「こいつら、どう見ても私服警官じゃねえ! 何で俺、一般人に追われてんだ? 何なんだよこれ!」

 メガネとマスクで顔を隠した男が息を切らしながら叫ぶ。

「SNSの目撃情報、信じてよかった」

「一千万が逃げるぞ!」

「おい待て一千万。俺がお前を捕まえて高級車買うんだよ!」

「私だって借金返して、夜の仕事から足を洗うんだから!」

 必死で逃げる男を大勢の男女が追いかけている。この男はとある殺人事件の容疑者で、男を追いかけている人々は彼に掛けられた一千万円の懸賞金を狙っていた。体力の限界に近い彼はじきに捕まるだろう。

 何故、この男に高額の懸賞金がかけられて、人々は彼を捕まえようとしたのか? それは、Qチューブという動画サイトに投稿された、一本の動画が原因だった。



「この国の司法機関は終わっている――」

 闇に包まれた部屋の中で、全身黒ずくめの人間が、画面越しに視聴者に語りかけている。この人物は、ウサギの着ぐるみの頭部のみを被り、ボイスチェンジャーによって声を甲高い女性の機械音声のように変換して正体を隠している。ハンターラビットと名乗る投稿者によって動画投稿サイトにアップされた動画は、瞬く間に百万回の再生を叩き出す。

「君たちの知っているとおり、この日本では、罪無き人々が被害者となり、苦しんでいる。その一方で、多くの犯罪者たちが法の裁きから逃れ、罰を受けずにいる。警察、検察、裁判所。これらの司法機関が、本気になって犯罪を撲滅しようとしてこなかったからだ。ならば、このハンターラビットが本当の正義を執行しよう。ボクは、この国で今ものうのうと暮らしている、吐き気を催す害悪どもに懸賞金をかけた。これから動画で紹介する犯罪者たちを探し出して捕らえてほしい。そうすれば、ボクから相応の報酬を君たちに与えよう。さあ、君もこのジャスティスプロジェクトに参加してくれ。今回の獲物はこいつらだ」

 画面が切り替わり、最新の指名手配犯の写真が映る。動画の最後には、巨額の懸賞金リストと現在判明している犯罪者たちの情報が示される。



「またか……」

 東都新聞の記者、天音遥(あまねはるか)は、動画を見ながらため息をついた。

「ハンターラビットの新しい動画ですか?」

 遥の後輩記者の榊圭介(さかきけいすけ)が興味深そうに聞く。

「そう、また犯罪者たちに大金を懸けてる。この間の殺人犯も、懸賞金目当ての一般人が捕まえた。警察よりも早かったわ」

「個人が私的に懸賞金をかけて、何か問題は無いんですか?」

「犯罪者に懸賞金をかけること自体を罰する法律は無いの。その他で法に触れる行為をしていたら別だけどね」

「なるほど。それなら警察も黙って見ているしかないわけですね」

「一応警察も中止要請は出すみたいなんだけど、強制力は無いからねえ。後は、犯人側が名誉毀損やプライバシー権の侵害で訴えることは可能だけど、そもそも逃亡しているわけだから、まずやらないでしょうね」

 遥はディスプレイに映る犯罪者たちの顔を見つめながら、複雑な表情をしていた。彼女は上司から、ハンターラビットを取材して記事にするように命じられていたからだ。

(倫理的には問題があると思う。でも、これで犯罪が抑止されるのなら、これが悪とは言い切れないわ)



 犯罪者に懸賞金をかける異端の存在として、動画投稿者【ハンターラビット】は世間の注目を集めていた。動画内で彼が提唱する【ジャスティスプロジェクト】、犯罪者に高額の懸賞金をかけることで、社会から犯罪そのものを無くしていこうという運動は、視聴者たちに受け入れられて、彼は世代を問わず人気を集めていた。Z世代の若者からは、犯罪者を捕まえる光バイトとして話題となっている。警察からの締め付けで資金を獲得するのが難しくなっていたアウトローたちも、懸賞金を獲得するために彼らの独自の情報網で犯人を追っていた。



 とあるファミレスで、二人の大学生が食事をしながらハンターラビットについて会話している。

「なあ、ハンターラビットって投稿者の動画流行ってるじゃん。あれって本当に金もらえるのかな?」

「どうなんだろうなあ。実際、警察より早く何人も捕まえたって話だし。お前、捕まえた犯罪者を処刑してる動画見たことある?」

「え、そんな動画もあるの?」

「ああ、流石にQチューブだとすぐに消されちゃうから、SNSの方でアップされてるんだ。まあ、処刑っていっても、グロくならないように編集してあったけどな」

 大学生の一人が、スマートフォンでハンターラビットのSNSアカウントを開いて見せる。彼が投稿した動画にはすでに多くのリポストがされて多くのユーザーが拡散しているのがわかる。

「へえ、そこまで動画あげてるってことは、やっぱり本当なんだろうな。ハンターラビットのハンターも、賞金稼ぎのバウンティハンターから取ってるんだろうし。でも、懸賞金掛かってるのって殺人犯とかなんだろ? 捕まえるっていってもそれなりに危険だよな? 下手したら返り討ちにあうかもしれないし」

「だから高額の懸賞金がかけてあんだろ? やっぱり大金を手に入れるには、それなりのリスクは付きまとうよ」

「だよなあ。でも、やっぱりハンターラビットのやり方って、昔流行った、名前書くと死ぬ死神のノートのアニメの主人公を意識してるよな?」

「ああ、それは間違いないね。現実世界では、死神はいないし、名前書くと死ぬノートも無いから、その代わりに犯罪者に大金を掛けたんだろう。これだけの金額なら、犯人を匿っている人物が裏切ってもおかしくはないし、よく考えたもんだよ」

「俺の好きなアニメでも、金は命より重いってセリフ出てくるし、大金が手に入るなら、リスクを負ってでも捕まえようって人間が出てくるのは当然さ。何せ今は物価高で、生活が苦しい人が多いからな」

「犯罪者を捕まえて金もらえるなんて、光バイトみたいなもんだしな。さて、SNSで賞金首の犯罪者の目撃情報でも見てみるか。近くにいたら一緒に捕まえようぜ」

「いいねえ。俺も今金欠だから、ちょうどやってみたいと思ってたんだよ。うまく捕まえられたら二人で山分けな」

「もちろんだ。お、ちょうど近くで目撃情報あるぜ。こりゃあ、幸先いいな。他の奴らに先越されないように、すぐに探しに行こう」

 食後のコーヒーを飲み終えた二人は、ファミレスを後にして、SNSで犯罪者の目撃情報があった繁華街へと向かった。



 唐突に、ハンターラビットの動画のライブ配信が始まった。彼が賞金を懸けていた犯罪者が捕まったとのことで、公開処刑される様子を配信するらしい。
 ハンターラビットが拘束されている犯人の目の前で罪状を読み上げ、断罪する。ハンムラビ法典に習い、目には目を、歯には歯をということで犯罪者が犯した罪と同じ方法で処刑することを宣言した後、ハンターラビットの隣に、白い覆面を被って顔を隠した大柄の男が出てくる。彼はパニッシュマスターと呼ばれている処刑人で、公開処刑の動画配信の時だけ登場する。

「さて、みんなのお待ちかね、ゲームの時間だよ。今回は地下に迷路を用意した。こいつがこの迷路から脱出出来れば、処刑の執行は猶予される。だが、ボクの仲間のパニッシュマスターが追跡者(パシューア)となって、この男を追いかける。彼がパニッシュマスターに捕まった時点で、処刑を執行するよ。さあ、ゲームスタートだ」

 拘束を解かれた犯罪者の男が薄暗い迷路の中を必死に走る様子と、パニッシュマスターがゆっくりと犯罪者を追い詰めていく様子がライブ配信されている。



 警視庁捜査一課長の村井は、この動画配信を苦々しく見つめていた。

「ひどい茶番だな。ハンターラビット側が取り仕切っているゲームで、この容疑者が追跡者から逃げ切れるわけがない。しかし、うちはまだこいつの情報を公表していなかったはずだ。どうなっている?」

「警視庁の中でも、彼の情報を知っているのは捜査に関わっているごく一部の人間に限られます。我々の中にハンターラビットと通じている者がいるとしか考えられません」

 黒縁の眼鏡をかけた部下の佐々木が淡々と答える。

「そう考えるのが普通だよな。仕方ない。あまり気乗りしないが、監察室に内通者(ネズミ)がいるかもって報告するか。佐々木くん、念のため犯罪情報等管理システムのアクセス履歴を調べておいてくれ。システムにアクセスすれば、捜査担当以外も容疑者の情報を知ることが出来るからな。後は、ハンターラビットを調査している公安課から情報をもらってきてくれると助かる」

「了解しました」

「しかし、この配信にしてもそうだが、公安の連中はQチューブ側にハンターラビットが動画を投稿できないように要請はしてないのか?」

「公安から動画の削除要請などを行っているようですし、実際に何度かハンターラビットのアカウントは停止しています。しかし、運営側がアカウントが停止しても、ハンターラビットはすぐに別のアカウントで公開を始めてしまうんです。どうやら、チャンネル登録者数の多い投稿者からアカウント自体を購入して、運営から停止されるたびに乗り換えているようです」

「なるほど、チャンネル登録者数が多ければ、それだけ動画も再生されて急上昇の動画として取り上げられやすいものなあ。まさにイタチごっこってわけか。よく考えるもんだ」

「動画投稿も、海外の複数の国から行われているようで、公安からQチューブ側への開示請求もうまくいっていないようです。ハンターラビットへの唯一の連絡手段である、情報提供用の専用フォームも同様です」

「ま、容疑者にあれだけ高額な懸賞金が掛けられるんだ。そこら辺は金の力で何とでも出来るわな」

「そうですね。とりあえず監察室に報告してから、公安に情報をもらってきます」

「ああ、よろしく頼む」

 佐々木は社交辞令のようにお辞儀をすると、監察室へと向かった。

「……そりゃあ、うちにもハンターラビットに感化されている職員はいるだろう。犯罪者を何とかしたい気持ちは同じだからな。だが、俺たちを裏切るような行為は、決して許されない。必ず尻尾を掴んで止めさせる」

 村井は、自分たち捜査一課の中に裏切り者がいないことを願っていた。仲間を疑うことはしたくない。だが、それ以上に、捜査に携わる者が、情報を漏洩させているかもしれないという事実が、どうしても許せなかった。


 
 ハンターラビットのジャスティスプロジェクトによって、犯罪者たちに次々と高額な懸賞金がかけられ、多くの視聴者たちが犯罪者たちを捜索し、捕らえていった。だが、その資金を手に入れるために、動画投稿者である彼自身もまた、顔を背けたくなるような出来事を受け入れる必要があった。

「私が懸賞金の金を出すんだ。今日もしっかりと楽しませてもらわないとな」

 高級ホテルのスイートルームで、年配の男がハンターラビットの正体である◯◯の身体を抱き寄せる。

「もちろんです。先生にはいつもお世話になっていますから」

 ジャスティスプロジェクトのスポンサーである加賀見崇(かがみたかし)は、表向きは財界の大物である。しかしその実態は、金の力で権力者の弱みを握り、政界を裏で操るフィクサーだった。過去に息子を誘拐されて殺害された彼は、犯人を探す過程で◯◯と、彼の計画を知り、資金提供を申し出た。

「今日は、お前の尻が欲しくてずっとあそこが疼いていたんだ。もう我慢が出来んよ」

 加賀見のねっとりとした声が◯◯の耳元に響く。◯◯は彼に自らの尻を差し出して、静かに身を委ねた。

(こいつはいつもボクのお尻を乱暴に突き上げるから、本当は痛くて痛くてたまらないんだ。だけど、懸賞金はジャスティスプロジェクトの要だ。これぐらいの苦痛など、我慢してやる。被害者たちが受けた苦痛と比べたら、こんなもの、大したことではないからな)

 ◯◯は加賀見を喜ばせるために気持ちよさそうに感じている演技をしながら、心の中で自嘲した。



 遥が新聞記者になったのは、自分の両親を殺した犯人を見つけるためだった。

 彼女の両親は、遥が幼い頃に強盗に殺害された。その日から、彼女は犯人を追い求めている。

 幼い遥は、叔母である和美に引き取られた。しかし、女手一つで遥を育ててくれた和美も、遥が東都新聞社に就職し、記者となった日にいなくなってしまった。

 遥は当時の事件の記事を改めて見直していた。強盗による犯行。唯一の目撃者である幼い自分。そして、事件の後に遥を引き取り、育ててくれた叔母が、遥が記者になった直後に失踪したという事実。

 事件のトラウマが今も残っているのか、遥は事件当日のことを思い出せずにいる。それどころか、両親のことも思い出せない。遥は叔母の和美に両親のことを聞いたことがある。しかし、何故か和美は何も答えてはくれなかった。

(叔母さん、どうして私の前からいなくなったの?)

 遥は記者になってからずっと和美を探していたが、未だに有力な情報は見つけられなかった。ハンターラビットのようにお金で情報を集められたらと思うこともある。



 ハンターラビットの情報を集めている遥は、これまでにハンターラビットが投稿した動画を集めて、その動画を詳細に調べて、動画内から得られる情報を収集することにした。後輩の圭介も作業を手伝ってくれた。
 
 遥たちは一通り動画を視聴し終えた。二人がまず気がついたことは、ハンターラビットの動画には、動画を撮影しているカメラマンが存在するということだ。ほとんどの動画で、ハンターラビットにフォーカスが当たるように、カメラを細かく調整したり、ズーム操作をしていることがわかる。他にも明らかに人の影と思われるものが映り込んでいる動画もあった。このことから、ハンターラビットには処刑動画に登場するパニッシュマスター以外にも、複数の協力者がいることがわかった。

「やはり、複数人のチームで動画を撮影しているようです。一人で撮影しているとしたら、基本的にカメラは固定されているはずですからね」

「動画の中で人の影を見つけられたのはよかったわ。注意深く動画を調べると、新たな発見があるものね。動画に映った背景や環境音なんかも調べてみましょう。上手くいけば大体の撮影場所が特定できるかもしれない」

「そうですね。実は、もう一つ気になることがあります」

「何なの?」

「ハンターラビットが投稿した最新の動画なんですが、この動画に出てきた犯人、まだ容疑者でしょうが、この男の情報は警察から公表されていませんでした。僕たち記者ですら知らなかった」

「確かに。そうなると、ハンターラビット本人か、その協力者が捜査資料を閲覧できる警察関係者である可能性が高いってことね」

「そうです。警視庁の捜査関係者に取材してみるのもアリだと思います。あまり答えてはくれないと思いますが……」

「まず答えないでしょう。自分たちの不祥事になるかもしれないことは、尚更ね。もしやるとしたら、カマをかけてみるしかないと思う」

「それで上手く情報を引き出せるといいのですが……。後は、ハンターラビットの懸賞金の出所ですね。これだけ高額の懸賞金をかけられるのは、彼自身が金持ちか、彼にスポンサーがいることになります。とりあえず、日本にいる高額納税者の中から、めぼしい人をリストアップしてみようと思います」

「それもよさそうね。圭介くん、協力してくれてありがとう。私も調べてみるね」



 二日後、遥と圭介はオカルト系雑誌月刊ヌーの編集長である望月良平(もちづきりょうへい)に会って取材をしていた。

「東都新聞の記者さんがわざわざ私にお話を聞きにくるとは思いませんでしたよ」

 長髪で眼鏡をかけた望月編集長は、二人からもらった名刺を眺めている。

「今、話題のハンターラビットについて取材しているのですが、正直に言うと、あまり上手くいってないんです。月刊ヌーの編集部なら独自の情報を持っているのではないかと思いまして」

「そうでしたか。ちょうど、うちでも特集記事を出そうと準備しているところです。まあ、新聞記事のようにきちんと裏取りした正確なものではないですけどね。うちは、読者が喜ぶような陰謀めいた情報も載せるので」

 望月編集長は皮肉めいた笑みを浮かべながら話す。遥たちはこれまでに自分たちが調査したり取材した内容をまとめたレポートを編集長に見せた。

「望月さんから見て、どうでしょう?」

「なかなかよく調べられているとは思います。お二人は、SNSの方はお調べになりましたか?」

「いえ、まだです」

「ハンターラビットのSNSアカウントは何回も停止しています。ですが、すぐにフォロワーの多いアカウントで復活するんです。まあ、それはQチューブも一緒ですけど」

「フォロワーの多いSNSのアカウントを買っているんでしょうか?」

「まあ、そうだと思います。でも、私的にはそこはあまり重要ではないんです。問題は、ハンターラビットがツイートを投稿をする時間です」

「ツイートの投稿時間ですか?」

「はい。一日の中で、その人物がツイートを投稿した時間を集計することで、大体の生活習慣がわかります。寝てる間はツイートできないですからね」

 望月編集長は、自身のスマホでSNSの画面を見せながら、二人に説明している。

「なるほど。そんな方法があるとは知りませんでした」

「予約投稿機能を使う場合もありますが、この場合、投稿へのリプライ、つまり返信に対して反応のツイートをしないのですぐわかります。ところが、ハンターラビットはツイートする時間にバラツキがあって規則性がない。そして、どんなリプライにもすぐに反応してツイートを返している」

 望月編集長は、ハンターラビットのツイートのスクリーンショットを二人に見せる。彼の言うとおり、ツイートの投稿時間にはバラツキがあり、これを一人で投稿していると考えると、ハンターラビットは二十四時間眠らずにツイートをしていることになってしまう。

「つまり、ハンターラビットのアカウントは、複数で管理していると」

「間違いなくそうだと思います。自分のライフスタイルを他人に知られないように、わざとそうしているのかもしれません」

「投稿時間から、そこまでわかるんですね。さすがです」

「私は、ハンターラビットは慎重な性格で、かなり頭が切れる人物だと考えています」

「私もそう思います。動画の方からは何かわかっていることはありますか?」

「読者の方からホームページの投稿フォームやメールを通して編集部にいろいろ情報が入ってくるんですが、撮影場所についての情報がいくつかあります」

「撮影場所ですか?」

「ええ。犯人を処刑する動画で、廃墟で撮影しているものがありましたよね? その廃墟が都内にある、とある廃病院にそっくりだというものです」

「都内ですか?」

「ええ。少なくとも、そこで撮影されたのは確実です。実際に編集部でその廃病院に行って、動画の場所と同じであることを確認したので、間違いないです」

 望月編集長はノートパソコンを持ち出して二人に廃病院らしき画像を見せる。そして、動画から切り出したスクリーンショットと見比べられるようにしてくれた。この二つの画像の場所は、まったく同じであることは、疑いようがなかった。

「そうなると、この東京都内にハンターラビットの活動拠点がある可能性がありますね」

「少なくても都内で撮影しているのは間違いないと思います」

「編集長のおかげで大分取材が捗りそうです。本当にありがとうございます」

「いえいえ、こちらこそです。何かありましたら、またよろしくお願いします」

 編集部を後にした二人は、コーヒーチェーン店に入って話を整理していた。

「さすがはオカルト雑誌の編集長です。色々なことを知っていましたね」

「動画を都内で撮影していることもわかったしね」

「それで、これからどうします? とりあえず、法務局にいって登記からこの廃病院の所有者を確認して、話を聞いてみますか?」

「うーん。おそらく、ハンターラビットは無断で撮影したんだろうから無駄足になるんじゃないかな? テレビ番組じゃないんだから、わざわざ許可取って撮影なんてしないでしょう?」

「そうですよね。それじゃあ、Qチューブと各SNSの運営会社に取材を申し込んでみます。個人情報なのでアカウントについての情報は教えてもらえないでしょうけど、ハンターラビットの投稿について、運営としてどのように対応しているのかとか、その辺を詳しく聞いてみようと思います」

「私も、それがいいと思う。それじゃあ、早速アポを取ってみましょう」



 ボクは仕事柄、沢山の人と出会う。その中で、犯罪の被害者やその遺族と話すうちに、ボクはハンターラビットとジャスティスプロジェクトを思いついた。被害者の心を踏みにじるような犯罪を犯しながら、心神喪失で無罪となった者、少年法に護られた者。現在も逃走を続ける者。
 
 初めは、そんな法の裁きを受けない者たちへの復讐を代行していた。パニッシュマスターは、その当時ボクが名乗っていたニックネームだ。今ボクは、ハンターラビットとなっているので、その名前は仲間に譲っている。そして、ボクがパニッシュマスターとして復讐代行業をしている時に出会った、自分と志を同じくする人々に、この計画を打ち明け、仲間になってもらった。だから、ボクは彼らを信頼しているし、彼らもボクを裏切ることはないだろう。警視庁の公安課にもサポートメンバーがいて、警察内部の動きを教えてくれる。彼はボクを監視するのが本来の任務なのだが、ハンターラビットに心酔して、ボクに忠誠を誓っている。
 
 例外は加賀見だ。あいつだけは向こうからボクに接触してきた。加賀見はボクのことを完全には信用していない。だから、彼は唯一ボクを裏切る可能性がある人物だ。懸賞金のために、ボクは仕方なくあいつに自分の身体を差し出している。あいつは、ボクの尻が大好きな変態だから、身体を差し出しているうちはよろこんで金を出してくれるだろう。加賀見いわく、ボクの尻は彼のアレと相性がいいらしい。まあ、ボクは尻の奥が痛くなるのを我慢して、気持ちのいいフリをしてやってるくらいだから、少なくともボクはあいつとは相性がいいとは思っていない。お尻が壊れるくらい激しく突き上げてくるから、本当に嫌なんだが、懸賞金のためには仕方ないと、いつも自分に言い聞かせて我慢している。これも、ボクのジャスティスプロジェクトが完了して、この国が犯罪の無い社会に変わるまでの辛抱だ。ハンターラビットはそのためのきっかけにすぎない。例え、ボクがいなくなったとしても、ボクの動画の視聴者たちはボクの意志を引き継いで、犯罪を許さない市民たちが、犯罪者たちを野放しにせずにしっかりと裁いてくれる世界へと変えてくれるはずだ。
 


 警視庁捜査一課の佐々木が上司である課長の村井に状況を報告していた。

「犯罪情報等管理システムのアクセス履歴を調べてみましたが、例の容疑者の情報にアクセスしていたのは我々と公安課の職員だけでした」

「そうなると、内通者は公安の方にいる可能性が高いってことか?」

「そうとも言い切れません。公安課がアクセスしたのは、ハンターラビットが動画を投稿した後のようです。動画を見て、容疑者がどんな人物かを確認したとすれば、何も問題は無いです。他にも、サーバーの管理に詳しい人間が、アクセス履歴自体を操作している可能性もあります」

「システムの管理者がやったか、もしくは何者かがシステムをハッキングしたってことか?」

「システム管理は何か問題が起きれば真っ先に疑われますから、改ざんするとは思えません。一応聞き取りはしてみますが……。ハッキングですが、外部からシステムに侵入するは難しいと思います。ですが……」

「内部からアクセスすれば、そこまで難しくはないということか」

「そうです。セキュリティの強度も、内部の人間なら緩くなりますからね。知識のある人間なら、アクセス履歴を消すぐらいのことは簡単でしょうね」

「いずれにせよ、警視庁の内部にハンターラビットの協力者がいることはほぼ確定だな」

「考えたくはないですけどね。公安課が囮捜査として、ハンターラビット側と犯人の引き渡しを装って連絡を取ったみたいなんですが、失敗したと言ってました。警察側の動向が漏れているとみて間違いないです」

「これ以上、捜査情報が漏れるのは勘弁だ。犯罪情報等管理システムの使用はしばらく控えることにしよう。他の部署との情報共有のために使っているだけだから、使わなくても何ら問題は無いしな」

「こうなってしまうと、他の部署も信用できないですからね。私もその方がいいと思います。話は変わりますが、最近、東都新聞の記者が例の動画について取材にきたようです。広報課で対応したようですが、動画の中にまだ記者に公表されていない容疑者が登場したので、我々が捜査情報を漏らしているのではと疑っているそうです」

「東都新聞か。嗅ぎつけるのが早いな」

「広報課の方で個人情報を盾にして上手く対応してくれたようです。しかし、マスコミにも話が漏れているとすると厄介です」

「マスコミの中にも、ハンターラビットと繋がっている人間がいるかもしれないからな。とりあえず、我々も東都新聞には注意しておこう。捜査を担当している俺たちに直接接触してくる可能性もある」

「そうですね。後は、重要な手掛かりになりそうなネタが一つありました」

「すごいじゃないか。何があったんだ?」

「例の動画には、パニッシュマスターという人物が出てきますよね。このパニッシュマスターはハンターラビットの動画が投稿される前から活動していたみたいなんです」

「ということは、パニッシュマスターについての情報があるのか?」

「ええ。彼は凶悪犯罪に巻き込まれた被害者や遺族に接触して、犯人への復讐を代行していたようです」

「なるほど。漫画ではよくある話だが、本当にやっている人物がいたとはなあ」

「実はパニッシュマスターに復讐を持ちかけられた人物にアポを取ってあります。当時の状況を詳しく聞くつもりです」

「相変わらず佐々木くんは仕事が早いな。さすがだよ」

「ありがとうございます。いい情報を引き出せるようにがんばります」

 ◇

 ピンポーン。
 まだ多くの人が眠りについている朝六時、マンションの一室でチャイムが鳴る。

「もう、こんな早くに誰なの? 非常識な人ね」

 ベッドから飛び起きた遥は、上着を羽織って玄関へと向かう。
 
「おはようございます。警察です。玄関を開けてください」

(警察? なんでここに?)

 女性の声がする。玄関の前から話しかけて来たのは恐らく女性警察官だ。

「天音遥さんですね。あなたに逮捕状が出ています。玄関を開けてくれないと、こちらでドアをこじ開けて中に入ることになりますよ」

「待ってください。何かの間違いです。私は何もしていませんよ」

「話は署で聞きます。とりあえず、ここを開けてください!」



 ハンターラビットのサポートメンバーたちは遥が逮捕されたとの連絡を受け、愕然とした。

「遥さんが逮捕されるなんて。一体何が起きたんだ?」

「どうやら、スポンサーの加賀見が裏切ったようです」

「なんだって!?」

 実は、◯◯の正体は遥だった。

 スクープを出すことで有名な週刊誌に脱税疑惑で取材を受けた加賀見は、遥に全責任を押し付けるため、彼女を警察に売ったのだ。

「悪いな遥。私にも守らねばならないものがあってね。君はやりすぎたんだ」



 警視庁はハンターラビットの視聴者たちが暴徒化することを恐れ、その正体である遥を逮捕したことを公表しないことに決めた。

 加賀見は、遥に金を騙し取られた事にして脱税疑惑を払拭しようと考えていた。この週刊誌の記事は、芸能界や政財界の大物ですら失脚させてきた。そのため、彼は記事が世に出る前に自らの保身に走ったのだ。しかし、加賀見の考えは甘かった。ハンターラビットのサポートメンバーたちが、スポンサーの加賀見が裏切った事実を動画で視聴者に暴露することを決めたからだ。

 ハンターラビットの新しい動画が投稿される。しかし、何故か画面上に彼の姿はない。代わりに、パニッシュマスターが画面上に現れた。

「今回は視聴者の皆様に悲しいお知らせがあります。ある男の裏切りによって、ハンターラビットだった人物が逮捕されました。よって、今回の動画に彼は出演できなくなりました。彼の動画を楽しみにしていた視聴者の皆様、本当に申し訳ありません」

 パニッシュマスターは視聴者に対して、深々と頭を下げる。

「裏切り者の名前は加賀見崇。聖徒財団の理事長です」

 パニッシュマスターは加賀見が週刊誌で脱税疑惑の報道が出る予定だったこと、その事実によって、自身が失脚することを恐れて、ハンターラビットに全ての責任を押し付けて警察に情報を流したこと、彼の通報によってハンターラビットが逮捕されたことを淡々と説明した。

「ですが、安心してください。ハンターラビットの犯罪の無い世界を作るという意志は、私たちが受け継ぎます。我々の手で、このジャスティスプロジェクトを今後も継続することを、今、ここに宣言します」

 パニッシュマスターの後ろにハンターラビットのサポートメンバーたちが登場する。パニッシュマスター以外の全員が、ハンターラビットと同じウサギの着ぐるみの頭を被っている。

「最後に、我々は裏切り者の加賀見崇を決して許さない。ハンターラビットの思いを踏みにじった行為は万死に値する。加賀見、お前には私たちの手で必ず報復する。覚えておけ」

 動画配信が開始されてから、加賀見のスマートフォンには引っ切り無しに着信が入り、裏切り者、死で償えなどのメッセージがスマートフォンの画面に絶えること無く表示される。

「何が起きている? ハンターラビットは遥だけではなかったのか?」

 配信された動画を見た加賀見は驚き、全身から血の気が引いていく。彼は慌てて身を隠すが、怒り狂った視聴者たちによって自宅が特定されてSNS上に晒されてしまう。加賀見の自宅や聖徒財団の施設には、動画の視聴者たちが殺到して、抗議の声をあげていた。

「自分の保身のために仲間を売るなんて、バカな男です。もう、表舞台には出てこれませんねえ。日本のフィクサーと呼ばれてきた彼も、金が無ければただの小物に過ぎなかったというわけですか……」

 加賀見の自宅前で抗議のデモを行う支援者たちの様子を配信している動画を眺めながら、望月編集長がほくそ笑んだ。

「すでにハンターラビットは視聴者たちにとって、神に等しい存在になりつつあります。彼らはもう止まらないでしょう。これから何が起こるのか、本当に楽しみです」

 ハンターラビットのサポートメンバーが投稿した動画によって、警視庁はハンターラビットの正体である、東都新聞記者、天音遥の逮捕を公表せざるを得なくなった。逮捕された遥は東京拘置所に収監された。

 勾留中に検事から、遥の叔母の和美が青木ヶ原の樹海で遺体で発見されていたこと、遺体のそばに遥あての遺書があったことを知らされる。その遺書の内容を読んで、遥は両親が殺害された事件の真相を知る。
 
 実は、遥は幼少期に両親に虐待されていた。それを見かねた叔母の和美が幼い遥を助けようとして、誤って彼女の両親を殺害してしまう。
 和美は自首しようと考えたが、遥の顔を見ているうちに、遥が独り立ちするまで、彼女を育てることに決めた。
 和美は犯行現場を、強盗に部屋を荒らされたように見せかけることで、容疑者から外れることに成功した。
 
 そして、遥が新聞記者となった時に、彼女の元から失踪したのだった。遥は自分の探し求めていた犯人が、自分に一番近しい、かけがえのない存在だったことに衝撃を隠せなかった。

「和美叔母さん、そこまでして、私を守ってくれたんだね。本当にありがとう」

 遥は、胸がいっぱいになり、涙が止まらなくなっていた。

(叔母さんは自分が独り立ちするまで、責任を持って私を育ててくれた。私も、ハンターラビットとしての責任を全うしなくては――。仲間が、視聴者さんたちが、私を待っている。私は、彼らの期待に応えなくてはならない。そのために、私はハンターラビットになったんだから。和美叔母さん、私は最後まで、ハンターラビットを演じ続けるよ)

 遥は、複数人への逮捕・監禁罪で再逮捕された。しかし、警察と検察、いずれの取り調べでも、遥は黙秘を貫いた。取り調べ中、担当者はしばしば高圧的な態度で人格を否定するような質問をしてきたが、彼女はひたすら耐え続けた。その努力も虚しく、遥は起訴されて、裁判にかけられることになった。

「被告人、事件について話したいことはありますか?」

 裁判官が遥に問いかける。

「確かに私は、罪を犯しました……」

 裁判の場で、遥は冷静に語り始める。

「ですが、私のおかげでどれだけの犯罪者が裁かれ、どれだけの犯罪被害者や遺族が救われたか……考えたことはありますか?」

 傍聴席にいる遥の支持者たちが静かに頷く。

「本当に悪いのは、犯罪を未然に防ぐ対策を怠ってきた、政治家や警察、そしてあなたたち検事や裁判官ではないのですか? あなたたちは、犯罪が起きた後の事ばかり考えていて、犯罪を未然に防ぐことを軽視していましたよね? あなたたちが本気で犯罪を撲滅しようとしていれば、今、犯罪被害者として苦しんでいる人たちを守ることができたのではないですか? 私が犯罪者に懸賞金をかけて晒し者にする事で、犯罪自体が抑制されて、この国の治安が改善されたことは明らかです。私は、多くの犯罪被害者やその遺族の方たちを救ってきました。突然絶望の淵に突き落とされた、彼らの声を黙殺してきたあなたたちに、私を非難する権利があるのですか? 犯罪者たちを野放しにしてきた、あなたたちのこれまでの行いは、罪では無いと言えるのですか? 何もしてこなかったあなたたちに、この私を裁く権利があるのですか? この私、ハンターラビットは、あなたたちの代わりに、この国を犯罪の無い世界に変えようとしただけだ!」

 感情のこもった遥の発言に傍聴者のみならず、裁判員たちも心を揺さぶられ、涙を流す者さえいた。

「ごもっともな発言だ。だがな、お前が凶悪な犯罪者を一般人に捕まえるように仕向けたせいで、大勢の人間が返り討ちにあい、犠牲者も出たんだ。俺はお前のやり方を認めないからな」

 傍聴席にいた捜査一課長の村井が、遥を恨めしそうに睨みつけながら呟いた。

 マスコミが公判中の遥の発言を取り上げるたびに、SNSでは彼女を擁護する支援者の数が増えていき、世論は大きく二分された。遥を【救世主】と崇める支援者たちは、彼女の解放を求めて連日デモを起こした。

 そして、東京拘置所の前には支援者たちが殺到した。

 次第に支援者たちは暴徒と化し、本会議中の国会議事堂を襲撃する。国会議員を人質に取って、クーデターが勃発した。

「ハンターラビットを解放せよ!」

 国会議員たちは彼らの要求を拒否した。しかし、東京拘置所の敷地内へと突入した信者たちによって、遥は解放された。支援者たちに担がれながら、彼女は静かに目を閉じる。

(和美叔母さん、あなたのおかげで、私はここまでこれました。本当にありがとう。ここからは、私がこの国を、犯罪の無い理想の世界に変えてみせます)

 遥は、もはや一人の新聞記者ではなく、支援者たちから【神】として信奉される存在になっていた。内閣が人質となる事態は、自衛隊の統制権を奪われたことに等しい。さらに、ハンターラビットの信者となっていた自衛隊の一部は、自主的に国会議事堂の周囲を守っていた。
 
 こうして、ハンターラビットと支援者たちはクーデターに成功した。衆議院議場の議長席に座った遥は、彼女の支援者たちに、日本から犯罪を無くすために尽力することを誓った。