私が目覚めたのは、ロードが龍として生まれ変わった瞬間であった。
 冷たい石のブロックを積み上げられた、少しばかり窮屈な一室は、初めて見たはずなのに馴染みを感じて、奇妙に思った事を覚えている。

 自分が何者であるかは、次元の壁に隔たれた下より伝わってくる、主の気配と共に理解した。
 私が私となる以前、何であったかも同時に知ったが、今となっては関係のない事だ。

 目覚めてから暫く。
 熱の感じられない床に寝そべりながら主人の来訪を待ち続けた。

 されど、その時は一向に来ない。
 せめて挑戦者でも来てくれれば良かったのだが、生まれたばかりの迷宮に、変容したばかりの世界。
 そんなもの、望むべくもなかった。

 結局ロードと初めて(まみ)えたのはいつの事だったか。
 床の隠し階段から現れた彼女は、龍にしては貧弱な体に、龍としても膨大過ぎる魔力を宿していた。

 ただ定めに従って仕えるのみと思っていた考えは、この時変わった。

 だからだろう。
 ただ守護者としてあれば良いだけの筈なのに、契約という抜け道を示したのは。

「夜空を染める墨の如き黒い鱗と、星のように美しい瞳を持つ君に」

 彼女のその言葉で、私は『夜墨』となった。

 迷宮との繋がりが途切れ、ロードとの直接的な繋がりが出来るのと同時に、()()は流れ込んできた。
 元々、彼女の魂の一部を材料として生み出された私だ。
 受け皿として丁度良かったのだろう。

 ロードが龍として、その目的に生きる上で邪魔になったものも、元は彼女の一部だ。
 龍になっても消え去った訳ではなく、魂の内で(おり)となって漂っていた。
 その澱が、私の魂に流れ込み、私の今の自我を形作った。

 ロードが私を自分と認識しているのも、これが理由だ。
 事実、それは間違っていない。

 従者としては、ロードより受け取ったこの性質は好ましいだろう。
 しかし、人としてのあり方も望んでいたロードの、数少ない人間らしい一面がロードの内から殆ど消えてしまったことも示していた。

 スタンピードの発生する未来を知った時、簡単に人間どもを見捨てようとしたのはその為であろう。

 人の道を望み、人龍という特異な龍となったロードは、ふとした拍子に人外の道へ入ってしまう。
 それを諫め、望む道に戻すのも、私に求められた役目なのだろう。

 その私が人ならざる龍の身というのは、些か皮肉ではあるかもしれないが。

 だが、まあ、間違ってはいないのだろうな。
 人ならざる視点ではあるが、朝日に照らされながら人間たちの守った街を眺めているロードの様子を思えば。

「私が私らしくあれるように、これからもよろしく頼むよ」

 僅かばかり心の内を変化させたロードの問いへ、私は密かに口角を上げ、了承の返事を返した。