「佳純はさ、私たちが想像もできないような大恋愛しそうだよね」
お昼休みのことだった。いつものメンバーで教室にてお昼ご飯を食べていたら、奈々未がそんなことを言った。彼氏のいる奈々未や、片思い中のもも恵の話から、最近の恋愛事情の話をしていて。
昨日沙菜やサエリは中学の同級生の伝手で合コンに参加してきたらしい。メンバーの質も中々よくて、思ったより気が合ったから、と近々また遊びに行く予定があるのだとか。
クリスマスの次にある恋のイベントと言えばバレンタインデイ。もう数週間後に迫ったその日に、本命チョコレートをあげる相手がいるというのは、ある種のステータスになるようで、両想いのチャンスをそのイベントにかけている人の話を、よく耳に挟んでいた。
私はそんなことには「興味がない」と思われているから、合コンにだって、誘われなかった。
だから、いきなり話をふられて、私は内心動揺しながらも平静を装った。
「そう、かな?」
「だって、なんか。そんなイメージなんだよね」
「あー、わかるかも」
奈々未の首元には、今日も彼氏のネクタイが締められている。私たちと話した後に先輩彼氏に話をしたら、あとは彼氏が手ずから教えてくれた、と聞いたのはその翌日のこと。
紺色に水色のストライプの入ったネクタイに触れながら会話をする奈々未を、みんながちらと鋭い眼光で盗み見ているのを、私は知らないフリをする。
「初めて付き合う人と、そのまま長く付き合っててほしいよね」
「あわよくば、結婚までいってほしいかも」
「初キスは付き合ってから一か月記念日、とか」
「逆に、結婚式での初キスとか希望!」
次から次へとみんなが妄想を膨らませていく。加われない自分の話題というものに、何となく居心地が悪くなっていく。気づかれないように、箸を持つ手に力が入る。
「まあ、でも」
ひとしきり盛り上がって、そしてお決まりの言葉が出てくる。
「佳純は、興味ないもんね」
私はあいまいに笑って、それ以上は何も言わなかった。
誰が好きとか、そんな話。興味ないわけじゃない。奈々未の話も、もも恵の話も、両想いの楽しさとか、片思いの甘酸っぱい苦さとか、そういう恋愛話を聞かせてもらえるのは、それだけ深い間柄だということを示してくれているわけで、優越感はある。
でも、それだけなのだ。
「辛島」
クラスメイトの男子に、名前を呼ばれて振り返る。
「浅田が呼んでる」
「え……?」
男子が指さす教室のドアの方に目をやると、一人の男子が私に向かって手を振ってきた。短髪に浅黒い肌。ちらりと見せた教科書に。私は今朝の出来事を思い出した。
あ、と思って持っていたお箸を置くと、私より先に席を立ったのは、沙菜だった。遅れて私も後を追い、教室の外に出る。
「おまえさあ、人の教科書貸してくんじゃねーよ」
「えー? でも、佳純は私の友達だし」
「けど、お前のじゃねーじゃん」
「悪かったわね」
二人が軽口をたたきあっている邪魔はできず、おずおずと近づいていくと、浅田くんという男子が私に気づいて教科書を差し出してくる。
「貸してくれて、ありがとね。桜庭先生、教科書忘れると怖いから。マジで助かった」
「あ、いえ……」
浅田くんとはこれが初めまして、だ。今朝英語表現の教科書を忘れたと言って、同じ部活の仲間を頼りに私のクラスにやってきた。今日うちのクラスは授業自体なく、教科書を置きっぱなしにしているひともいなかったが、私がほかの教科書と一緒に間違って持ってきてしまったのを、たまたま沙菜が見ていた。学年でも人気のグループに所属している浅田くんと、沙菜は同中だったこともあり、「私の友達が持ってるよ」と、流れで貸すことになったのだ。
教科書を受け取ると、浅田くんは「それじゃあ」と手を振って隣のクラスに帰っていった。
「浅田、ちゃんと返してくれてよかったね」
教室へ戻る浅田くんを視線で追いかける沙菜は、本当は彼のことが気になっているんじゃないかと思う。それとも、人気者とつながりがあることに、価値を見出しているだけなのだろうか。そんなことをわざわざ聞くつもりもなく、頷いて自分の席に戻る。
ふと、視界に沢見くんが入る。窓際の席、友達と談笑している。
私の視線には、気づかない。
「教科書、返してもらったの?」
「う、ん」
席に着くと、みんなが互いに顔を見合わせる。
「佳純には、絶対年上じゃない?」
「分かる。同級生男子とかは幼稚過ぎてむり。佳純にはもったいない」
「佳純には精神年齢の高い、包容力の高い人がいいよね」
「……そう、かな?」
まだ盛り上がる話に、私は作り笑いを張り付ける。
知ってる。これが呪いだって。私の高校生活では、彼氏できないよねって、そういう。
いくらみんなと同じようにスカートの丈を短くしてみても、髪にヘアアイロンを通してみても、薄い唇に口紅を引いてみても、誕生日にもらったコロンでいい香りをさせていても、私には浮いた話の一つもない。
それが、彼女たちの求める「真面目で優しい」私。
私はきっと、みんなの引き立て役として、グループに入れてもらえただけ。
そんなこと、分かってる。でも、それでいい。それが、いい。
それが、一番、いい。
そう言い聞かせて、ぐっと何かに耐えるように奥歯を噛んだ。
彼女たちが嫌いなわけじゃない。
でも、だれか一人を除いたトークルームができるたびに、私もみんなに嫌われてるんじゃないかという猜疑心がどんどん、ぬぐえなくなっていく。
「てかさー、沙菜は、浅田はナシなの?」
尋ねるサエリに、沙菜はまんざらでもなさそうな顔をする。
「いやぁ、でもあいつバカだからなー。 なんで人気あるか、未だによくわかんない」
すこしぼんやりして会話を聞いてなかったけど、それほど話題は大きくそれていないようだった。お互いを探るようなやり取りに、私が自分から話題がそれたことにほっとしながら、また窓際で音声読み上げソフトを使いながら会話する沢見くんを盗み見る。
すると、私の視線を咎めるように、ポケットの中でスマホが震えた。タイミングを見計らって、画面を確認すると、案の定、沙菜を抜かしたグループでの会話が始まっていた。みんなでいるときにスマホをいじるなんてことも日常茶飯事だから、食事中にスマホを触っていたところで、誰かを注意するなんてことはない。
『なにあれ、マウント?笑』
私が沙菜と浅田くんのところに行っている時からやり取りは始まっていたらしい。たまった通知を既読にして、また私は何とも感情の読み取れない絵文字を送信した。そうやって、適度にスマホを触りながら、みんなとは何でもないのを装って会話を続けていく。
スマホを壊してしまった事件からしばらく経つが、あれ以来、沢見くんとは言葉を交わすこともなければ、視線が交わることもなかった。
そういえば、保健室のあのひとは誰なのだろう。沢見くんとずいぶん親しそうだったが、兄弟とかそういう間柄なのだろうか。結局姿を現さかったから、声だけしか知らないけれど、ずいぶんと気の置けない仲のように見受けられた。
(うらやましい。)
そんな感情がぷかりと沸いて、打ち消すように小さくかぶりを振った。
お昼休みのことだった。いつものメンバーで教室にてお昼ご飯を食べていたら、奈々未がそんなことを言った。彼氏のいる奈々未や、片思い中のもも恵の話から、最近の恋愛事情の話をしていて。
昨日沙菜やサエリは中学の同級生の伝手で合コンに参加してきたらしい。メンバーの質も中々よくて、思ったより気が合ったから、と近々また遊びに行く予定があるのだとか。
クリスマスの次にある恋のイベントと言えばバレンタインデイ。もう数週間後に迫ったその日に、本命チョコレートをあげる相手がいるというのは、ある種のステータスになるようで、両想いのチャンスをそのイベントにかけている人の話を、よく耳に挟んでいた。
私はそんなことには「興味がない」と思われているから、合コンにだって、誘われなかった。
だから、いきなり話をふられて、私は内心動揺しながらも平静を装った。
「そう、かな?」
「だって、なんか。そんなイメージなんだよね」
「あー、わかるかも」
奈々未の首元には、今日も彼氏のネクタイが締められている。私たちと話した後に先輩彼氏に話をしたら、あとは彼氏が手ずから教えてくれた、と聞いたのはその翌日のこと。
紺色に水色のストライプの入ったネクタイに触れながら会話をする奈々未を、みんながちらと鋭い眼光で盗み見ているのを、私は知らないフリをする。
「初めて付き合う人と、そのまま長く付き合っててほしいよね」
「あわよくば、結婚までいってほしいかも」
「初キスは付き合ってから一か月記念日、とか」
「逆に、結婚式での初キスとか希望!」
次から次へとみんなが妄想を膨らませていく。加われない自分の話題というものに、何となく居心地が悪くなっていく。気づかれないように、箸を持つ手に力が入る。
「まあ、でも」
ひとしきり盛り上がって、そしてお決まりの言葉が出てくる。
「佳純は、興味ないもんね」
私はあいまいに笑って、それ以上は何も言わなかった。
誰が好きとか、そんな話。興味ないわけじゃない。奈々未の話も、もも恵の話も、両想いの楽しさとか、片思いの甘酸っぱい苦さとか、そういう恋愛話を聞かせてもらえるのは、それだけ深い間柄だということを示してくれているわけで、優越感はある。
でも、それだけなのだ。
「辛島」
クラスメイトの男子に、名前を呼ばれて振り返る。
「浅田が呼んでる」
「え……?」
男子が指さす教室のドアの方に目をやると、一人の男子が私に向かって手を振ってきた。短髪に浅黒い肌。ちらりと見せた教科書に。私は今朝の出来事を思い出した。
あ、と思って持っていたお箸を置くと、私より先に席を立ったのは、沙菜だった。遅れて私も後を追い、教室の外に出る。
「おまえさあ、人の教科書貸してくんじゃねーよ」
「えー? でも、佳純は私の友達だし」
「けど、お前のじゃねーじゃん」
「悪かったわね」
二人が軽口をたたきあっている邪魔はできず、おずおずと近づいていくと、浅田くんという男子が私に気づいて教科書を差し出してくる。
「貸してくれて、ありがとね。桜庭先生、教科書忘れると怖いから。マジで助かった」
「あ、いえ……」
浅田くんとはこれが初めまして、だ。今朝英語表現の教科書を忘れたと言って、同じ部活の仲間を頼りに私のクラスにやってきた。今日うちのクラスは授業自体なく、教科書を置きっぱなしにしているひともいなかったが、私がほかの教科書と一緒に間違って持ってきてしまったのを、たまたま沙菜が見ていた。学年でも人気のグループに所属している浅田くんと、沙菜は同中だったこともあり、「私の友達が持ってるよ」と、流れで貸すことになったのだ。
教科書を受け取ると、浅田くんは「それじゃあ」と手を振って隣のクラスに帰っていった。
「浅田、ちゃんと返してくれてよかったね」
教室へ戻る浅田くんを視線で追いかける沙菜は、本当は彼のことが気になっているんじゃないかと思う。それとも、人気者とつながりがあることに、価値を見出しているだけなのだろうか。そんなことをわざわざ聞くつもりもなく、頷いて自分の席に戻る。
ふと、視界に沢見くんが入る。窓際の席、友達と談笑している。
私の視線には、気づかない。
「教科書、返してもらったの?」
「う、ん」
席に着くと、みんなが互いに顔を見合わせる。
「佳純には、絶対年上じゃない?」
「分かる。同級生男子とかは幼稚過ぎてむり。佳純にはもったいない」
「佳純には精神年齢の高い、包容力の高い人がいいよね」
「……そう、かな?」
まだ盛り上がる話に、私は作り笑いを張り付ける。
知ってる。これが呪いだって。私の高校生活では、彼氏できないよねって、そういう。
いくらみんなと同じようにスカートの丈を短くしてみても、髪にヘアアイロンを通してみても、薄い唇に口紅を引いてみても、誕生日にもらったコロンでいい香りをさせていても、私には浮いた話の一つもない。
それが、彼女たちの求める「真面目で優しい」私。
私はきっと、みんなの引き立て役として、グループに入れてもらえただけ。
そんなこと、分かってる。でも、それでいい。それが、いい。
それが、一番、いい。
そう言い聞かせて、ぐっと何かに耐えるように奥歯を噛んだ。
彼女たちが嫌いなわけじゃない。
でも、だれか一人を除いたトークルームができるたびに、私もみんなに嫌われてるんじゃないかという猜疑心がどんどん、ぬぐえなくなっていく。
「てかさー、沙菜は、浅田はナシなの?」
尋ねるサエリに、沙菜はまんざらでもなさそうな顔をする。
「いやぁ、でもあいつバカだからなー。 なんで人気あるか、未だによくわかんない」
すこしぼんやりして会話を聞いてなかったけど、それほど話題は大きくそれていないようだった。お互いを探るようなやり取りに、私が自分から話題がそれたことにほっとしながら、また窓際で音声読み上げソフトを使いながら会話する沢見くんを盗み見る。
すると、私の視線を咎めるように、ポケットの中でスマホが震えた。タイミングを見計らって、画面を確認すると、案の定、沙菜を抜かしたグループでの会話が始まっていた。みんなでいるときにスマホをいじるなんてことも日常茶飯事だから、食事中にスマホを触っていたところで、誰かを注意するなんてことはない。
『なにあれ、マウント?笑』
私が沙菜と浅田くんのところに行っている時からやり取りは始まっていたらしい。たまった通知を既読にして、また私は何とも感情の読み取れない絵文字を送信した。そうやって、適度にスマホを触りながら、みんなとは何でもないのを装って会話を続けていく。
スマホを壊してしまった事件からしばらく経つが、あれ以来、沢見くんとは言葉を交わすこともなければ、視線が交わることもなかった。
そういえば、保健室のあのひとは誰なのだろう。沢見くんとずいぶん親しそうだったが、兄弟とかそういう間柄なのだろうか。結局姿を現さかったから、声だけしか知らないけれど、ずいぶんと気の置けない仲のように見受けられた。
(うらやましい。)
そんな感情がぷかりと沸いて、打ち消すように小さくかぶりを振った。

