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 始まりの聖戦と呼ばれるようになったあのスタンピードから、五十の年が過ぎた。

 人間(じんかん)云々なんて言われる事もあるけど、五十年というのは人の世が変わるには十分すぎる時間だ。
 人間たちの集落は街となり、都市となり、中には国となった地域もある。

 種族変化した者たちは兎も角として、人間種族であの戦いに参加した者の多くは天寿を全うした。
 長を務めた中で生きているのは二人だけか。
 一方は戦後にすべき事を終えてすぐに王位を譲っていたけど。

 まあ、有事の長たり得ることを優先した面子ではあったから、その判断は正しかったのだろう。

 何にせよ、私が直接選んだ人間の王は最早存在しない。

 種族変化した者たちの殆どは寿命も延びたようで、顔ぶれに殆ど変化はない。
 世代交代した王は獣人くらいか。

 けど、生活様式はそれぞれの種族性に応じてかなり変化していた。
 価値観も各々の中に馴染んでいって、少しずつすれ違いもおき始めている。

 まだ戦友という意識が残っているから決定的な対立にはなっていないけど、時間の問題だろう。
 同一種族内でも、出奔して新たに町を作った者たちがいるし。

 まあ、もし人間種族同士で争う事になったとしても、私は何もしないけどね。
 どうぞご勝手にって感じ。

 私を信仰している精霊たちは自然に近い存在だから、争いに巻き込まれるとしたら誰かに手を貸す形でだろう。
 それも私は止めない。
 好きにしたらいい。

 そうやって集団が纏まったり、消えたりして大小さまざまな国が出来るんだろうね。
 今は謂わば過渡期だ。

 そんな中で私はどうかって言うと――

「夜墨―、コーヒーとってー。……ん、ありがと」

 うん、いつも通りです。
 今日もソファにごろごろしながら読書です。

 いや、訓練したり配信したりもしてたよ?
 コメント欄でお馴染みの人たちは長命種なんだろうなーなんて思いながら。

 お陰様で懐はホクホク。
 蔵書量もちょっと、凄く、かなーり増えて、書庫を増設したくらい。
 ちょっとした図書館並にはなったかな。

「夕餉はどうする?」
「ん-、そうだね……」

 交換しても良いんだけど、交換に必要なsp、最初期の何十倍何百倍って数字になってるんだよね。
 水はまだマシな方で、一杯三百spくらい。
 けど野菜なんかは一つ四桁以上のspが必要になってしまってる。

 それもあって人間たちは昔のように自家生産が主だよ。
 spを使うのは最終手段って感じ。

 自分の支配領域に対象のものがあれば、けっこう安くなるんだけどね。
 だから統治者には物の生産で手に入ったspの一部を税として招集して、統治に利用してる人も多い。
 市井の人々にはspは必要性の低い貨幣って感じ。

「よし、ちょっと渋谷迷宮と近江迷宮に行ってくる」
「渋谷の方は私が行くか?」
「あー、うん、お願い。お米ね」

 配信のやる気がいつ無くなるか分からないからね。
 一応節約。
 そして本を交換する。

 旧時代の物を手に入れようと思ったら依然spに頼る必要があるから。

 読んでいた本に香木を削って作った栞を挟む。
 近江迷宮に行くのは、迷宮の転移機能ですぐだ。

 この五十年の間に攻略したんだ。
 全百二十階層で魚の下半身を持った牛が最下層の守護者だったよ。

 そいつから手に入る牛肉と魚肉が美味しいんだ。
 今夜はそれで丼を作る。
 
 あ、ついでに海の方に行ってイクラもとってこよう。
 海の方まで行けば多少は安くなる。

 新しく攻略した迷宮はいくつかあるけど、イクラが手に入る所は無かった。
 
「ん、ウィンテさんか。今日は令奈(れいな)さんもいるんだね」

 相変らずウィンテさんは私の数倍の頻度で配信をしてる。
 検証事項は生活的なものから科学的な実験にシフトしてはいるけど、生き生きしてるので見ていて楽しい。
 可愛いし。

 令奈さんは、しぶしぶって感じだ。
 彼女としては手の内をあまり晒したくないのだろう。
 
 それでも従妹であるウィンテさんに頼まれると弱いみたいで、時々検証に駆り出されている。
 ウィンテさんからの矢印が顕著だけど、令奈さんは令奈さんでウィンテさんの事を慕っているみたいだから微笑ましい。

 その令奈さんのステータスネーム(SN)、配信コメントやスレッド上で出てくる名前が晴明(せいめい)なのは少し笑ってしまった。

「まあ、こんなものかな」

 私も夜墨も量を食べるから、ちょっと多めに。
 魔力式のキッチン用具は残念ながらまだ発明されていないから、いつも通り自分の魔法で調理するよ。

 海上から近江迷宮に戻る途中、大津のあった辺りに街を見つけた。
 この数年で出来た街かな?

 そういえば少し前に、私の選んだ神戸の王の子どもが一人出奔して、街を作ったって言ってた。
 これがそうなのかもしれない。

 弟が後継者に選ばれたのが我慢ならなかったんだったか。

 少し足を止めて、上から街の様子を覗いてみているけど、私でもコイツは跡継ぎに選ばないな。
 癇癪持ちな時点でかなーりのマイナス評価なんだけど、新しいルールを作るのに個人の感情を多分に入れている。
 殺しへの罰則より強姦への罰則を大きくしたら何が起きるのか、説明された上で押し通すだなんて。

 極端な話、これでは殺しを推奨しているのとあまり変わらない。
 罪を軽くするためには強姦後に殺す方が良いなんて話になってしまうんだ。

 もし彼が神戸の王を継いでたら、私が与えた王の証、通称王権を没収してたよ。

 まあ、出奔して作った街ならどうでもいいけど。
 私に任命責任無いし。

 よし、帰ろう。

「ただいまー」
「帰ったか。キッチンに置いてあるぞ」

 ソファの定位置で丸くなっている夜墨に礼を返し、キッチンへ向かう。

 たしか冷蔵庫に美味しいワサビと出汁醤油が残ってたはず。
 うん、あるね。

 さ、それじゃあ腕に縒りをかけて作りますかね。