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「よっし、そうと決まれば、もう何にも憂うことは無ぇ。飲むぞ!」

 一転して素戔嗚さんは、また豪快な笑みを浮かべる。
 なんか悪く見えるのは、素戔嗚さんのイメージのせいかな?
 
「いいね。私としては、()()になるものがあればなお嬉しい」
()()、なあ」

 顎に手を当てて考える姿がなんとも人間くさい。
 さっき『また肉体を持った』なんて言ってたし、根源的な力に与えられた人格ってのは、元々存在した人間のものなのかもしれない。

 ふむ、ちょっと鎌をかけてみようかな。
 直接聞いても良いんだけど、役割を押しつけられる代わりにってことで。
 たぶん、彼も気安いのを望んでるだろうし。

「五穀でも良いよ。目の前で口なんかから出されなければね」
「ぐっ……」

 お、凄く渋い顔。
 やっぱり人格の元は人間かな?

 神としての彼ならば気にするところじゃない。
 逸話の元となった出来事が人間時代にあったんだろうね。

「あれは、若気の至りっつうか。てか、てめぇ本当に良い度胸してやがんな!」
「ふふっ、ごめんごめん。まあ実際、本当になんでもいいんだ。美味しければ」

 一応謝るけど、彼も怒ってはいないみたい。
 どころか楽しそう。
 ブツブツ言いつつも、あれは合わない、あれはどうだって考える声が弾んでいる。

「そういや、大蛇(おろち)の肉があったな」
「大蛇って、八岐大蛇(やまたのおろち)?」

 え、いつのだろう。
 腐ってないかな?

 いや、その辺は魔法でどうとでもなるか。
 ていうか何でそんな物を持ってることになってるんだろう?
 なんかのゲームでそういうアイテムあったのかな?

「その顔はどっちだ。無表情すぎて大丈夫なのか分からんぞ」

 あ、旧時代の人間だと生理的に蛇肉だめとかって事もあるか。
 彼、意外と気が利く?

「……なんか無性にイラッときたな。なんかまた失礼な事考えたろ?」
「気のせい。大蛇の肉は大丈夫だよ。寧ろ興味がある」

 表情読めないくせに、さすがに勘が良い。
 あんまり変なことは考えないでおこう。

 うん、あまりじとっとした目を向けないでほしい。

「……まあいいか。あの大蛇な、良いもんばっか食ってたからか知らんが、なかなか美味いんだ。干し肉にしてあるから、この酒とも合うぞ」
「ほう。期待できそうだね」
「だったらもう少しそういう顔をしろ」

 そう言われましても。
 興奮してない時の表情の作り方なんて忘れたのだよ。
 ドヤァ。

「……またなんかイラッとしたな」
「気のせい」

 む、どやるのもダメか。

「……どうせならもう少しこっちにこい。投げ渡すのもナンだろ」
「え、やめとく。魔法で浮かせて渡せば問題なし」
「なんでだよ」

 また迂闊なこと考えて手を出されそうだからだが?
 今私はボロボロなんだよ。
 見た目は綺麗だけど。

 変なこと考えなければ良い、って声はただの幻聴だな、うん。
 本当に素戔嗚さんのこと敬ってるのかって声もだ、間違いない。

「はぁ、仕方無ぇな。ほれ」
「ん、ありがと。ついでにおかわり」

 そんなジト目を向けられましても。
 この徳利、ちっさいんだよ。
 三合くらいしか入らない。

 あ、なんかジトッと感が強まった。
 おじさんのジト目は別に需要無いぞ?
 イケおじではあるけども。

「やっぱお前、俺のこと一寸たりとも敬って無ぇだろ」
「そんなことは無い。敬ってる。(かしこ)(かしこ)み申す」

 ホントに勘が良いな?

 いや、そんな事より大蛇のジャーキーだ。
 見た目としては、豚のそれに近いだろうか?
 ()うても蛇だし、もっと白っぽいかなって思ったら、案外で赤い。

 なんか伝承で、血の滴るようなーとか、そんな感じの形容があったから、それのせいかもしれない。

 表面に見える黒い粒は、胡椒かな。
 白い塊は、脂か塩か……。

 まあ、兎も角食べてみよう。
 
 手のひら大はあるから、普段ならちぎって食べるところだけども、折角だし齧り付こう。
 そういう、雑なのも偶には良い。

「ん、思ったよりは柔らかい。てかウマ!」
「だろ?」

 下手な牛肉より濃厚じゃないかな、これ。
 ジャーキーとしては少し柔らかめだけど、歯ごたえはしっかりあって、噛めば噛むほどに肉の旨味が溢れてくる。
 その脂も抜群に甘くて、胡椒のパンチを柔らかく纏めてくれていた。

 塩加減も良い。
 甘みを引き立てつつ、日本酒が進むような、絶妙な塩加減。

 ここ百年で色んな物を食べてきたけど、肉でこれ以上はないかもしれない。

 うん、大蛇君を狩る理由が一つ増えた。
 やったね大蛇君、喜んで。

「ヤバいね。語彙力無くなる。おかわり」
「流れるように酒を強請(ねだ)るな……。美味そうに食ってくれるのは嬉しいけどよ」

 ふむ、苦笑いされてしまった。
 まあいいか。

 そんなことよりも、もっと肉と酒を出すのだ素戔嗚さんよ。
 豊穣の神の顔もあるって知ってるんだぞ。
 重ねて言うけど、これでもちゃんと神道の人間だったんだから。

 だから早くもっと恵みを寄越すべし。

「マジで敬われてる気が一切しねぇ……」
「三合を一瞬で飲み干せるようなお供を出してくる方が悪い。あ、ジャーキーもおかわり」

 ん、何さその溜息は。
 良いから早くおかわりぷりーず。

「せめてもう少し、美味そうな表情してくれたらな……」

 してんじゃん。
 ウィンテと令奈なら見分けられるよ。

「……はぁ」

 あ、また溜息吐いて!

「まあ良い。それよか、なんか聞きたい事はあるか? できる限りで答えてやるぞ」
「お土産はどれくらいくれる?」
「……」

 あ、そういうのじゃなくて?
 はい、ごめんなさい。
 真面目に考えるから、凄く良い笑顔で大量の肉と五穀と酒を召喚するのやめてもらって。

 貰うけども。
 収納収納。

「んー、聞きたい事ねぇ……」

 だいたいの答え合わせは、さっきしてくれた。
 他は、大方確信を持ってることか、私にとってはどうでも良いような、世界の真実。

 でも、何も聞かないのも悪いかな?
 せっかくこうして、わざわざ聞いてくれてるのに。

 ……そうだね、あれだけ、確認しておこう。
 殆ど確信してはいるけども。

「じゃあさ、一つだけ。大国主(おおくにぬし)さんって、どこにいるの?」

 そう、この出雲大社の、本来の主祭神の行方。

 確かに、素戔嗚さんがここに居るのもおかしくはない。
 一時期だけとは言え、素戔嗚さんが主祭神だった時期もあるし、今も境内の最奥あたりに素戔嗚さんの社がある。

 だけど、この迷宮は、最古の時代の出雲大社を入り口としておき、神話の時代をその舞台としていた。
 それなのに、元々の主の影一つとしてないのは、おかしな話だろう。
 
 その答えを、私は自分のうちにも持ちながら訪ねる。
 
「大国主? ずっとお前さんの隣に居たろ。まあ、お前さんが捨てた部分を全部請け負いやがったから、人格としては殆ど残っちゃいねぇがな」

 ……やっぱり、か。
 ずっと、それこそ出会って間もない頃から、そんな気はしていた。

 けど、確信は持てずにいた。

 もっと正確に言えば、確信を持つ必要が無かったから、得ずにいた。

「……分かってて聞きやがったな?」
「まあ、殆ど勘だったけどね」

 素戔嗚さんは私の返答に肩をすくめると、自身の盃に口を付ける。

 呆れているのか、納得しているのか。
 まあ、何でも良い。

「その辺についての話は、後でゆっくりするさ」
「そうしとけ」

 気負う様子もなく、素戔嗚さんは返事をくれる。
 そこそこの大きさがあるジャーキーをつまみ上げて、丸々、そのまま口に放り込んでいるのは、なんというか、彼らしい。

「さて、と」

 彼が膝を一つ叩いて、自分の分の皿を全て消す。

「もう消えるの?」
「ああ。俺がここに居る理由は、お前がどうにかしてくれたからな」

 大方、伊邪那美さんの封印のことだろう。
 あの入り口の注連縄は、たぶん素戔嗚さんの力で維持されていた。

 何の枷も無い彼女だったなら、きっと、さっさと大迷宮の支配を振りほどいて、伊邪那岐(いざなぎ)さんの元へ向かおうとしただろうから。

 そうしたら、最悪のスタンピードになってただろうね。

「せっかくの祝いだ。もうちっとゆっくり楽しみてぇが、俺を起点にお袋が再召喚されちまいかねねぇ。そろそろお別れだ」
「なるほどね。それは大変だ」

 まあ、そうなってもまた私が倒してあげるけど。

「色々押し付けちまうからな。最後にてめぇの封印を解いてやるよ。今のお前さんなら、なんだかんだやる事やってくれるだろうしな」

 私の封印?
 そう問う前に、彼は立ち上がって私に歩み寄り、中指と人差し指だけを立てて私の額を突く。

 途端に感じる脈動は、私の内、魂から発せられるものだ。

「お前さんがお前さんのまま、神となることを選んでくれて良かったぜ」

 遅れて感じる、全能感。
 もう一つ神器の類いを飲み込んだような、それに匹敵する力が、溢れてくる。

「そうそう、そのうち、()の方から招待がいくだろうから、心の準備だけしとけよ。ついでに解放しておいてくれたら助かる」

 彼の方って誰さ、なんて聞きたいところだけど、私は荒れ狂いそうな力をどうにか抑えたところで、まだそんな余裕は無い。
 余裕を取り戻す頃には、彼は彼らしい笑みをその顔に浮かべていて、別れの言葉を口にする。

「それじゃあな、次代の神の器。お前の生が、お前の望むままにあることを祈ってるぜ」

 もう消えるんでしょ、なんて、無粋な返しは届かない。
 口を開く前に彼は、その輪郭を蜃気楼のように歪め、光の泡となって消えた。

 きっと、彼の愛する家族のもとに向かったのだろう。
 高天原(たかまがはら)を追放されたその時のように、自由の身となって。

 新しい疑問は、溜め息ひとつと共に飲み込んだ。

「……私は、私の生きたいように生きるよ。その為に力を求めたんだから」

 迷宮のコアへ手を乗せ、支配権を確定させながら呟く。

 誰へ向けた言葉なのかは、自分でも分からない。