷くと、圭一郎は、「よかった」と笑う。
 先輩が、ぼくと話したいって思ってくれたこと、なんだろう。写真の撮りかたのコツ。ガーネットのこと。ざくろちゃんのこと。あとは? 四十五分もあれば、なんだって話せる。
「なんだ松川、早いじゃないか、どうした」
「いや先生、おれは心を入れ替えました。新品ですよ」
「本当か~? おまえ、何回遅刻すれば気が済むと思ってたんだが」
 一年生と二年生は下足箱のある入口が違うので、校門を入った少し先で分かれることになった。通りがかった二年生の担任をしている教師と話しているノリも、朔弥の目には大人っぽく映る。ぼくは多分二年生になっても三年生になっても、あんな感じで先生と話すことはできないだろうなぁ。
「じゃあ、またあとで」
 圭一郎は、朔弥の背中をぽん、と優しく叩いて、二年生の下足箱のある入口のほうへ走っていった。
 また、あとで。夢みたいな言葉だ。昨日からずっと、朔弥は夢の中にいるみたいなのだ。
 これから毎日、こうやって会えるのかな。先輩と同じ電車で学校に行く。先輩のことを、たくさん知ることができる。
「嬉しい~~」
 朔弥は喜びを噛みしめながら、一年生の使っている入口に向かった。古いタイルが敷き詰められたフロア。しん、と静かで落ち着く。夢みたいだけど、現実なんだ。教室は、二階。一番乗りではない。いつも早く来るクラスメイトが数人、すでに教室で思い思いの時間を過ごしているのだ。
 高校って、自由だ。すてきで楽しいところ。ここに入学してよかった。先輩にも会えた。
「三浦くん、おはよ~」
「おはよ~」
「いつもよりちょっと遅いね、今日」
「猫の写真撮ってた」
「見せて。猫だ~いすき」
 クラスメイトに、今朝撮った写真を見せる。映えてるね、と褒められる。
「三浦くんちの猫じゃない子だ!」
「そう、朝見かけた。よその子」
「かわいい。三浦くん、あんまりやらないんだよね。SNS」
「うん。中学の頃、登録したりしたけど。向いてなくて」
 先輩はいつもよりも早い登校で、教室で何をしてるんだろう。まだ少し眠そうだったし、席で寝てるのかな?
 また、あとで。また明日、とかじゃない。偶然見かけたら、声をかけるよ、っていうことだろうか。嬉しいな。
 朔弥はいい気持ちで、午前中の授業を受けた。いつもと同じはずなのに、なんだか先週よりもずっと世界がきらめいているような気がして不思議だ。勘違いじゃない。本当に、きらきらしている。
「レポートはタブレットで提出するように。木曜日まで」
 先生がそう言って、画面のスライドを閉じる。ちょうどぴったり、チャイムが鳴る。
 お昼休み。朔弥はいつも、お母さんが作ってくれたお弁当を食べる。お茶だけ、自動販売機で買う。水筒も持ってきているけれど、午前中で全部飲んでしまうのだ。
「……先輩って、お昼は何か買うのかな。お弁当かな」
 朔弥は、入学したての頃は友だちがいなくてひとりでお昼を食べていたけれど、最近は同じようにお弁当のクラスメイト数人と、自然と教室で食べていた。
「今日、お菓子あるんだ。食べようよ」
 クラスメイトの斎藤くんが、学生かばんをごそごそしながら言う。
 圭一郎のことを考えて心ここにあらず、だった朔弥の目の前で、クラスメイトがお菓子を動かす。猫じゃらしみたいに。
「三浦くん?」
「はっ。ごめん。ぼーっとしてた」
「大丈夫? 今日、なんかあったの?」
「……」
 実は、片想いの先輩とちょっと仲よくなって……なんて、いきなり言えるキャラではないので、もじもじしながら、「なんでもない。エヘヘ」とごまかした。ポケットに入れていたスマホが、少し震える。あ、お母さんだ。ガーネットは薬がきいて、鼻水が止まりました。そんなメッセージだった。よかった~、とスタンプを添えて返信する。
「うちの猫、カゼひいてたんだ。でも元気になったみたい」
「よかったね。うちの犬もさ、この前おなか壊して。春先って、みんなカゼひくのかな」
「斎藤くん、今日、パン? おいしそう」
「永田くん、シールいる? 集めてたでしょ」
 クラスメイトの永田くんは、パンについているシールを集めていた。朔弥はお弁当にはパンを持ってこないけれど、家で食べる食パンにもこのシールがついていることを思い出した。明日、持ってきてあげよう。
 クラスには、いろいろな子がいるけれど。自然とこうやって、集まっておしゃべりするようになる子たちは、みんなのんびりしたタイプだった。一緒にいて楽しくて、話しやすい。
先輩は、マイペースだけど。そんなにのんびりしたキャラには見えない。もし同じ学年で、同じクラスだったとしても。仲のいいグループじゃなかったかもしれないな。
それでもぼくは、絶対に先輩のことを好きになったと思う。ふとした優しさに触れて、あっという間に恋してしまったと思う。
また、スマホが鳴る。お母さんから返事が来たのかな、と思って、画面を見る。
「……!」
 それはお母さんからではなく、圭一郎からのメッセージだった。
『お昼、お弁当? どこで食べてるの?』
 その瞬間の朔弥は、完全に挙動不審だった。動揺して、スマホも落とした。
「三浦くん!? 顔真っ赤だよ! 大丈夫!?」
「だだだだだ大丈夫大丈夫なんともないホント」
「絶対大丈夫じゃないよ、今日変だと思った! カゼじゃないの!?」
 慌てながら、落としたスマホを拾う。身体を起こすときに、机に頭をぶつけた。こんなショートコントみたいなことをしていないで、落ち着かないといけない。でも圭一郎からの追加のメッセージが、朔弥をさらに動揺させた。
『よかったら、一緒に食べない?』
「……!!」
 朔弥が画面を見つめる目を大きく見開いていると、クラスメイトの永田くん(パンについているシールを集めている)が、「……三浦くんってさぁ……」と言った。
「えっ!?」
「もしかしてだけど……好きな人がいるんじゃないの?」
「エッッッ!? そんなふうに見える!?!?」
 朔弥史上一番、大きな声が出た。永田くんと斎藤くんは目くばせし合い、「やっぱりな」「わかりやすい」と、口々に言った。
「好きな人から、連絡が来たんだろ」
「早く返さないと! 恋はスピードが大事なんじゃないかな、そう読んだよ。マンガで」
 なんて来たの? メッセージ。ふたりは興味津々な様子で聞いてくる。
 朔弥は小さな声で、「……お昼……一緒に食べないかって……」と呟いた。
「「……」」
 もじもじしている朔弥に、ふたりは「「いや、早く行きなよ!!」」と叫んだ。見事なハーモニーで、声が揃っていた。
「早く行きなよ! お昼休みがもったいないよ!」
「そうだよ、早く!」
 朔弥はお弁当の包みと共に、ふたりに追い立てられるようにして教室を出た。
「早く! 早く! どこで待ち合わせてるの?」
「わ、わかんない。どこにいるんだろ? 先輩」
「早く返事して、早く!」
 教室から顔を出しているふたりに急かされて、朔弥は廊下で圭一郎にメッセージを送った。
『屋上。わかる?』
「屋上だって。行ってくる。ありがとう、ふたりとも!」
 ぱたぱた、と廊下を走っていった朔弥の後ろ姿を見送った永田くんと斎藤くんは、ランチを再開するために席に戻った。
「聞いた? 屋上だって。先輩と! エモ~いいな~」
「そんな青春ドラマが、現実にあるなんて……三浦くんが落ち着いたら、いろいろ聞かないとな。後学のために」
「永田くん、パンのシール、どれくらい集まった?」
「あとちょっとでお皿もらえるよ。ありがとね」