──女の話なのに、どうして、あいつの顔が浮かぶんだ。

「なぁ、Shogo!昨日、彼女がベッドでさぁ〜……」

 チャドの能天気な声が、談話室中に響き渡る。空気が、ぴきりと張り詰めた。

 周囲にいた生徒たちが、ちらりとこちらを見て、小さく笑う。

 章吾はカップを持つ手をぎゅっと握りしめた。
 震える指先。顔が真っ赤になるのが、自分でもわかった。

「マジで赤いな」「アジア人って純情だよな」
 無神経な囁き声が、ぐさりと胸に刺さる。

 ほんの一瞬、映像が頭に浮かんだ。ベッドの上、頬を染めた──アルジャーノンの姿。

(……なっ)

 脳が真っ白になった。なんでだ。なんで、あいつなんだ。女の子を想像しろよ。そう言われたのに。

 浮かぶのは、金髪と蒼い瞳。ネクタイを緩めた、あの穏やかな横顔。

(やめろ!!)

 絶叫するような気持ちを抑えきれず、章吾はカップを机に叩きつけた。
 大きな音が、談話室に響く。

 また、ざわりと視線が集まった。

 そのときだった。

 静かに、椅子が引かれる音。

 章吾が顔を上げると、無表情のアルジャーノンが立っていた。凍りつくような蒼い瞳。

 無言でチャドに歩み寄る。

「……君には、品というものがないのか?」

 静かな声だった。それでいて、空気を凍らせるほど冷たかった。

 チャドが肩をすくめる。

「いやいや、Shogoがかわいくって、つい……」
「他人を辱しめて笑いものにするなど、紳士のすることではない」

 ぴたりと、談話室の空気が止まった。チャドは蒼白になり、逃げるように去っていく。

(……なんだよ、あいつ)

 ──俺を、助けてくれた。
 胸が、ざわざわした。

 無意識に、隣に立つアルジャーノンを見上げた。彼は、紅茶のカップを持つ指も、姿勢も、すべてが端正で整っていた。

 でも、目が合いそうで合わない。それは、わざとなのか、偶然なのか。

 章吾には──分からなかった。

 ──談話室にひとり残されたアルジャーノンは、カップを見つめたまま、動かなかった。

 指先で、そっと縁をなぞる。

(……君は、私を壊す)

 誰にも届かない声が、胸の奥で響いていた。