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(もん)の君、お客人を連れて参りました」
 
 ふむ、本当に門の君だった。

「入れ」

 聞こえた声は、中年くらいの男の声。門の君の声ではなさそう。村で聞いた話では、門の君は二十代半ば位の見た目らしいから、

 お姉さんが開けてくれた扉から中に入ると、正面に大きなテーブルが一つ見えた。
 その向こう側にいたのは、黒い衣のイケメンだ。黒髪で銀の瞳の彼が門の君なんだろう。
 
 加えて、テーブルの左右に中国式の軽鎧を纏った男女がいて、壁際に侍女らしき女性が二人。左右の男女、戦士たちは鱗があったり鳥の翼があったりで、多様性に溢れていた。察するに、ここは会議室か何かかな。
 

「驚いた。こちらにも人間以外の種族がいたのね」

 左右の戦士たちから殺気が溢れた。彼らは武器に手を掛け、私を睨みつける。
 門の君がすぐに片手を上げて制したけど、彼より先に喋ったのが悪かったのかな?
 
 色んな種族の人がいるけど、一様に血の気が多くて面白い。さっきのお姉さんも、エルフだった割に沸点低かったし。
 まあ、彼らの癇にさわる程度、私にはどうでもいい話だ。

「貴女が八雲ハロ殿か。失礼だが、首元にいる者を紹介してはくれないか」
「紹介を求める前に、自分が名乗るのが礼儀ではないの?」

 はい、久しぶりの外面モードです。
 なんかまた取り巻きが睨みつけて来るけど、知らない。

「これは、重ね重ね失礼した。私は(ウォン)虎憲(フーシェン)。皇帝の第七子にして第四皇子の位に就く者であり、同時に解放軍の長をしている」

 ほーう、解放軍。第四皇子がね。
 雰囲気的に革命軍とか反乱軍的なものなんだろうけど、面白い話だ。これだけで来た甲斐があった。

 同時にめんどくさそうな話でもある。

「そう。知っての通り、私は八雲(やくも)ハロ。この子は私の眷属で、夜墨(やぼく)

 夜墨は、一瞥するだけ。それが取り巻き達の神経をさらに逆撫でしたみたいで、殺気が強まる。ちょっと鬱陶しい。

「それで、この国の皇子が私に何の用? お友達は歓迎していないようだけれど」

 虎憲(フーシェン)は涼しい顔で取り巻きを一瞥する。なかなかのポーカーフェイスだね。

「その前に一つ伺いたい。貴女がたの種族はなんだろうか。ああ、私の種族は『狴犴(へいかん)』という、亜龍の一種だ」

 狴犴、竜生九子の一体だっけ? 龍になれなかった、九体の龍の子たちとかっていう。何が九子に入るのかは色んな説があるらしいから、竜生九子の狴犴って言って良いかは分からないけど。

「そう。私は人龍。人の姿をした龍。それと、彼は黒冥龍という種族よ」

 お、取り巻き達が目を見開いて大人しくなった。なるほど、これが目的で。
 やっぱり龍は特別な存在なのね。

「やはり、真なる龍なのだな。では、龍神というのは?」
「質問ばかりね。人の質問には答えないでおいて」

 一応ちくっと。立場を勘違いさせてはいけない。私は、来てあげてる側だ。

「申し訳ない」
「まあいいわ。私は、日本古来の神から神の座を受け継いだ。だから龍神」

 細かいことを言えば、その前から信仰されてたり、新しい世界の理に関わるなんやかんやもあったりするんだけど、そこまで言わなくて良いでしょ。

「なるほど……。やはり、我々を救えるのは、貴女しかいないのかもしれない」

 意を決したような、希望を見つけたような、色んな感情の見える表情。
 あ、これ、超めんどうなやつだわ。

「貴女は、この国の現状をどれくらい知っているだろうか」
「それほどは知らない。皇帝の独裁が酷いということと、無理に領土を広げようとしているって程度」

 後者は半分鎌をかけただけだ。

「そう。そのせいで、民は苦しんでいる」

 これでまた一つ情報が確定したね。正直、間違ってて欲しかったんだけど。絶対皇帝側も接触してくるよ、これ。

「民を苦しめる事、これを為政者の悪と言わぬ事が出来るであろうか?」

 悪、ね。狴犴(へいかん)は悪を裁くことを好むのだったか。これが彼の生来の性質なのか、種族の本能なのかは知らないけど、少なくとも私を騙そうとしている様子はないね。
 公正公平に正義を見極める存在、という伝承の影響が強いのなら良いんだけど。

「八雲ハロ殿、私は、父たる皇帝の手より、民たちを解放したいのだ。だが力が足りぬ。力もまた、この狴犴の好む所であるが、それでも皇帝には及ばぬ。だから、どうか、貴女の力を貸してはくれないだろうか」

 虎憲(フーシェン)は頭を下げ、真摯な姿勢を見せてきた。彼から漏れ出る魂力も真っすぐで、なるほど、本当に民たちの事を思っているのだろう。
 臣下たちは、彼が私に頭を下げるのを良しとしていないみたいだけど、しっかりと隠している。志は、(あるじ)と同じにしているみたいだね。

 これは、あの村の人たちも慕うわけだ。
 正義に立ち、民を思い、堂々たるカリスマもある。善なる王たる器だ。善性を持った大抵の主人公なら、彼の願いを揚々と受け入れ、瞳に炎を灯して助力するのだろう。

 けど、さ。

「私にその頼みを引き受ける理由はない」

 この場の、私と夜墨以外全員の気配が乱れる。漏れだす魂力が揺らぎ、動揺や怒りを伝える。

 でも正直、他人の生活なんて、どうでも良い。知らない顔がどれだけ死のうと、私には関係ない。
 日本の人間たちに助力したのだって、彼らの生み出す文化に用があったからに過ぎない。

「どうしても、ダメだろうか。この狴犴の目は、貴女を善なるものと見ているのだが」
「悪ではないだけ。解放の助けに成れぬ民たちは善でないのかしら?」
「……その通りだ。ならばせめて、物資を買い取らせてはくれないか。管理の厳しい現状、武具どころか食料の補給すら満足に行えていないのだ」

 ふむ、配信でも龍器の出し入れしか見せてないけど、まあ手ぶらで旅してたらその辺は予想がつくか。
 んー、まあ、ちゃんと買い取るって言ってるし、物資援助くらいはして良いかな。

 えっと、これくらい?

「お、多いな」

 およ、思った以上にざわついた。それほど物資に余裕がなかったのか、想定以上に出してしまったのか。

 とりあえず目録も作って上げた方が良さそうだ。迷宮産の武具もそれなりに混じってるから、全部は買い取れないかもね。

「交換spの半額で良いわ。確かめなさい」

 たぶん、今の中国だとかなりのspが交換に必要だろうし。半分でも日本で交換するよりsp必要かもしれない。

 虎憲の目くばせを受けた侍女たちが中心になって、確認を始める。手際は良いので、想定したよりはすぐに終わるだろう。
 とは言え、小山になる程あるからね。暇な時間が出来ちゃった。

「時間がかかりそうだ。その間、少し雑談でもどうだろうか」

 お喋り、か。情報収集はできそうだけど、どうしようかな。
 正直、もうあまり聞きたい事ないんだよね。旅の中で見て確かめればいいやって事ばかり。
 あとめんどくさい。

 よし、首を横に振っておこう。

「そうか、残念だ。では部屋を用意させよう」

 虎憲が魔力を発して合図すると、後ろの扉が開いた。さっきのお姉さんがまた案内してくれるみたい。
 
 連れられて行ったのは解放軍の兵用に用意された個室の一つで、今は使っていない部屋らしい。案内してくれたお姉さんがそのままお茶を入れてくれる。
 なんか変な粉入れてたけど、気付かないフリ。ちょっと笑いそうになったのは秘密だ。

「美味しいね」

 ドア側に戻ったお姉さんに笑みを向けると、明らかに動揺を見せていて面白かった。
 ごめんけど、この程度の毒じゃそもそも効かないんだよね。

 まあ、彼女は命令を受けただけの見張り役だろう。下手人たちは、今こちらに向かってきている。

「失礼する」

 ふむ、無事な可能性を考慮したのね。ちゃんと用心深い。

「どうぞ」

 はい、また外面モードオンっと。
 入ってきたのは、さっき会議室で左右に控えていた面々だ。全員ではない。三分の一くらい。

「美味しい紅茶をありがとう」

 カップを掲げてもう一度、笑みを向ける。けど彼らはあまり驚いていないみたい。
 まあ、龍ってこと知ってるからね。

「やはり、毒は効かないか」
「ええ。香辛料にするにも、もう少し刺激的で良いくらいよ」

 各々の手には武器が握られていて、殺気を隠す気は無い。それはエルフのお姉さんも同じ。
 ふふ、慎重な人たちだね。

「良いの? 勝手にこんなことをして」
「民を救うためだ。許してくださる」

 まあ、そうだろうね。多少の𠮟責はあるかもしれないけど。
 実際、私が彼らの事、特に虎憲の事を漏らさない保証はない。ならば口を封じておくのが確実だろう。

 うん、実に合理的だ。

「いくら真なる龍とは言え、ここは貴女にとって異国の地。加えてこの人数で囲めば、無事では済むまい。申し訳ないが、その命、差し出してもらうぞ」

 ふむ、まあ、この辺りじゃ皆強い方なんだろうね。武器を構える姿も堂に入っている。
 けど――
 
「……何がおかしい?」

 おっと、作り笑いでもなく、口の端が上がってしまっていた。こういう時ばかり表情がしっかり変わるの、ちょっと問題だよね。

「いいえ? 確かに、今の私達はかなり弱体化している。良いところ、全力の二、三割ね。だけど、――」

 抑えていた魔力を解放し、殺気にして彼らへぶつける。

「この拠点にいる者を皆殺しにする程度なら、全く問題ないわ」

 戦士たちの顔が恐怖に歪み、脂汗が垂れる。何人かは腰が抜けたのか、へたり込んで動けない。立っている者も得物を取り落としてしまって、とても戦える状態にはなかった。

 うん、この程度なんだよね、彼ら。
 まあ、これくらいにしておいてあげようかな。虎憲からのお迎えも近づいて来てるし。

「身の程を知ることね」

 椅子から立ち上がり、へたり込む彼らの脇を抜けて入口の戸を開ける。急に開けたからお迎えの侍女さんを驚かせてしまった。謝ったら礼を返されたから、許してもらえたんだと思う。

 会議室に戻ると、渡した物資の殆どは壁際に寄せられていた。テーブルの上にいくつかだけ武具が分けてあって、返して貰ったリストには、それらの武具を示す欄にだけ印がつけてある。

「臣下がすまない」
「お灸を据えるのに私を使うのはやめなさい」
「お見通しか」

 そんなの、反応を見れば分かる。ここからでも十分気配を拾えるだろうし。

「援助いただいた物資の件だが、全ては買い取れない。印をつけたものはお返しする」
「ええ」

 さくっと再収納。続きを促す。

「買い取り価格はそのリストに記したとおりだ。問題ないだろうか?」
「ええ」

 ぶっちゃけ、どうでも良い。

「取引成立だ。支払額を確認してくれ」

 えっと、百十二万三千……。

「問題ないわ」

 ……うん? なんか違和感があったような。
 まあ、あとで良いか。
 
「感謝する。……一つ忠告しておく。皇帝は異国で活動する方法を求めて接触してくるだろう。特に兄妹たちの中には、私よりも強い者たちもいる。油断せぬことだ」

 ほう。ミヅチレベルより強いのか。今の私なら楽しめるかな?

「ありがとう。一応、あなた達の邪魔をする気は無いわ。私の旅行の邪魔をするんだったら、解放軍だろうと皇帝だろうと、容赦しないけど」
「そうか。ならば、良い旅を、と言っておこう」

 虎憲へ後ろ手に手を上げ、会議室から出る。侍女さんが案内してくれようとしたけど、大丈夫だと断った。匂いが残ってるからね。

 まあ、収穫はあったね。来て良かったっちゃ良かったよ。
 クーデター起こそうとしてるタイミングだなんて、さすがの私も予測できなかったし。

 とは言え、私のすることは変わらないかな。のんびり気ままに旅を続ける。それだけだ。

 さて、近くに迷宮の気配があるし、このまま行ってみよう。寝るのにも丁度良いだろうしね。