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 福岡周辺の山の幸海の幸を楽しんだ後は、そのまま西の方にある迷宮へ移動した。
 その際に人化を解くよう言われたのは、この立ち会いがただの趣味で無いからだろう。

 道すがら聞いたところによると、件の敵対勢力の町もこの方向らしい。
 
 時刻は昼下がり。
 着替えは、鬼秀の家で済ませてある。

「ギャラリーが多いね」
「うちの若いのが殆どだ。気になるか?」

 向かい合っているのは、迷宮の入り口を守る板張りの武道場。
 おあつらえ向きな事で。

「別に」
「そうか」

 説明の内容に反して、鬼秀へ好意的な目を向ける割合は七割ほど。
 若いの、新参者、か。

 なるほど、そういうやり方。
 これは、件の元幹部には態と反乱を起こさせたかな?

 ていうか、私には関係ないと言っておいて、利用する気満々だね。

 まあ、これくらいは良いだろう。
 そも、彼に相応の力が無ければ意味のない事。

 そしてそれだけの力があるのなら、私も楽しめる。

「じゃあ始めようか」
「ああ」

 いつもの着物の襟を整え、槍を構える。
 私の勘が言ってるからね。本気を出すに値するって。

 周りへの被害は、抑える準備があるでしょ。

「いくよ」

 告げると共に地面をひと蹴り。
 肉薄して、槍を振り下ろす。

「マジで速ぇな!」

 なんて言いながらも鬼秀はしっかり目で追っていて、柄の部分を片腕で受け止める。
 彼の倍以上の魔力で強化してるんだけど、さすが鬼の始祖って所かな。

 槍を戻す反動で体を横に回転させ、ガードの上から回し蹴り。
 
「うぉっ!?」

 想定外に重かったのだろう。
 驚愕の声と共に鬼秀の足が浮き、十メートルばかり吹き飛んだ。

 空中だからと油断したんだろうけど、残念ながら龍の私には関係ない。
 空を踏むなんて、息を吸うにも等しい行為だ。

 追い討ちに、いつもの雷。
 これくらいで死ぬような相手じゃない。

 そう思って撃ったんだけど、鬼秀はニッと笑って正面から受ける。

 ダメージは、無し。
 それ以前に弾かれた感覚があった。
 あの熊もどきに撃った時と同じ感覚だ。

「鬼の神通力、ね」

 続けて氷、炎と打つけてみるが、結果は同じく。
 
「俺に魔法の類は効かねぇぞ」
「そうみたいね」

 魔法無効?
 いや、感覚的には魔力による現象そのものを消されたような……。

 破魔の力とか、そんな所かな。
 
「貴方との肉弾戦を強制とか、嫌がらせも良い所ね」

 意識外から撃ってみたりなんなりしても意味は無し。
 厄介な。

「褒め言葉と受け取っとくよ」

 今度は向こうから仕掛けてきた。
 見覚えのある構えをとって突っ込んで来る。

 あれだ、空手。
 目潰しは首を捻って避け、正拳突きは手の平で受け止める。

「痛いじゃない」
「痛いで済むのがおかしいんだけどなっ!」

 蹴りをガードするのに手を離させられてしまった。
 追撃が来そうだったので、尻尾で側頭部を狙って防ぐ。

 コイツ、普通に上手い。
 間合いを潰されて好きなように動けない。

「やるね」
「そりゃどうも」

 口角が僅かに上がる。
 金色の瞳が爛々と輝きだし、魔力が溢れる。

 今のやり取りで一つ分かった。
 鬼秀の破魔の力はやはり魔力による現象に作用するものだ。
 けど、それでは身体強化を阻害されない説明がつかない。

 いや、厳密にはされている感覚がある。
 想定するより何割か威力が低い。

 じゃあこの魔法と身体強化の違いは何か。
 それは、身体からの距離と魔力密度。

 つまりは魔力に対する支配力でゴリ押せる。

「魔法は効かないって言っ――」

 直前で勘付いたらしく、鬼秀は回避行動をとった。
 雷を避けられるのも凄いけど、ちゃんと気づくあたり流石だ。

「あら、魔法は効かないんじゃなかったの?」
「その筈なんだがな?」

 向けたのは、普段の倍の密度で術式を構築した雷の魔法。
 彼に近づく程に分解はされていたけど、十分な威力を保ったまま着弾しそうだった。

 離れた状態でこれなら、近くでは?

「色々試させてもらうわ」

 動きは、最初の焼き直し。
 私が一足飛びに接近して、槍を振り下ろす。

 動きが止まるのを嫌ったのか、今度は避けられちゃったけど、尾の射程圏内だ。

 脚に尾を巻きつけて捕まえ、掌底。
 
「ぐっ……!」

 腹筋を硬くされて思った程のダメージにはならない。
 けど、狙い通りの体勢だ。

「歯、食いしばりなさい」

 当てた掌から雷の魔法を発動。
 同時にもう一歩踏み込む。

「ガハッ!」

 肉が焼け、鬼の目から水分が蒸発する。
 込めた魔力は普段の五割り増し程度だから大丈夫かと思ったけど、想定以上の威力だ。

 これは、やり過ぎた……?

 顳顬(こめかみ)をヒンヤリとした汗が伝う。
 急いで回復させないとマズイかな?

 なんて、恐る恐る容体を見ていた私の顔面を、影が覆った。
 熱を感じると共に、自分がたたらを踏んだのが分かる。

「つぅっ……。こっちの力は初めてマトモに使ったな」

 回復した視界で(のたま)うのは、全身から煙を上げながらも傷一つ無い肉体を見せ付ける鬼の始祖。
 そして、鼻から口へ流れる熱の感覚。

 左手を添えると、掌が真っ赤に染まる。

 血だ。

「初対面で求婚した女の顔面を殴るとか、あり得ないと思わない?」
「そういうアンタは、つくづく言葉と表情が一致しねぇな」

 口角は限界まで吊り上がり、見開いた目は満月のようだろう。
 知ってるよ。自分がどんな表情をしているかなんて。

「普段からそれくらい表情豊かなら、もっと魅力的なんだがな」
「戯けたことを」

 眼前にいるのは、私に五十年ぶりに血を流させた鬼だ。

 殆ど不意打ちとは言え、それさえ並大抵の力で出来る事ではない。

「そんな事よりさ」

 間違いなく、最上位の強者。
 本気を出せる相手。
 こんなの、楽しまなければ損だ。

「もっと遊ぼうか!」

 コイツの目的なんて、もうどうでも良い。
 満足いくまで、遊ぼう!

 常なら必殺となる一撃を互いに打ち合う。
 牽制で衝撃波が生まれ、躱された魔法に外野が死を覚悟する。

 彼の超回復は私の与えた致命のダメージを無に帰し、鬼の剛力が龍の鱗を抉る。
 
「ふふふ、良いね!」

 飛び散る赤が、着物の黒に映えて美しい。
 
「これはどう?」
「クソっ、こんな所でブレスなんざ撃つんじゃねぇ!」

 悪態を吐きながら破魔の力を拳に集中し、一秒だけ溜めた私の息を相殺する。
 力の使い方が上手く成っていってる。
 それで消滅した腕だって、次の瞬間には元通りだ。

「良いね!」

 私の気分が高揚すると共に、戦いはどんどん激しくなる。
 もうどれだけ戦っているかも分からない。

 ああ、この時間が永遠に続けば良いのに。

 そう願っても、終わりはやってくる。

 決定的なのは、やはり魔力の差だ。
 如何に優れた神通力を持とうと、それを行使する魔力が無ければ意味がない。

 気がつけば彼の魔力は底を突き、雷の殴打で焼かれた腕が回復しない。

 私も鬼秀も、互いの血に(まみ)れ、息が荒い。
 まるで、情事の後のような気分だ。

「楽しかったわ」
「そうか、そりゃ良かった」

 ニッと笑う鬼秀の懐で腕を引き、ひと突き。
 私の拳が彼の水月を穿つと共に、楽しい楽しい遊戯の時間は、幕を下ろした。

「ふぅ……」

 残心を解き、荒ぶっていた魔力を鎮める。
 それから、仰向きに倒れた鬼秀を回復してあげる。

 合間に周囲へ視線を走らせると、彼を見る目に宿る色は明らかに変わっていた。

 元々彼へ敬愛を向けていた七割は更にその色を強め、二割も同じ色に染まっている。
 そして残りの一割は、恐怖の色で鬼秀を見ていた。

「目的は達せられたみたいよ」
「一つを除いてな」

 一つ?
 ああ、そういう。

「残念だけど、まだまだ負けてあげられない」

 起き上がろうとする彼に手を貸してやる。
 
「これから先、俺が勝ったら……いや、止めておこう。今本気で殴られちゃ死にかねん」
「賢明ね」

 懲りない男だ。

 まあ、もしもの時は大人しく聞いてやるくらいはしようか。
 受け入れる気は無いけどね。

 さて、次は四国か、中国かだね。
 どっちかでちょうど良い迷宮を見つけたら、配信をしようかな。