今、なんて言った?
 このガキは、なんて言った?

 自由がない?
 私の?

「お前如きが、私の自由を奪う?」

 自分でも不思議なほどに低い声だ。

 ああ、腸が煮えくり返る。
 冷静ではいられない。

「な、なんだよっ……!」

 こんなガキが、ゴミムシ風情が、私の自由を奪う?
 ありえない。

 させない。
 簡単には死なせない。

「死ぬ気で生きろ」

 鳩尾の少し右下を狙い、殴る。

「ガハッ……!」

 身体をくの字に曲げるゴミの頭を鷲掴み、壁へ押し付け、引きずりまわす。
 壁が削れ、豚の牙が折れた。

 そのまま、壁に埋めるように蹴りを叩きこむ。

「なん、べ……」
「喋るな、カス虫」

 項垂れ何かを呟く阿呆の口へ砕けた壁の欠片を押し込んで、喉を掴む。
 その手に、少しずつ力を込めていく。

「ねぇ、お前如きが、何をするって?」
「あ、がっ……」

 答えは期待していない。
 喋る暇があるなら再生しろ。
 まだ死ぬな。

「え?」

 けど、一応聞いている風。
 開いた手でヒルの腕を貫き、潰す。

 同時に再生の魔法。
 そして引き抜く。

 紫色の血が噴出して、放り捨てた腕がビクンビクンとのたうつ。
 気色悪い。

「おえの、うえ……」

 魔法で燃やしたら思った以上に精神に来たらしい。
 良いザマだ。

 カスを壁から引き抜き、投げ捨てる。

「その程度、今のお前なら再生できるでしょ。しろ」

 私の自由を奪うと言ったんだ。
 まだまだ苦しめてやる。

『ひぇ……』
『こんな切れてるの初めて見た。。。』
『地雷か?』
『ちょっとやり過ぎなんじゃ』

 やり過ぎ?
 そんな訳ないでしょ。

 まだ足りない。

「ねえ、まだ? 早く再生して」

 ああ、くそ。
 ムカつきすぎて魔力が抑えられない。

「ひぅ……」

 息ができていないらしい。
 私の魔力に飲まれ、完全に委縮してしまっている。

 じれったい。

「私が治してあげるよ」

 潰れた内臓を戻し、腕を生やしてやる。
 それから、蛇の尾を掴んで振り回す。

 勢いそのままに地面へ叩きつけ、頭上を通してまた反対側に叩きつける。
 叩きつける度に上がる潰れたカエルのような声が耳障りだ。

 だから、その声が聞こえなくなるまで繰り返す。
 何度も、何度も。

「やっと静かになった」

 じゃあ次。
 尾を首に巻き付けて持ち上げる。

「あぁぁぁぁあああっ!?」

 そして、腹を抜き手で貫いて、内臓を焼いた。
 ふん、今度は良い声で鳴くじゃん。

 肉の焼ける臭いが空洞内を満たすけど、食欲はそそられない。
 引き抜く時にちゃんと治してあげる。

「フーッ、フーッ……」
「何? その目は」

 憎しみに染まった目。
 恐怖が一周回って変じたか。

 でも、抵抗する気力はない。
 
「飲みなよ、あの薬。もう一本あるんでしょ?」

 カス虫の瞳が揺れ動く。
 (おもむろ)に、どこからともなく例の瓶を取り出した。

 こちらを警戒しているのか、中々飲まない。

「早く。何もしない」

 両手の平を天井に向けて広げ、アピールする。
 それで漸く、薬を呷った。

 本当に、イライラする。

「ヒ、ヒヒッ……。すげぇ……。後悔しろよ、ブス!」

 ゆらゆらと虫が立ち上がる。
 力が膨れ上がった。

 凄い魔力。
 魔石分を含めたら私より上だろう。

 だからどうした?

 とりあえず殴る。
 もう急所でもいいだろう。
 力任せの拳を、脇腹へ。

「きカねぇなァ!」

 思った以上に硬い。
 微動だにせず、逆に掴みかかってきた。

 速い。
 体力は夜墨並みだ。

 ヒルの腕が眼前を掠める。

「私並みの魔力に、夜墨並みの体力ね」

 凄い凄い。
 そんな力でこんな連撃、食らったら一溜りもないよ。
 でも。

「クっ、なんデダ! ナンデ当たらねェ!」

 単調。
 魔力での強化も垂れ流すばかり。

 知力と器用を捨てるからだ。

「前にも言ったでしょ。力は使いこなせないと意味がないって」

 左右の足に魔力を集中して、鳩尾を蹴りぬく。

「ゴブァッ!?」

 そのまま軽く飛び、空中回し蹴り。
 再生したばかりの豚の牙が舞うのが見えた。

 下半身が蛇だけあって、安定している。
 仰け反るばかりで、彼我の距離は離れない。

 うん、好きなだけ殴れる。

 蛇と人間の身体の境辺りを狙って、殴る、殴る、殴る、
 衝撃が逃げないように、ただひたすら。

 手を止めると、グラついたカスの頭が垂れてきた。
 それを掴んで、地面に叩きつけ、踵落とし。
 魔力での強化に加え、魔法で辺りを漂うあらゆる力のベクトルを操作した一撃だ。

 豚の頭が大きく地面にめり込み、クレーターが出来る。

 それでも頭蓋骨を砕いた感触は無い。
 意識もあるらしい。

 頑丈な事で。

「ぐっ、クそガ……」

 本当に丈夫。

 槍を取り出し、肩甲骨の間へ突き刺す。

「ガァアアッ!」

 獣じみた悲鳴を無視して槍を捩じり、肺を壊す。
 けどすぐに再生が始まった。

 いいね。

 少し距離を置いて、幾条かの落雷をお見舞い。
 閃光が弾け、轟音が迷宮内に反響する。

 残ったのは、アレと同じ形をした炭。
 見た目はもう死んでいる。
 けど、他の知覚能力の全てが生存を教える。

 炭の塊が身じろぎをした。
 と思ったら、表面がはがれて、中から綺麗なままのアレが出てくる。

「うぅ……」

 本人の意識は、もうほとんど残っていないか。
 無理矢理付け足した能力がゴミを無理矢理生かしている。

 いい気味だ。
 もっと苦しんでいい。

 炭が剝がれきる前に一足飛びに距離を詰め、槍を一閃二閃、三閃。
 輪切りにしたカス虫の身体が一瞬ばらけて、しかしすぐに伸びた繊維がそれらを結びつけてしまった。

 じゃあ、切れるまで切ろう。
 蛇と人の境を狙って何度も槍を振るう。

 熱をまとわせ、雷をまとわせ、凍てつく冷気をまとわせて、あらゆる手段で断つ。
 何十回と繰り返すと、漸くソレは再生をやめた。

「ハヤ、く、……」

 何か言っているが、聞き取れない。
 ひとまず大きくて邪魔な蛇の体を焼く。

「アチィ、よ。兄、貴……」

 へぇ、感覚あるんだ。
 まあ、どうでもいい。

 炎の温度を上げる。
 蛇は炎が白に変じた辺りで消し炭になった。

「それで、私をどうするって?」

 虚ろな瞳の頭を掴み上げて聞く。

「……シテ」
「は?」

 ぼそぼそと。
 龍の耳にも伝わらない。

「コロ、し、……」

 命乞い、ではない。

「もう、ヤ、だ……」
「やだ?」

 私の自由を奪うだなんて言っておいて?

「コ、ろシ、テ……」

 あ、そう。
 完全に壊れたか。

 じゃあ、もういいや。

「いいよ、殺してあげる」

 これ以上やっても変わらないから。

 口の辺りに私の膨大な魔力を集め、圧縮する。
 ただ、破壊のみを目的として。

 コレ、めちゃくちゃ丈夫だから、手加減は無し。
 夜墨に撃ったそれ以上の威力が必要だ。

「じゃ、お疲れ様」

 哀れなデク人形。
 私を怒らせたことを後悔したまま、消え去るといいよ。

 少し前方に放り投げる。
 と同時に、解放。

 龍の息吹が彼を飲み込み、そのまま迷宮の壁を穿つ。
 白い閃光に、世界が飲み込まれる。

 迷宮の闇が戻った時、そこに残っていたのは、私と無残に破壊された迷宮守護者の部屋だけだった。