璃愛(りあ)さんは美術部を辞めて詩に集中し、これ以外にも数十もの詩を送ったそうだ。どれもがきっと審査員の心を揺らすことになるだろう。
 やっぱりタイトルを見るに、『わたし』なんだなと思った。ちなみに最後の一行は、僕と出会ってから変えたらしい。これが受賞すればいいなあなんて思う前に、まずは目の前のボールを追おう。せっかく璃愛(りあ)さんが応援しに来てくれているんだから。僕はラケットのグリップを手中でクルッと回し、握り直してステップを踏んだ。

 その日の僕は一回戦敗退。情けない姿を見せ付けることになったけれど、璃愛(りあ)さんとご飯に行けるので良いのだ。試合会場の付近にはなにもないので駅の方まで向かう。

「絵を描かなくなってから詩に損ないの言葉はどうするようにしたの?」
「今も変わらず出て来て、放置してる。ちょっと気持ち悪い」
「これからは、『わたし』にそれを共有させてほしいな。断片的でも、意味をなさなくても、言葉にならない模様を教えてよ」
「ありがとう。そうするね」

 彼女の屈託のない笑顔は僕から心配を奪い去る。

「それにしても悪いね。負けた上に奢ってもらうなんて」
「慰めたいから。でも、わたしが落ちたら落ちた作品の分だけご馳走してね」

 これは、なんとしても受賞してほしいな。できれば全部。でも、璃愛(りあ)さんとの食事のためには1作品くらいは落ちていてほしいななんて、ちょっと悪いことを考えてしまう。

「今ちょっと悪いこと考えてなかった?」
「ぐっ、全部お見通しだね」
「『わたし』、だからかな?」

 続けて「えへへ」と笑った。

 駅へと向かう道は下り坂で見通しが良い。ずっと先には地平線が見える。街の中では分かれているように見える天と地も実はずっと接していたんだなと気付く。
 同じく学校の中だとわからないけれど、外では璃愛(りあ)さんと僕もこんなにも近くに居る。手を伸ばせば届くような距離に。

 視線を逸らして手を伸ばそうとしたら、璃愛(りあ)さんの手の甲に当たった。ビックリして璃愛(りあ)さんを見ると同じタイミングでこちらを見ていた。

 やっぱり『わたし』、なんだと思った。