「それじゃあ、私は次に行くわ」
「ええ、恩に着ます」

 私の倍ほどはある老狸に別れを告げ、背を向ける。
 同じくらいに巨大なヒョウタンを携えた彼は、化け狸の始祖だ。

 二足歩行をする、白い髭を蓄えた狸ってなんとも不思議な存在だけど、それもその筈。
 化け狸は区分としては人間じゃなくて妖怪になるんだそう。

 あれだ、四国の妖怪の有名どころ。
 隠神刑部(いぬがみぎようぶ)とか言う八百八の眷属を持つって化け狸。

 実際、彼は隠神か刑部と呼んで欲しいと言った。
 この地には化け狸の他にも妖怪が多いし、妖怪の治める地となりそうだね。

「そういえば、中国地方の方で強い人知らないかしら?」
「はて、ワシは知りませんな。誰か、知っておるか?」

 近くに侍っていた者たちは皆、一様に首を横に振る。
 誰も知らない、か。

 ふむ。
 まあいっか、とりあえず行ってみて考えよう。
 今日はもうすぐ日が暮れるから、明日になったら。
 

 そんな訳で日の出と共に起き、出発する。
 夜営には中国山地で見つけた迷宮の入り口を使ったから、ぐっすり眠れたよ。
 
「さ、行きますか」

 夜墨に乗せて貰って、普段よりはゆっくり中国地方を回る。
 他の場所だったら凡百の現地民に任せれば良いけど、ここはそうもいかないから。

 強者を見つけないと、ここからあふれ出した魔物だけで日本中の人間が滅びかねない。

 けど、見つからない。
 隠れているのか、そもそもいないのか。

「本当、どうしようか」

 ちょうど真上を通ることになった、頭痛の種を見下ろす。
 そこは(かつ)て、出雲の大社(おおやしろ)があった場所だ。

 迷宮が生まれて一度更地になったそこには、いつか歴史博物館で見た地上四十八メートルの社が建っていた。

 境内も、たぶん古い方の範囲だ。
 半径二キロくらいある方。

 迷宮の規模としては今の私の家より大きい。
 この規模になると、浅い階層で魔物を狩ったくらいじゃどうにもならない。

 深い階層まで行って魔物を狩る必要がある。
 そんなの、現状では始祖の中でも一握りの強者にしか出来ない。

「いやー、本当に困った」

 何より問題なのが、このクラスの迷宮があると思われる最大規模の地脈の交差点が、あと二か所あること。

 一つは伊勢。
 伊勢神宮のあった地。

 そして富士山だ。

「この地の人間どもは見捨て、外に出てきた中で力ある個体だけを狩るか?」
「ん-、それは、したくないなぁ」

 だってここ、私の地元だし。
 私、地元好きなんだよ。

 あと一応家族や幼馴染たちもいる。
 縁を切ったからと言って、即どうでも良くなるわけじゃあない。

 スタンピードを放置しようって思ってた時でも、仲の良かった人たちだけはコッソリ助けるつもりだったし。
 秘密だけど。

 だから、かなり真面目に探したんだけどね。
 一日かけても成果なし。
 向こうから接触してくることも無い。

「仕方ない。ここは、私が行こう」

 それしか無さそうだし。

 東京の家は支配下にあるから、ちょこっとコアから操作するだけでスタンピードを防げる。
 渋谷も同様。

 諸々を終えたら、本腰を入れてここを攻略しよう。
 三年近くもあれば、ぎりぎり攻略までいけるかもしれない。

「伊勢は、ウィンテさんが紹介してくれる人に期待するとして、富士山も問題だよね。立地的に」

 今の時代、迷宮のある火口まで行くだけで至難だ。
 何気に魔物が多いし、イメージのせいで、樹海の遭難確率が上がっている。
 迷いの森的な何かになっちゃってるみたいなんだよ。

 ん-、まあ、問題ないか。

「夜墨、富士山の方の対処をお願い。深部の魔物を乱獲するくらいは余裕でしょ?」
「ロードが望むなら」

 いざスタンピードが起きるってタイミングで手が空いていれば良いんだ。
 それまでの期間なら問題ない。

 今回を乗り切ったら、また考えよう。
 いっそ、樹海の一部を吹き飛ばすのも有りかもね。

「よし解決! て、もう夕方かー」

 空が赤く染まり、東の空では星が瞬き始めている。
 今日は全然進まなかったなぁ。

 まあ、仕方ない。
 明日はウィンテさんと会う日だし、もう少し京都に近い辺りで夜営場所もとい迷宮を探そう。

 あー、ヤダなー。
 会いたくないなー。

 せめて紹介してくれる人が飛び切り優秀だと良いなぁ。