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 百階層以降は、概ね私の期待通りだった。
 百十階層の守護者こそ百階層の鬼に少々劣っていたけど、その後の上り幅は百階層以前の比ではない。

 百六十階層の守護者は私とも幾らかまともに戦えるほどだったよ。

 ただ、守護者の部屋が白木の間から注連縄のかかってる以外不気味なだけの洞窟に変っちゃったのは残念だった。
 あの内装は気に入ってたからね。

 あとは。途中の雑魚たちが死後残すドロップアイテムの質も上がっていたけど、持って帰るのが面倒なので殆ど拾っていない。
 魔石をいくつか懐に入れたくらいかな。

 今切り伏せた黄泉醜女(よもつしこめ)らしき女の亡者も良さげな魔石を残したので、懐に仕舞う。
 醜女の名が表す通り、かなりの怪力だったけど、動き自体はそんな怖いものじゃなかったね。

 口に出したらリスナー諸君に怒られそうだけど。

「よし、到着」

『次は百七十階層か』
『ここまでも長かったなー』
『百階層から八か月くらいか?』
『だな、ちょうどそれくらい。』

 八か月、つまり迷宮に入ってから間もなく十六か月だ。
 入ったのが二月だから、今は六月の終わりくらい。

 スタンピード対策を初めたのは一月だから、もう一年半か。
 早いねー。でも何とかなりそうなペース。

 夜墨が今百六十階層くらいだから、あっちも大丈夫かな。
 令奈さんたちの方はもうすぐ百五十階層。
 二十階層遅れてるけど、こちらは私達よりタイムリミットに余裕があるので同じく問題ないペースだ。

 感情優位の困ったちゃんの目立つ事が増えてる以外は憂いなし。
 安心して、これからの戦いを楽しめる。

「皆知ってる? 古神道で十七って、とても強い数字なんだ」

『ほー』
『奇数で一番大きい九と偶数で一番大きい八を足した数だからってあれか』
『次は百七十階層、十七、ふむ』
『イヤーな予感がするな』
『ハロさんが凄くワクワクした声なのが一番嫌な予感するんですよね』

 ははは、よく分かってるリスナーが多いようで。

 正解だよ。

「扉の向こうから、これまでとは比べ物にならない位強力な気配を感じる。たぶんこれ、龍じゃないかな?」

 そりゃあワクワクするって。
 出会った頃の夜墨より明らかに強いんだもの。

 修練を積んだ今の夜墨と比べたら、分からない。
 このクラスが他の大迷宮にもいたら、大変だ。

 まあその時は百階層台で乱獲してもらうしかないね。
 沢山狩れば大丈夫。
 ちょっと必要数が何倍かに増えるだけ。

「じゃあ、開くよ」

 例によって重厚で豪奢な観音開きの扉に手を当てて、押し開く。
 ゆっくり()いていく扉の隙間から、瘴気のように淀んだ空気が漏れ出してきた。

 向こう側にいる存在は相当に巨大なようで、未だ正体は分からない。
 分かるのは、白い鱗の体表を苔や草木が覆い、所々を血が赤に染めていることくらい。

「ハハ、なるほどね。斐伊川か」

 やがて完全に姿を現したソレを見て、納得した。
 薄暗がりから私を睨む八対の赤い光に、口角が上がるのが分かる。

 そこにいたのは、八つの谷と八つの山を覆う、八頭八尾の巨龍。
 斐伊川がモデルになったとされる、最も有名な神話の一つの悪役だ。

八岐大蛇(やまたのおろち)・・・』
『まじか、ヤマタノオロチて』
『これはちょっと興奮するのわかる。画面越しなら』
『ヤマタノオロチと酒なしにガチンコってスサノオでもしてないが?』

 ふふふ、そうだよ。
 荒ぶる武神が知略で以て打ち倒した敵に、正面から挑む。

 周囲を気にせず、全力で挑まなければいけないのは明白。
 こんな楽しい事があるかな。

「それじゃあ、始めようか」

 私が中に入るのを待つ十七の守護者に向け、一気に加速する。
 境界を越えた瞬間二つの頭が炎を吐いてきた。

 更に加速して逃れたが、離れていても熱く感じる。
 あの灼熱の吐息をまともに食らっては、同じ龍である私ですらそれなりにダメージを受けるだろう。

 まあ、当たればだけど。

 加速した勢いを乗せて、八の首の付け根を殴る。
 ドンっという鈍い轟音と共に足の無い蛇の体が浮いた。
 痛みに悶える声も聞こえるが、蛇の体だ。
 浮いた所で隙にはならないだろうと、すぐさま離脱する。

 直後、案の定頭の一つが私のいたところを通過した。

「ふふ、食らう気満々だ」

 折角私の眼前で首を伸ばしてくれたんだ。
 切り落としてあげよう。

 オロチの身体と同じく真っ白に輝く愛槍を振るう。
 切り裂く瞬間巨大化させるもの忘れない。

 真っ赤な血潮が飛び散り、岩に当たって煙を上げる。
 高温なのか、酸の類なのか。

 分からないけど、一応触れない方が良さそうだ。

 なんて、よそ見をしたのがいけなかった。
 
「ぐっ!?」

 完全に胴体から断ち切ったはずの首がうねり、私の体を打つ。
 何とか槍を間に挟んだけど、勢いは流しきれない。

 足が地から浮き、背中を壁に叩きつけられた。

 骨は、折れてない。
 全然動ける。

 確認もそこそこにして、飛び上がる。
 先ほどまで私の居た場所に七の灼熱が吹きかけられて、岩の壁が赤熱する。

 紅蓮の息はそのまま私を追いかけてくるので、飛び回って避ける。
 あの巨体を収めるため、広い空間が確保されているのが救いだ。

 まあ、それは向こうも暴れやすいって事を示すんだけど。

「危ない、なっ!」

 大蛇の背の辺りまで来たところで、正面から尾の一つが迫ってきた。
 炎と挟撃するように振るわれた尾の側面を槍の柄で思いっきり殴る。

 巨体がうねり、炎が乱れた。
 チャンス、と急降下して、巨大化させた槍を突き立てようとする。

 けど、尾で払われ、地面に叩きつけられそうになった。

 何とか体勢を立て直したが、止まらない。
 槍を地面に突き立てて漸く制止した私の目には、両足と槍の作った轍がくっきり見える。

 巨大化は余程のチャンスでないとダメか。

 幸いな事に切り落とした首が再生する様子はない。
 けど念のためにと(いかづち)で首を焼き払う。

 地面に横たわる頭はこれの一撃で塵になったが、本体の方は表面に多少の焦げ目を付けたくらいだ。
 一瞬動きは止めたので、意味はある。

 けど、それだけかな。
 他はせいぜい、体表の苔や草木が燃えて狙いやすくなったくらい。

「いいね」

 また、顔が笑みを作る。
 目が見開かれ、龍の瞳が獰猛な金光を宿す。

 実に、良い。

 七つの首がブレスの動作に入った。
 魔力の動きが先ほどと違う。
 これは私もよく使う、純粋なエネルギーをぶつけるブレスだ。

「じゃあ、応えないとね」

 口の辺りに魔力を集め、息を吸う動作をする。
 別に意味はないけど、気分だ。

 貯めた魔力は、絶影君を吹き飛ばした時と同等。
 それを、一気に放出する。

「ガァっ!」
「グルルァア!」

 七つの光と私の光が、互いの中間でぶつかった。
 いつか夜墨ともしたこのやり取りだが、今回は完全に拮抗している。

 更に力を込めれば、向こうも倣い、動かない。

 例えばここでブレスを止め、別の攻撃に転じれば大きなダメージを与えられるだろう。

 けど、しない。
 この撃ち合いは、龍としての誇りを賭けたものだ。

 そんな奇襲、己の技の負けを認めた様なものじゃないか。
 一層の魔力を込め、押し込む。

 貰った。
 そう思ったけど、奴に届く直前、ぶつかり合っていた全ての力が爆ぜた。

 先に空間の方が耐えられなくなったのだ。

 視界が白に染まり、弾けたエネルギーが私の体を焼く。
 互いに吹き飛ばされ、自分の背中と遥か前方で勢いよく肉が壁に叩きつけられる音が聞こえた。

 私もこれには肺の空気を吐き出してしまう。

「くっ……」

 こちらの被害は、左腕と、肋に罅も入ってるかな。
 あちらの近くで爆ぜたからか、オロチは新しく三本の首を失っている。

 おまけに、ブレスの打つかっていた辺りに玉虫色のひび割れが出来ていた。

「ふー……」

 息を吐きながら傷の具合を確かめる。

 肋の方は、直ぐに治るか。
 左腕は、焼け爛れて暫く使い物になりそうにない。

 片手でも槍は振るえるけど、威力は格段に落ちるね。
 
 もし、もう一段出力を上げていたら、私の腕も吹き飛んでいたかもしれない。

「やるじゃん」

 壁際で残った首を振っている大蛇へ笑みを向ける。

 さあ、まだまだここからだよ。