「ちょっと、寄ってかね?」
 コンビニで酒を買い、家に向かっている道途中。明がそんなことを言い出した。
 指差したのは、マンションのそばの小さな公園。夜の公園なんて、子どもでも来やしない。
「寒いだけだろ」
「いーじゃん。ちょっとだけ」
 ぐい、と腕を引っ張られる。逆らう気も起きなくて、そのまま引きずられるようにベンチに座った。街灯に照らされた砂場が、白っぽく霞んでいる。誰もいない公園は、思ったより静かで、やけに世界が広く感じた。ときおり吹き付ける夜風が、心を凍りつけるように寒かった。
「なあ」
 不意に、明が声を落とした。
「おまえが死んだら、俺も死ぬからな」
「――は?」
 思わず、顔を向ける。明は、なんでもないみたいに笑っていた。
「いや、マジで。俺、秋司がいなかったら生きていけねーわ」
 軽い調子で、でも、どこか本気に聞こえた。冗談だとわかってる。わかってるくせに、心臓がばくばくとうるさい。
(今日の明、やっぱりおかしい)
 どうして「死ぬ」とか、「死んだら」とか、背筋が凍るようなことばかり言うんだろう。哲学の授業を受けたからって、こうも看過されるか? いや、今日に始まったことじゃなかった。明はときどき、おかしくなる――。
 不安に駆られて、俺は指先を擦り合わせた。
「明、重たすぎだろ。友達に向かってそんなこと言うやつ、いねーよ」
「いるよ、ここに」
 明はへらっと笑って、俺の髪に手を伸ばした。手のひらでそっと撫でるように、乱雑に撫でるでもなく、指先ですくうでもなく。
 心臓が、また跳ねた。
「あのさ。なんで、こういうことすんだよ」
 聞かずにはいられなかった。自分でも、震えてるんじゃないかと思った。明は、手を止めない。俺の髪を、ほんの少し、指に絡める。
「……好きだから」
 まるで独り言みたいに、明はぽつりと呟いた。けれどその声は、耳に張りついて離れなかった。気軽な調子なのに、どこか、取り返しのつかないことを言ってしまったような――そんな、静かな重さがあった。
 俺の世界がいま、ぐらりと傾いた。
 街灯の下で、明の瞳だけが、やけにまっすぐに見えた。
「あ、ああー! 親友だから、の好きね! 真顔で言うから焦ったじゃん」
 笑い飛ばしてみたけれど、明は笑わなかった。ただ、じっと俺を見透かすように見つめていた。
 昼間より暗い輝きを放つ、琥珀色の瞳。その中に、へらへらと情けない顔をしている俺が映っている。
「今夜、秋司の家に泊まっていい?」
「え、いいけど……」
「じゃ、決まりな。帰ろうぜ」
 俺の動揺を気にもせず、明はベンチから立ち上がる。そしてふんふんと鼻歌を奏でながら歩き出した。慌ててあとを追いかけながら、明の言葉ばかりが頭をぐるぐるして――家に着いた頃には、もう日付が変わっていた。
 結局開けなかった酒の缶をテーブルに置き、ベッドに倒れ込む。明は祖母が使っていた部屋でもう寝ていた。
 カーテンの隙間から、街灯の光が斜めに差し込んでいる。何度も寝返りを打って、ため息をついて、また天井を仰いだ。
 明の顔が、指先の感触が、すぐ隣で笑っていた声が、消えてくれない。
(バカみてえ)
 思わず、枕に顔を埋める。湿っぽい匂いがした。
 俺は、もっとドライに生きたかった。そうすれば傷つかずにいられるから。誰にも期待しないで、誰にも寄りかからないで。なのに。気づけば、あいつのことで頭がいっぱいになってる。
 ――おまえが死んだら、俺も死ぬからな。
 ふざけたように言ったくせに、あのときの明は、本気だった。もしも。もしも、ほんとうに、あいつがいなくなったら。俺は――
(……バカ。変なこと考えんなって)
 目をぎゅっと閉じる。
 知らなきゃよかった。知ったら最後、もう戻れない。夜が、じわじわと胸に滲みていく。
 明日も、明に会える。
 それだけを支えに、俺は目を閉じた。