期待というか、祈りを胸に駆けること五分。
 ついに見つけた。

 魔物だ。

 シルエットは、大型の鼠。
 体高が私の腰辺りまである、白と緑の鼠だ。

 けど、近づいてみると何か違う。
 毛のないスベスベとした肌はまるで、植物のようだ。

 頭部から肩にかけてが緑色で、耳は何だか葉っぱみたい。
 他は尾まで白。
 雪のような白。

『なんか、大根みたいな鼠だな』
『たしかに大根だ』
『おでんにしたら美味そう』
『大根だな』

 なるほどね、大根。
 既視感があると思ったらそれか。

 その大根鼠が、五匹。

『地元その辺だけど、伊吹大根ってのがそんな感じの見た目だな』
『知ってる。鼠大根とか言う、辛いやつだろ』
『ほー そんなものが』

 鼠大根ねぇ。
 モデルはそれなんだろうけど、あれは結局大根なのか鼠なのか。

 大根なら、美味しくいただきたい。
 鼠は、ちょっと食指が動かないな。

「まあ、倒してみれば分かるか」

 私のつぶやきに反応して魔物たちが立ち上がる。
 耳が良いらしい。

 大根の側根と同じような髭がぴくぴくと動いた。
 辺りを探っているんだね。

 そしてすぐに逃走の構え。
 うん、それが正解だろう。
 私からすれば酷く矮小な彼らが生き残るなら、それしかない。

 けど残念。
 もうそこは私の間合いだ。

 一足飛びに距離を詰め、槍で一匹の首を落とす。
 返す太刀で二匹目。

 さらに後ろをすり抜けようとした一匹を尾で突き刺した。

「あと二匹」

 思ったより足が速い。
 今にも森の奥へ消えようとしている。

 槍を逆手に持ち変えて投擲。
 狙い違わず、頭部を貫いた。

 残る一匹には、魔法で真空の刃をくれてやる。
 鎌鼬と呼ばれる自然現象を少しばかり強力にしたものだ。
 胴体を上下に割かれた獲物は、そのままモノ言わぬ(むくろ)になった。

「うん、終わり」

『手際よすぎワロタ』
『一振り一殺・・・』
『戦闘になってないな』
『さすがハロさん』

 まあ、言っても三階層の雑魚だから。
 私からすればね。

 寧ろやり過ぎないように気を使ったくらい。

 それで、問題の獲物はどうかな?

 足元に転がる一匹を拾い上げてみる。
 首から切り離した方だ。
 この場所で何をしていたのかは知らないけど、大根であってほしい。

「ん、硬い。詰まってるね?」

 動物の肉を掴む感触ではない。
 本当に大根を掴んでるみたい。

 断面は、真っ白。
 気管や食道、血管の類は見当たらない。

「ん-? ゴーレムみたいな何かかな?」

『生物って感じじゃないな』
『まじで大根じゃん』
『大根だな』
『これでどうやって動いてたんだ?』

 試しに魔法で胴の辺りから切ってみるけど、結果は変わらず。
 これは、大根で良いのかな?

 もしこれが伊吹大根モチーフの魔物なら、味もそれに準じているかもしれない。
 ふむ、辛みのある大根、か。

 spとおろし金を交換して、適当な大きさに切った欠片を擦りおろしてみる。
 手が汚れちゃうけど、尻尾でおろし金を支えて右手で擦りつけ、左手で受ける形だ。

「見た目は、大根おろしだね?」

『大根おろしだな』
『大根おろしだ』
『醤油とすだちと焼き魚……』

 お腹の減る事言わないでほしい。
 ではなくて。

 味は……。
 うん、辛い大根おろしだ。

 辛いけど、甘い。
 つまり、美味い。

 最高級なんてものには一歩届かないくらいかな。
 けど、かなり美味しい。

「鴨せいろに鬼おろしでかけたら凄く美味しそうな感じ」

『伝わった』
『あー、いいな』
『辛い大根おろしは苦手』
『ほう、有りだな』
『気に入ったんですね』

 うん、気に入った。
 これ、持って帰れるかな?

 いや、持って帰る。
 全部は無理だから、四分の一に切ったものを交換した袋に包み、同じく交換したリュックへ詰める。
 ちょっと邪魔だけど、仕方ない。

「いいね」

 めちゃくちゃ迷ったから失敗したかと思ったけど、早計だったね。

 よし、どんどん進もう。
 まだ何か別の種類の食材が手に入るかも。

 手に入るかもなんだけど……。

「うん、現在位置が分からん。私はどっちから来たっけ?」

『知らない』
『遭難は変わらず、と』
『槍がある方向は少なくとも違う』
『右手の方です、たぶん』

 ふむ、戦闘で動き回ったからリスナーさんたちもハッキリとは分からないのね。
 まあ仕方ない。

 槍のある方は違うって言うし、そっちに行ってみようかな?

 そう思ったけど、なんか、さっきより暗い気がする。

「夕暮れ、かな?」

『確かに暗くなってる』
『外も日没ですね』
『迷宮の中も夜になるんだな』
『夜は配信無し?』

 どうしようか。
 このまま探索を続けても、私は問題ない。
 ただの人間よりずっと夜目が利くし。

 けど配信を見ている人たちは違うんだよね。
 ウィンテさん達吸血鬼は問題ないだろうけど、人間組は見えない。

 種族を変えた人も増えてるみたいだし、その中で夜目の利く人たちに向けて配信するのもありではある。
 でもなー、夜は寝たいなぁ。

 どうせぐっすりは眠れないけど、それはそれだ。

「よし、今日はここで夜営しよう。配信も終わりだね」

『うい』
『まあそうなるか』
『えー』
『眠ってるハロちゃんの観察はNGと』
『はーい、お疲れ様です』

 槍は、そのままにしておこう。
 明日の目じるしだ。

 何かに移動させれたら困るけど、あれで私を傷つけることは出来ないはずだから。

「じゃ、お疲れ様ー。また明日ね」

『おつー』
『おやすみなさい』
『お疲れ様でした』
『お疲れ様です』

 配信終了っと。
 リザルトの方は……。

 累計視聴時間が約一億五千三百六十万分、総視聴者数三千二百万、コメント数が十九億くらい。
 収入は、千五百万強か。
 まだ獲得spは百分の一のままだね。

 ん-、総視聴者数と配信時間の割りに少ない。
 ほぼほぼ森の中を迷ってたせいで景色が変わらなかったからなぁ。
 普段よりは一人当たりの滞在時間が短いみたい。

 ただ長く配信すれば良いってものじゃないね、やっぱり。
 
 しかし、一日で三階層かー。
 これは先が長そうだなー。

 まあ、のんびり行こう。
 幸い、私には人間の数十倍じゃきかない時間があるんだから。