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「ハロハロ、八雲ハロだよ」

 カメラは正面。
 少し待って、いつもの挨拶。

『お、配信あった。はろはろ』
『ハロハロー。また何年も空く感じかと思いました』
『こんにちはー』
『はろはろ。前回いつだっけ?』
『安定の森!』

 流れるコメント欄に、苦笑い。
 同時に感じた仄かなぬくもりは、たぶん人間らしさってやつなんだろう。

「いやー、ごめんごめん、配信するのすっかり忘れてたよ」

 そんな何とも言えない感覚はいったん脇に置いて、カメラを後ろへ回す。コメント欄の嘆息も脇だ。

『お、今回はいきなり街か』
『街、だけどなんか寂れてね?気のせい?』
『なんかどんよりしたオーラあるな』
『壁の外にも街、スラムか?」

 まあ、然もありなん。
 絵に描いたようなスラムで、さっきの子達が住んでるって言われたら納得しかない。
 ここら辺は誰が治めてるんだろうね。聞いた話だと、皇帝の九人の子ども達が各地を統括してるみたいだけど。

「ともかく行ってみようか」

 森を抜け、スラム街らしきエリアに入る。
 そこに門や門番らしき姿はなくて、すんなりと入れた。

 周囲から向けられる視線は、酷く荒んだものばかり。夢も希望もない。身に纏う白の襤褸のように、汚れきった世界が見えてるのだろう。

『うわぁ……』
『痩せぎす。spもあんのに』
『spは税で全部持って行かれる』
『マジか』

「文字通りの全部、らしいよ」

 旧時代の貨幣制度がそのまま残ってるのも、それが理由みたい。

 そんな状況だから追い剥ぎの類いにあうかもと思ったんだけど、その様子はない。せいぜい悪意の籠もった眼差しを向けてくるくらい。
 もしかしたら、さっきの子供達が戻ってこないことが理由なのかもしれない。

「やあ門番さん。通っていい?」
「ああ。あんたは好きにしろ」

 愛想ないね。
 一応それなりの鎧は纏ってるけど、解放軍の面々より質悪そう。
 時々逸れる視線は、私の配信を見てるのかもしれないね。まだ中国の人が配信を始めた様子は無いし。

『すんなり通れて良かった』
『中は割と普通だな』
『衛兵が多いくらいか』

「まあ、そうだね。さっきからスリっぽいのがチラチラ見てきてはいるけど」

 あとは、子供だけで遊んでる姿がないね。最初の村なんかの虎憲(フーシェン)が治める町々では、あんなに見られたのに。
 その他は、普通の町と言って良い。

「民家が白黒な辺りは中国っぽいね。色彩の文化、残ってるんだ」

『ありましたね、そんなの』
『ほえー、年の功』
『ハロさん、旧時代は絶対オタクとかネットの住民とかだったよな。妙に色々知ってるし』

 まあ、否定はしない。生まれの関係もあるけど。
 あと読書も好きだったから、自然にね。当時から幅広く読んでたし。

『ぬるぽ』

「ガッ。……いや、何言わせてるのさ」

『ふっ、同志よ』
『なんだただのネラーか』
『ハロハロー。え、なに。今北産業』

 うん、だから唐突に古のネタふるのやめな?
 若い子たちが困惑してるよ。

「一応言うけど、ド世代ではないからね?」

『分かってる分かってる』
『そういう事にしておこう』
『ぶっちゃけ、ハロさんの寿命なら誤差』
『また私らに分からない話してる』

 うん、ごめん。
 道行く人にも奇異の目で見られちゃったよ。

 さて、とりあえず奥の大きな屋敷っぽいのを目指してるけど、これからどうしようか?
 しばらくは街中をぶらぶら観光するつもりではあるけど、そのあと、どうするか。具体的にはあの屋敷に忍び込んでみるかどうか。

 忍び込むなら配信は切らないとだなぁ。なんて誤魔化すか考えるのが面倒。
 お手洗い、なんて言ったらすぐ戻らないとだし。

 んー、まあ、けっこう広そうだし、ぐるっと回るだけでも時間潰せるか。面白いものが無ければ、世間話タイムだね。

「とりあえず大通り回ってみようか。交差点、どっちに行く?」

『右』
『右』
『左』
『右』

「おっけ、右ね」

 どっちに行くでもいいしね。

 んっと、右は商店街か。日用雑貨とか食品とかを売ってる店が多いね。
 けど活気はなし。というか気だるげ?

 この辺りはまだ街の外側寄りだからか、階級の低い人が多そうだ。売っている物も粗末な小物だったりしなびた野菜だったり、お世辞にも購買意欲をそそるとは言い難いものばかり。
 それにしたって活気が無さ過ぎるけど、まあ、こんなものかな。

 一応お金も持ってはいるんだけど、ここで買うものは無さそうだね。

 と、きょろきょろしすぎたか。

「おっと、悪いね姉ちゃん!」
「ああ、うん、大丈夫だよ」

 ぶつかってきた青年くんにひらひら手を振り返し、背中を見送る。すぐ脇道に入っていったから、姿はもう見えないんだけど、今頃肩を落としてるだろうね。

『こんなスカスカの道でぶつかるなんて、余程急いでたか?』
『あ、やられましたね』
『随分急いでるっぽかったね』
『今のってそういうことか?』

「うん、スリだったね」

 彼の欲しかったものを袖から取り出して、カメラに見せる。この国の財布として一般的な巾着袋だ。

 私が一般人にスられるわけないよね。とか言って、一回盗られはしたんだけど。
 あんまり綺麗に手を入れてくるものだから、ついつい見送っちゃったんだよね。

 まあ、すぐにスり返したからセーフで。

 ――どれくらい歩いたかな?
 けっこう歩いたけど、貧民街っぽいところを抜ける気配はない。どうも、外周側は全部そうみたいだね。

 このすぐ外側がスラムになってたってことは、なるほど。

「分かりやすい階層社会だね、ここ」

『だな』
『日本でも人間の国のどっかが一時期なってたな。すぐ隣国に飲み込まれてたけど』
『あー、歴史の授業で習ったやつ。なんて国だっけ?』
『そっか、もうあれは歴史か、、、。』
『しかし、面白いもんないな』

 面白いものは、確かにないね。服なんかの色に言及はしたけど、多くの人にとってはどうでもいい話だ。

 それから日が暮れるまで、街中を歩いて回った。
 中央に向かう程に活気が出てきたのは、想像の通りだ。

 面白いと言えるのは、中央ほど音楽関係の施設が多かったことくらいかな。
 楽器屋さんだったり、劇場だったり。あとは、道行く人も音楽関係者らしき人が多かった。

 音楽に因んでるとなると、思い当たる存在が一つある。
 ここの中央にある屋敷に住むのが、虎憲(フーシェン)の兄妹だとするなら、ソレである可能性は高いと思う。

 まあ、行けば分かる事だ。
 何にせよ、配信を閉じようか。

「さっきのお店の料理、ちょっと割高だったけどちゃんと美味しかったね。そろそろ完全に日が暮れるし、今日の配信はここまでにしようかな」

『ういー、おつおつ』
『思ったより辛くなさそうだったな』
『辛いのはもっと上の方じゃね?』
『おつハロー』
『おやすみなさい』

 端に寄ってカメラを正面に回し、手を振る。偶には笑顔でも見せようかと思ったけど、表情筋動かすのが面倒だったからやめた。

「じゃあね、お疲れ様」

 よし、終了っと。
 リザルトは、まあいっか。

 ふぅ、なんだかんだ気を張ってたのかな?
 ちょっと身体が軽くなった気がするよ。

「それじゃ、行こっか」
「ああ。参考になりそうな資料を探しておこう」
「うん、ありがと」

 初期の頃に皆で調べたデータが、どこかのスレッドに纏めてあったはずだから。

 さてさて、目的地はこの街の中枢だ。面白いものが多いと良いな。