あなたへの思いを一杯のコーヒーに例えるなら

 ファミレスの厨房で時計を見る。そろそろ次のバイトの人が来て、少しだけ暇になる時間だ。一度休憩を取ろう。
僕は厨房から出てフリードリンクコーナーでコーヒーを淹れた。どこで取れたのかも煎り加減もわからない豆から抽出される黒い液体。それが入ったカップを手に取り厨房に引っ込む。一息ついているとほどなくして同級生の桃月(ももつき)未尋(みひろ)がひょこっと顔を覗かせた。目が合う。彼女は笑顔になって一度ホールに出る。「休憩貰います」と声が聞こえてまた厨房に入ってきた。

「座っていい?」

 彼女はオレンジジュースを携えていた。

「僕は面接官じゃないんだから。お好きにどうぞ」
「えへへ」

 オレンジジュースをチューチュー吸っている。かわいらしい口元が艶やかだった。

「リップ変えた?」

 ぶぼはっ! とジュースが飛び散る。

「汚ねー」
「ご、ごめん!」
「そんなに驚く?」
「だって! 気にしてもらっていると思ってなかったから!」
「声大きいって」
「ごめ……」

 すまなさそうに肩をすくめる彼女から目を切って、スマフォの画面をスワイプする。SNSでSuburbsの呟きを見つけ、『いいね』を押す。宣伝担当は奏さんだから、これは彼女の言葉だ。

「それ、好きだよね」

 一瞬驚いたけれど、彼女の指先は僕が持っているカップを指していた。

「んー、別に」

 短く言うと、彼女の顔が曇った。

「いつも飲んでるから、好きなんだと思った」
「コーヒーだから飲んでるってだけだね」

 親指が奏さんを探す。

「あ、ねえ、雪春くんっていつからコーヒー飲めるようになったの? それブラックだよね」
「いつからだろう」
「好きになった日を、覚えてないの?」

 奏さんの呟きを見付ける。『いいね』を押す。

「気が付いたら好きになっていた、かな」
「そんなもんなのかなー?」
「理由なんていちいちある方が稀有だろう」
「ふーん。じゃあコーヒーを好きになるの結構難しいかも。苦いのが苦手なんだよね」
「別に、無理に好きになる必要ないでしょ」
「え、でもコーヒー飲める方がカッコイイじゃん」
「中二かよ。僕らもう高校生だぜ」
「アタシだって雪春くんが見てる世界を、見てみたいんだよ」
 
 彼女はそう言ってしばらく僕を見ていたけれど、少しずつ視線を逸らしていった。どうやら諦めるらしい。

「プリンセサワイニー」

 その言葉に彼女の視線が戻る。

「え?」
「最近飲んだコーヒー。僕が飲んだのは浅煎りで苦味より酸味が強いタイプだったし、ワインみたいな果実感があったから苦いのが苦手ならそういうのが良いかもしれない」
「ほんと!? ありがとう。嬉しい!」

 彼女は跳ねるようにホールへ戻っていった。