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「いやあ、まあ仕方ないよね」
どちらかといえば気遣うような言葉をかけられて、ようやく呼吸が楽になる。
「それにしても、災難だったね」
「代機とかなかったの?」
「ちょうど、全部出払ってたみたいで……」
「職務怠慢じゃない? 絶対その店いかないわ」
みんなは「呆れたー」なんて言って私の味方に付いてくれたようだった。
「つか、困るよね、携帯ない生活」
「私だったら無理」
「私もー。彼氏と連絡とれなくなるし」
奈々未の返事に「ノロケおつー」と適当な相槌が打たれる。
登校して開口一番、私からの返信がなかったことを不思議に思ったサエリたちから「昨日返信なかったけど、何してたの」と問い詰められた。私たちとの約束すっぽかして、という言葉を裏に感じ取って、私は不安に駆られながらも昨日練習したように告げた。
携帯を落としてしまって。携帯ショップまで、行ってたから。返信できなかった。
言葉を口にするのが苦手だから、いつも話そうとすると、詰まってしまう。私のその様が彼女たちの目には元気がないように映って、糾弾するようなまなざしは、だんだん同情の色に変わっていった。金づちか何かでたたき割られたようなスマホの画面も、ちょっとした嘘を真実に変える味付けには十分だった。
「今日も携帯ショップ行くんでしょ? ついてこうか?」
 少しの間スマホが使えないから、授業中のメッセージ交換はできなくなるけど、ごめんね。そう言ってしまえば、しばらくスマホの通知を気にしなくてもいい生活が送れるのでは、とほんの少し期待していたけれど、やっぱりうまくはいかないらしい。
「あ、いや……お母さんと、一緒だから。大丈夫」
 何とか絞りだして答えると、それならいいけど、と返事された。
「今日行ったら修理できなくても、代機くらいあるっしょ」
「なきゃお店として困るんですケド」
「早く携帯直るといいね」
あ、ところでさー、と話題が次に移ったところで、ほっと胸をなでおろす。私は一瞬のスキに、窓側の席で友達と「話す」沢見くんを盗み見た。彼が手にする「私の」スマホからは、相変わらず男性の声が、流れてくる。いつもの、沢見くんの「声」だ。
昨日の私からの苦し紛れの提案に、沢見くんは渋面した。個人情報の塊である他人のスマホを借りることなんてできない、と断られたけれど、押し問答の末「声」がないのはやはり些かの不便があるようで。とりあえず今日の放課後までは交換する、ということで落ち着いた。だから私がみんなに見せたのは、壊れてしまった沢見くんのスマホだ。
彼の「声」を発する音声読み上げアプリは、沢見くん個人のために、ある人が作成したものだということを、昨日初めて知った。別の端末に搭載しても、後からもなくデータを決ことができるので安心してほしい、と言われたことを思い出す。
「佳純、聞いてる?」
 呼ばれて、ハッと意識を今に戻す。
「ご、ごめん……なんだっけ」
「携帯なくてショック受けてんでしょ」
「わかるけど、ぼーっとしすぎ」
「え、っと……ご、めん……」
 いや、だからさー、と再会する会話に今度こそ集中しようとする。
 けれど、私の携帯から聞こえる、知らない男子の話し声、笑い声を耳が拾ってしまう。楽しそうに人と「話す」沢見くんの姿が何度も脳裏をよぎって、胸の内にほんのりと昏い何かが影を落とした気がした。