きみの痛みを、ずっと見ていた

 ――季節は、冬の終わりだった。
 中学一年の三学期。母親が死んだ。自殺だった。
 父親はとっくに家を出ていたし、祖父母と一緒に暮らすことがすぐに決まったが、どこか作り話の中にいるみたいだった。あんまり現実感がなかったから。
 そして、学校での立ち位置も急激に変わった。母が死んだことでクラスでも変な噂が立って、誰も俺に話しかけてこなくなったのだ。
 そんなときだった。明だけが、教室で当たり前のように声をかけてきた。
「ねえ、高瀬くん。これ、昨日見つけた面白い猫の動画。めっちゃ笑えたから、見てみ?」
 無造作に見せられた、スマホ画面。自分がなにを見たか、笑って語るその明るさに、最初は戸惑った。
「……悪いけど。今はそういう気分じゃない」
「うん。けど、こういうときは笑ったほうがいいと思う」
 そう言って、明は俺の顔をまっすぐ見た。
「秋司って呼んでもいい? 秋司の笑顔を一番見たいのは、俺だよ」
 その言葉が、どうして今でも胸の奥に残ってるのか、俺はそのときわからなかった。
 そして――その次の日。明はまた当然のように話しかけてきた。なにを見たか、どこが面白かったか、たぶん俺の反応なんかお構いなしに、まくし立てていた。それが、妙に心地よかった。なにも気を遣わない。哀れまない。そういうやつが、この学校にいるとは思わなかった。
 いつのまにか、給食の時間も一緒に昼飯を食べるようになっていた。休み時間は一緒に遊んだし、家まで肩を並べて帰った。
 俺はなにも言わなかった。ただ、明の隣にいると呼吸がしやすかった。
 家に帰る途中、ふと後ろを振り返ると、ついさっき別れたはずの明が自転車で後ろを走っていることもあった。
「なんでついてきてんだよ」
「別に? 同じ方向じゃん」
「お前ん家、駅の反対側だろ」
「んー。じゃあ、気分転換ってことで」
「……はあ?」
「秋司の家の方が、夕陽がきれいに見えるからさ」
 そう言って、明は笑った。俺はなにも言えなかった。言わなくても、明がただ俺を心配してついてきたことは、わかっていた。
(俺はガキじゃねえっての。……このやろう)
 その日、少しだけ笑った。たぶん、本当に少しだけ。
 それから明は、たびたび俺の家に遊びに来るようになった。家の茶の間で、ジュースとスナック菓子で騒ぎながら、映画を観たり、ゲームをしたり、宿題を投げ出したりした。
 俺の家が好きだと、明は言った。静かで、安心すると。
 ――たぶん、それは嘘じゃなかった。
 気づけば、あの家の“無音”が、少しずつ、和らいでいった。俺は、ひとりじゃなかった。



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