妙に明るい迷宮の階段を昇り切って外に出ると、案の定外はもう薄暗い。人の目にも困らない程度ではあるけど、ちょっとした見落としが増えるくらいの明るさ。

 そんな中で、目の前には明らかに堅気ではなさそうなスーツで強面の人たちが二十人くらいで迷宮の入口を囲んでいる。
 彼らの足元には、震えた老人たち。何人かは赤ん坊を抱えているね。

『何だこれ』
『こわ』
『どういう状況?』
『ハロさん大丈夫?』

 配信付けたままなの、失敗したかな。

「こんにちは。いや、もうこんばんはかな、お兄さんたち。それで、怖そうなお兄さんたちが、私みたいな小娘にいったい何の用かな?」

 正面にいた白い小奇麗なスーツを着た男を見て言う。
 一人だけどこにでも居そうな、いわゆる堅気(かたぎ)っぽい人。歳は、三十路に届くかってところ。

 隣にいる目の下に傷跡がある巨漢の方がボスっぽいけど、血の匂いが一番濃いのがあの普通の人なんだよね。

「ちょっとばかし、小耳に挟んでね。このおかしな世界で配信なんてして、馬鹿みたいに稼いでる嬢ちゃんがいるって」

 男は肩を竦めて見せるけど、油断はしていない。だからこそのお爺さんたちかな。

「確かにそれは私だけど、だったらどうするの?」
「なに、簡単だ。俺たちに嬢ちゃんのspを分けてくれやしないか? この通り、老人や子どもが多くてね」
「嫌だけど?」

 男は当然って顔。想定通りみたい。

「何も全部とは言わねぇよ。この後飲む水代くらいは残してくれていい。でもよ、子は宝って言うだろ?」

 自分でspを使えないなら飢え死にするって言いたいのかな。

「残念だけど、あなた達に渡すspは無いなぁ。仮にお爺さんお婆さんに渡しても、どうせ後で全部奪うんでしょ?」
「まあそうだが、残念だ。じゃあ使い方を変えよう」

 強面たちが人質に各々武器を向ける。青龍刀だったり拳銃だったり、ドスだったりで色々だけど、ともかくこれで漸く力でサクッと解決できる。
 配信しちゃってるから、一応正当防衛ってことにしてから手を出したかったんだよね。

『人質とか最低……』
『ハロさん、助けてあげて!』
『これだからヤツらは』

 コメント欄の反応的にも大丈夫だ、ね……?

「ちょ、待っ――」

 私が叫ぶより早く、正面にいた男の青龍刀が振り下ろされた。白いスーツに、赤い飛沫が散る。
 
 世界が止まったのかと思った。コメント欄すら動かない。
 徐々に時は動き出して、嫌でも私に現実を認識させる。

『嘘だろ……』
『なんで』
『ちょっと俺、無理』
『くそじゃん』

「あー、やっぱいいねぇ、この感触」

 赤ばかり鮮明に映る視界の中で、男は笑っている。

「ハロさんよ、さっさと有り金全部置いて行かねぇと、どんどん犠牲が増えるぜ? まあ俺はそれでも構わねぇけどよ」

 何言ってるんだ、こいつは。

「いや、有り金全部じゃ足りねえな。ついでにお前も俺の女になれよ。そしたら、こいつらも生かしておいてやるよ」

 本当に、何を言ってるんだこいつは?

「見え透いた嘘ね」
「そんな事ねえ。今は、生かしてやるさ」

 下卑た笑み。下品で、本当に、クズのような。

『今はって、後で殺すって言ってるようなもんじゃん』
『え、そういうこと?』
『八方ふさがりじゃんやば どうすりゃいいんだよ』
『ハロさん頑張って』

「おーおー、応援されてんぜハロさん。無責任なこいつらの期待に応えてひと暴れするかい? この人数に?」

 それしかないと分かって言ってるんだ、こいつは。

「おっとー、手が滑っちまったぜ。あーあー、また一人死んじまったぞ? ちげーわ、二人だ。ガキもいた」

 くっ……。
 いいよ、分かった。お望みどおりに、暴れてやろう。

「後悔して」

 まずは人質を解放する。
 魔法で地面から壁を生やし、お爺さんお婆さんを囲う。距離があるから時間がかかったけど、不意を打ったお陰で間に合った。

『ナイス!』
『ぎりぎりセーフ!!!』
『こいつら、躊躇なく殺しにいったぞ、なんでだ』
『あれか、レベルアップ狙いか?』

「コメント欄のお前、正解だよ。人間ってけっこういい経験値になるんだぜ?」

 やっぱり、それも考えていたか。
 私はあの女の子を助けた時に知った事だ。

「この女がそれなりに強いのは知ってるからよ、ちょっとでも確実にやらないとだろ?」

 こいつ、まだ何か隠してる?
 いや、関係ない。もう容赦しない。

「だから、こういうもんも仕掛けてたんだ」

 爆発音が響き、空気が揺れる。
 音の出どころは、私の作った壁の内側。男が腕時計の横を摘まむのと同時だ。

「知ってたか? こういう形でもレベルは上がる。ついでにspもな」

『下種野郎!』
『死ねカス!』
『てめぇらなんか生きてる価値ない!』
『最悪だ……』
『怖すぎだろ』
『ハロさん逃げて!』

「コメント欄でわーわー喚くんじゃねぇよ。もうちょっと我慢してたらこの女のいい所が見られるんだからよ。感謝しろよ?」

 男の暗い色を湛えた瞳に悪寒が走る。
 気持ち悪い。ただただ気持ち悪い。

 一応配信内では殺さないようにしようと考えてたけど、知らない。

 無言で地面を蹴り、一番手近にいた男を真っ二つにする。
 続けて尾で隣の男の足を取って転ばせ、顔面を踏みつぶした。地面が割れ、再びコメント欄が止まるけど気にしない。