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 私と熾天使の前に飛び出してきた彼女は、覚えにある通りの黒いゴシックドレスと白衣を纏って大きく広げた手の平を向けてくる。
 距離は一瞬きの間に詰めてしまえるほど。振り始めた槍は、もう止められない。逸らすしかない!

「上ぇっ!」

 間に合うか!?
 タイミングとしてはギリギリ。見たところ全力は出せないみたいだし、こんなのぶつけたらウィンテが死ぬ!

 熾天使は、よし、逸らそうとしてる。角度的にも大丈夫そうだ。
 ならあとは私。意地でもずらす!

 強引に左腕を引き、右腕を前に出して刃の軌道を頭上へ変える。質量的には難しくない。けど、魔法として生み出した力が邪魔をする。
 
 まったく誰さ、こんな規模の魔法を乗せたのは!
 いやまあ私だけど、私なんだけどぉっ!

 思考力を総動員して魔法現象を書き換える。情報を希釈し、置き換えて、ベクトルを制御する。
 その上で筋力で強引に方向を変える。こういう時ほど己の非力さを恨むことはない。

「くぅぅうっ! いけ、たぁあっ!」

 殺しきれなかった力がウィンテを掠め、空を断つ。対称的に熾天使の一撃が森を穿ち、大地を割った。
 迷宮が揺れる。こんな二つの力に今のウィンテが巻き込まれていたとしたらなんて、考えたくもない。

 まぁ、何ともなかったから良し。

「ふぅ、死ぬかと思いましたよ。心臓に悪い」
「いや、こっちのセリフだから……」
「まったくだ、ダーウィンティー殿」
 
 熾天使の方もやっぱりウィンテのこと知ってるみたいだね。ウィンテの魂力支配の雰囲気からして、たぶんこの地域、ヨーロッパに来たばかりだと思うけど、どういう知り合いなのかね?
 ていうかそもそもどうしてウィンテが……て、また新しい気配。しかもこれも覚えがある。

「なんや、えらい激しく戦っとったみたいやんなぁ?」

 当たり前のように空を飛んで向かってくるのは、巫女装束に真っ赤な舞衣を纏った金毛九尾の妖狐。令奈だ。
 彼女もまだ来たばかりかな。北欧とかアイルランドの方はまた違う領域として区切られてるだろうし、そっちにいた可能性はあるけど。

「令奈殿も来たか」
「そら、相手が相手やからなぁ」

 うんうん、令奈だ。この金眼で流し目を向けられると、実家に帰ってきたような安心感を覚えるね。口にしたらたぶん凄く呆れられるけど。
 
「まぁ、色々聞きたいことはあるけど、とりあえず場所変えない?」

 お腹空いたから何か食べたいんだよね。……あ、ウィンテに令奈、なにさその溜め息は。二人して変わらないなって顔しちゃって。まったく、二人とも変わらないなぁ。

 熾天使、グラシアンという名らしい金髪青眼の貴公子に案内されたのは、彼の支配する別の迷宮のコアルームだった。しっかり手を入れてあるそこは修道院を思わせる質素な部屋で、生活感もいくらか見える。
 貴族のような格好だから、もっと煌びやかな部屋を想像してたんだけど、彼はどうやら敬虔な信徒みたいだ。

 ダイニングテーブルの上には飲みかけの紅茶が三つ。まだほんのり温かいし、私がグラシアンの迷宮を攻略した時点で押っ取り刀に飛び出したんだろう。

 とりあえず、促されるままに席に着く。新しい紅茶も用意してくれるようだからそこも甘えた。
 
 さて、さっさと諸々の事情を聞きたいところだけど、どうしようか?
 家主がわざわざ新しく紅茶を入れ直してくれてる真後ろで身内の話を始めるのは、さすがに失礼な気がしないでもない。

 これがファウロスだとか虎憲(フーシェン)だとかだったら気にしないけど、ウィンテと令奈がお世話になってるみたいだし。お世話になったのが鬼秀だったらガン無視でくつろいだんだけども。

「待たせたな」
「ああ、いや、大丈夫。ありがとう」

 うん、良い香りだ。手つきに淀みもなかったし、紅茶淹れるのも慣れてるのかな。牧師だか神父だかってそういうこともするのかね? 彼自身の趣味かもしれないけど。

 なんて考えていると、グラシアンが正面の席に着いた。四人がけの隣がウィンテ、斜め前が令奈という形だ。
 彼は淹れ直した紅茶に手を付けることなく、妙に真剣な目を向けてきた。鬼秀が告白してきたときのそれに似てはいるけど、そんな愚行に出るとは思えない。

「ハロ殿、すまなかった」

 おん? 謝られるようなことされたっけ?
 あ、されたわ。殺しにかかられたんだった。お腹減りすぎて忘れてた。

「別にいいよ。気にしてない。何と勘違いしたかは知らないけど、自分の支配する迷宮を攻略されたら防衛行動に出るのは当然だしね」
「しかし……」

 真面目だねー。そこまで気にするか。本当に気にしてないんだけどなぁ。
 とりあえず、言外のアピールもかねて紅茶へ口をつける。

 あ、美味しい。わりとすっきりしてるけど、余韻がしっかりある紅茶だね。飲んだことないフレーバーティーだ。

「その話はもうどうでもいいみたいですよ。それより、あの件、ハロさんにも話してみたらどうです?」

 あの件とな?
 ふむ、ウィンテはちらちら、僅かな期待。令奈は多少の呆れ。これは、私がポジティブな行動をとるとは思ってないやつだね。話を変えるためだけど、あわよくばってことか。
 つまり、なにか手伝ってほしいことがあるわけね。

 勘だけど、グラシアンがあれほど殺意を向けてきた理由にも関係がある気がする。

「……そう、だな。手段を選んでいる状況ではない。恥を忍ぶことになるが、貴殿に頼みたいことがあるのだ」
「ふーん? まぁ、とりあえず話してみて」

 そういえば外面モードで話すの忘れてた。戦ってる間はしてたのに。
 まあいいか。

「その力を貸していただきたいのだ。邪悪なる西洋竜どもから、人々を守る我ら天使の戦いに」



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読了ありがとうございます。

本作とは別の話です。
また新作を投稿しました。しかも2作。

GAウェブ小説コンテスト用の作品です。
良ければばどうぞ。

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