「みんな、聞いて聞いてー! 今日は“青春を感じる大実験”として、チーム対抗お弁当対決を開催します!」
 放課後の家庭科室。笑陽の宣言に、全員が微妙な反応を見せた。
 「お弁当……対決?」
 黒沢は眉をひそめ、そっとエプロンを握りしめる。だがそのエプロン、サイズが合っていない。袖が出ない。つまり、小学校のやつだ。なぜか捨てられず家にあったらしい。
 「まさか、その“青春”とやらを、から揚げで表現するとか言い出さないよな?」
 「逆になんでから揚げ一択?」
 「いや、なんとなく。青春って油っこいイメージあるし」
 「誰の胸やけ青春!?」
 笑陽がツッコみを入れる横で、安部元明がテンションMAXで叫ぶ。
 「こーなったら!オレたち男子チーム、伝説作ろうぜ!」
 「え、チーム分けされたの?」
 「うん」と、袖香がうなずく。「男子チーム:黒沢・安部・高島・長岡。女子チーム:笑陽・私・優希菜・魁哉」
 「地獄の始まりって感じだな……」
 黒沢は苦笑いを浮かべながらも、流れに逆らえずエプロンを装着。ちなみに、安部のエプロンにはなぜか炎の刺繍がされている。母親の“魔改造”らしい。
 「よし!男子チーム、作戦会議開始だ!」
 「まずは現状把握からにしよう。調理経験値を正直に言おうか」高島が穏やかに切り出す。
 「オレはキャンプでカレー作ったくらい!」安部は即答。
 「俺は……レトルトパウチの温め技術に定評がある」黒沢は渋く答えた。
 「僕は……米炊きアプリ、入れてる」長岡が冷静にスマホを掲げる。
 「……全滅だな」
 一方、女子チームはというと――
 「じゃあ私はサラダと卵焼きやるね!」
 「私はおにぎり担当。中身は梅干しリベンジ!」
 「じゃあ、私は味噌汁とスイーツいく」
 魁哉は無言で調理器具を整える。流れるような手つき。
 完全に“職人”。
 「……勝負、ついたな」と黒沢はそっと敗北宣言したくなった。
 しかし、男たちは燃えていた。いや、安部だけは本当に燃えていた。というか、玉ねぎを炒めて煙を出していた。
 「うおぉぉ! 玉ねぎの涙ってやつだああ!」
 「ちょ、違う、火力下げて! 炎上してるからそれ!」
 火災報知器が鳴らないことを祈りながら、男子たちは無謀な料理戦争を続ける。
 黒沢はふと、調理台の端に立つ長岡の姿に目をやった。彼は一人、パスタを茹でていた。
 「……和風お弁当なのに、なぜパスタ?」
 「イタリアにも青春はある」
 「名言っぽくすな!」
 混乱の中でも、不思議な一体感があった。誰かが失敗しても、笑い声が起こる。安部が卵を床に落としても、高島が優しく「2個目行こう」と言ってくれる。
 「やっぱチームっていいな」と安部がこぼす。
 「……たしかにな」と黒沢も頷いた。
 出来上がったお弁当は――
 女子チーム:栄養バランス抜群・味も見た目も◎・梅干しは完璧。
  男子チーム:なぜかカレー風味の焼きうどん・破裂したゆで卵・焼け残りのパプリカ。
 「……見た目の時点で、勝負ついたな」と笑陽が笑う。
 だが――
 「おれたちは、“達成感”では勝ってると思うんだ!」と安部。
 「まぁ……頑張った味はする」と優希菜が一口食べながら微笑んだ。
 そして、魁哉がポツリ。
 「青春って、たぶん……完璧じゃない方が、それっぽい」
 沈黙が流れる。みんな、なんとなく頷いた。
 「……じゃあ次は、どんな“バカなこと”やろうか」
 笑陽が、少し照れくさそうに言った。
 「“きれいごとじゃない青春”を、本気でやってみようよ」
 風が吹き抜け、また少し、夕焼けが濃くなっていた。