*
好きな子ができたら、この場所を教えたいと思っていた。きっとここで告白するんだ、って決めていた。
決めていたって言っても、それは小学生の頃の夢だ。大人になって(高校生なんて、小学生からみたら立派な大人なのだ)いざ好きな子ができたって、家が遠いかもしれないし。もっと楽しいデートがしたいって言われるかもしれないし。その時はその時で相手に合わせればいい、と圭一郎は思っていた。
でも高校二年生になって、ついに好きになったかわいい子はたまたま家が近所で、たまたま猫を飼っていて同じ獣医に通っていて、たまたま同じ高校で……。たまたま? 偶然なんかじゃない、きっと運命なんだ。友人たちは圭一郎をロマンチストだ、と笑うけれど、本気でそう思っているんだ。
いざこうして、告白するぞ、という場面になると緊張してしまう。なんて言えばかっこいいか、なんて余計なことを考えるけれど、すなおに思ったままを伝えるのがいいんだ。そんな告白が、すなおな朔弥に贈るのにふさわしいと思った。
「……ぼく、好きです、先輩のこと……大好き……」
朔弥がこの上もなくすなおなのは、もちろん圭一郎は知っていたけれど。(そんなところも、大好きなポイントのひとつだから)でもまさか、この流れで、先に告白されるとは思わなかった。
圭一郎は驚いたけれど、じわじわ驚きよりも嬉しさとか、ときめきとか、ちゃんと両想いだった、という安心感とか、そんな感情が次々溢れてくる。
急に驚かせるようなことを言ってくる、そんなところもかわいい。三浦くんってけっこう、びっくり箱みたいな一面があるんだ。
圭一郎はおかしくて、初めて抱きしめた朔弥の華奢な身体を、怖がらせないように優しく撫でた。
遊園地が打ち上げる花火は短い。ぱっ、と明るくなり、また元通りになり……それを繰り返して、静かになる。花火が終われば、家に帰る人が増えて道は少し歩きやすくなるだろう。やがて屋台も畳み始めて、提灯の灯りは残っている。
圭一郎は朔弥を抱きしめたまま、嬉しいな、と思った。朔弥の身体は温かく、鼓動が早いのがわかる。
三浦くん、おれと同じくらいどきどきしてる。かわいい。
好き、の告白を圭一郎に贈ってくれた朔弥に、まだ伝えたいことがある。好き、のあとの話だ。さっきまでは先輩と後輩だったふたりの、これからの話。
「……三浦くん」
「……はぃ」
声が小さくなっている。ふたりきりなのに、内緒話のトーン。 圭一郎も、自然と声が小さくなる。耳元で囁きかける大きさ。世界中で、朔弥にだけ伝えたい言葉だ。
「おれとつき合ってください」
また少し、どん、と鼓動が大きくなった。小さな花火が、ふたりの抱きしめ合った身体の中で打ち上がっているみたいに。終わってしまったはずの花火が、ふたりの間でだけまだ続いている。
「……はい、」
「すごくすごく、大事にするから」
「はい。ぼくも先輩のこと、大事にします」
「うん。ありがとう」
「ずっと一緒にいたいです」
「うん」
なんだか感動して、泣きそうになってしまう。たった今恋人になってくれた大好きな子があまりにすなおで。圭一郎も、「おれも。ずっと一緒にいたい」と返した。
ふたりはしばらくそこで抱きしめ合っていて、あまりに蚊にさされることに気づいてから、なんだかおかしくなって笑い合った。虫よけスプレー、していたんだけど。
まだ食べていなかった焼きそばを、町並みを見下ろしながら一緒に食べた。家に帰るまでの道でも、ずっと手を繋ぐ。お祭りに来る前のふたりは先輩と後輩だったのに、帰り道は恋人同士なんてすごく不思議で、すごくロマンチックで、すごくすてきだ。
ふたりは夏休みの間、朝にもこの場所に来た。圭一郎はここから、日の出がきれいに見えることを初めて知った。夕焼けはきれいだけど日没が見えないのは、東向きだからだ。
朔弥は朝ごはんに持ってきたおにぎりを食べながら、朝に染まっていく空と町を見て、「すごくきれいです。こんなきれいな場所が思い出の場所なんて、すごいです」と言った。
圭一郎は、そのすなおな物言いに胸がいっぱいになった。ここは圭一郎と朔弥がつき合い始めた、思い出の場所なのだ。どれだけ大人になっても、ふたりにとって特別な場所。蚊にはものすごく刺されるけれど……。
ふたりは初めて恋人同士になった夏休みに、いろいろなところでデートをした。でも、海に行こうか、と約束した日には、台風が来てしまって図書館デートで宿題になった。くらげも出るし、海はまた来年でもいいし。
「でも海のデート、泳がなければ夏じゃなくても行けるね」
朔弥の数学の宿題を見てあげながら圭一郎は言った。ふっとした思いつきだった。
でもそれを聞いた朔弥は本当に嬉しそうで、「先輩はすごいです」と言ってくれる。
「すごいって?」
「ぼくが思いつかない嬉しいこと、たくさん思いつくから」
そんなにかわいいこと言われたら、めちゃくちゃに照れてしまう。
ふたりの恋人同士としての進展はまだまだで、手を繋いだりするくらいのものだけど、そんなに焦りたくないと圭一郎は思う。
ゆっくりするのが、自分たちには合っていると思う。もうすぐ学校が始まる。通学電車のデート。一学期と二学期では、ふたりの距離は格段に縮まっている。朔弥の青春を、楽しくて、きらきらしたものでたくさん飾ってあげたい。圭一郎はそう思う。
だっておれは、三浦くんのカレシだから。カレシ。なんて甘酸っぱい響きだ。
好きな子ができたら、この場所を教えたいと思っていた。きっとここで告白するんだ、って決めていた。
決めていたって言っても、それは小学生の頃の夢だ。大人になって(高校生なんて、小学生からみたら立派な大人なのだ)いざ好きな子ができたって、家が遠いかもしれないし。もっと楽しいデートがしたいって言われるかもしれないし。その時はその時で相手に合わせればいい、と圭一郎は思っていた。
でも高校二年生になって、ついに好きになったかわいい子はたまたま家が近所で、たまたま猫を飼っていて同じ獣医に通っていて、たまたま同じ高校で……。たまたま? 偶然なんかじゃない、きっと運命なんだ。友人たちは圭一郎をロマンチストだ、と笑うけれど、本気でそう思っているんだ。
いざこうして、告白するぞ、という場面になると緊張してしまう。なんて言えばかっこいいか、なんて余計なことを考えるけれど、すなおに思ったままを伝えるのがいいんだ。そんな告白が、すなおな朔弥に贈るのにふさわしいと思った。
「……ぼく、好きです、先輩のこと……大好き……」
朔弥がこの上もなくすなおなのは、もちろん圭一郎は知っていたけれど。(そんなところも、大好きなポイントのひとつだから)でもまさか、この流れで、先に告白されるとは思わなかった。
圭一郎は驚いたけれど、じわじわ驚きよりも嬉しさとか、ときめきとか、ちゃんと両想いだった、という安心感とか、そんな感情が次々溢れてくる。
急に驚かせるようなことを言ってくる、そんなところもかわいい。三浦くんってけっこう、びっくり箱みたいな一面があるんだ。
圭一郎はおかしくて、初めて抱きしめた朔弥の華奢な身体を、怖がらせないように優しく撫でた。
遊園地が打ち上げる花火は短い。ぱっ、と明るくなり、また元通りになり……それを繰り返して、静かになる。花火が終われば、家に帰る人が増えて道は少し歩きやすくなるだろう。やがて屋台も畳み始めて、提灯の灯りは残っている。
圭一郎は朔弥を抱きしめたまま、嬉しいな、と思った。朔弥の身体は温かく、鼓動が早いのがわかる。
三浦くん、おれと同じくらいどきどきしてる。かわいい。
好き、の告白を圭一郎に贈ってくれた朔弥に、まだ伝えたいことがある。好き、のあとの話だ。さっきまでは先輩と後輩だったふたりの、これからの話。
「……三浦くん」
「……はぃ」
声が小さくなっている。ふたりきりなのに、内緒話のトーン。 圭一郎も、自然と声が小さくなる。耳元で囁きかける大きさ。世界中で、朔弥にだけ伝えたい言葉だ。
「おれとつき合ってください」
また少し、どん、と鼓動が大きくなった。小さな花火が、ふたりの抱きしめ合った身体の中で打ち上がっているみたいに。終わってしまったはずの花火が、ふたりの間でだけまだ続いている。
「……はい、」
「すごくすごく、大事にするから」
「はい。ぼくも先輩のこと、大事にします」
「うん。ありがとう」
「ずっと一緒にいたいです」
「うん」
なんだか感動して、泣きそうになってしまう。たった今恋人になってくれた大好きな子があまりにすなおで。圭一郎も、「おれも。ずっと一緒にいたい」と返した。
ふたりはしばらくそこで抱きしめ合っていて、あまりに蚊にさされることに気づいてから、なんだかおかしくなって笑い合った。虫よけスプレー、していたんだけど。
まだ食べていなかった焼きそばを、町並みを見下ろしながら一緒に食べた。家に帰るまでの道でも、ずっと手を繋ぐ。お祭りに来る前のふたりは先輩と後輩だったのに、帰り道は恋人同士なんてすごく不思議で、すごくロマンチックで、すごくすてきだ。
ふたりは夏休みの間、朝にもこの場所に来た。圭一郎はここから、日の出がきれいに見えることを初めて知った。夕焼けはきれいだけど日没が見えないのは、東向きだからだ。
朔弥は朝ごはんに持ってきたおにぎりを食べながら、朝に染まっていく空と町を見て、「すごくきれいです。こんなきれいな場所が思い出の場所なんて、すごいです」と言った。
圭一郎は、そのすなおな物言いに胸がいっぱいになった。ここは圭一郎と朔弥がつき合い始めた、思い出の場所なのだ。どれだけ大人になっても、ふたりにとって特別な場所。蚊にはものすごく刺されるけれど……。
ふたりは初めて恋人同士になった夏休みに、いろいろなところでデートをした。でも、海に行こうか、と約束した日には、台風が来てしまって図書館デートで宿題になった。くらげも出るし、海はまた来年でもいいし。
「でも海のデート、泳がなければ夏じゃなくても行けるね」
朔弥の数学の宿題を見てあげながら圭一郎は言った。ふっとした思いつきだった。
でもそれを聞いた朔弥は本当に嬉しそうで、「先輩はすごいです」と言ってくれる。
「すごいって?」
「ぼくが思いつかない嬉しいこと、たくさん思いつくから」
そんなにかわいいこと言われたら、めちゃくちゃに照れてしまう。
ふたりの恋人同士としての進展はまだまだで、手を繋いだりするくらいのものだけど、そんなに焦りたくないと圭一郎は思う。
ゆっくりするのが、自分たちには合っていると思う。もうすぐ学校が始まる。通学電車のデート。一学期と二学期では、ふたりの距離は格段に縮まっている。朔弥の青春を、楽しくて、きらきらしたものでたくさん飾ってあげたい。圭一郎はそう思う。
だっておれは、三浦くんのカレシだから。カレシ。なんて甘酸っぱい響きだ。

