どの家も、それなりの問題を抱えているんだなあと思う。

「最近、帰ってくるの遅いわよね」
「そうなの?」

 母さんの問い掛けに、さらにお義父さんが疑問符を被せて送って来た。

「まあね」
「あら、彼女?」
「そんなんじゃないよ」

 僕が返すと母さんはニヤァとしたままなにも言って来なかった。本当にそんなんじゃないんだって。

 夕食を食べ終えて自室で宿題をしているとノックが響いた。

「どうぞ」

 ——ガチャッ。
 僕の応答の前に入って来るのが母さんで、あとに入って来るのがお義父さんだ。

(そう)くん、お小遣い足りてる?」
「なんで?」
「あ、いや、彼女が出来たらいろいろ入用だろうし」
「母さんにも言ったけれど、そんなんじゃないよ」
「ごめん。でも、(そう)くんは無欲だよね。俺だったらしめしめと思ってお小遣い貰っちゃうから」
「だって悪いし」
「悪いことなんかないよ。もしかして、部活に入らないのもお金が掛かるから? そんなの、気にしなくて良いからね」

 そんなの、って。
 僕の気遣いを否定しなくても良いじゃないかよ。

「大丈夫だから。今宿題してるから。ごめん」

 悪くないのに謝るのは、この話を終わらせたいからだ。お義父さんは察して部屋を出て行ってくれた。

 お義父さんは悪くない。けれど、言葉の節々が引っ掛かる。ご厚意に甘えられない。どうしても他人の感が拭えない。
 中学生のころに再婚したからだろう。父に甘える時期をとうに過ぎてから家族になったものだから。お義父さんも別に、他人みたいに接してくれたら気が楽なのに。
 運動系の部活もやりたくないわけじゃあない。けれど僕は運動音痴だ。自分すら期待できない自分に、親を期待させるなんて申し訳ない。

※  ※  ※  ※


「それで、(そう)くんは部活動やりたくないわけじゃあないんだよね」

 昨日の話を璃愛(りあ)さんにした。もちろん彼女ができたと疑われていることは伏せて。

「やりたい部活動はあるよ。でも、運動音痴だからさ」
「なんでわかるの?」
「うちの中学、小さいから運動部しかないうえに入部が必須で、友達の薦めでバレー部に入ったんだけど、楽しいとか以前に痛くて。相手が思いっきり打って来た球をレシーブしなきゃいけないなんて拷問だよ。逃げたら怒られるし。チームのためには痛い思いしなきゃいけなくて、しかもそれが当たり前のことで、もうそんなの洗脳じゃないか」
「それは苦手そうだね」
「そのうえ、人数も少ないせいでレギュラーになっちゃって。僕のせいで負けることがほとんど。チームメイトからは叱責ばかりだったよ」
「嫌になるよね。なら、(そう)くんがやりたい部活ってなに?」
「テニス部」

 璃愛(りあ)さんは片眉を下げる。どういうこと? って、言わなくても聞こえてくる。

「運動は苦手だけど、嫌いではないんだよね。でも、チーム戦は嫌だ。迷惑を掛けるから。その点テニスは団体戦じゃなくて個人戦に出れば、誰に迷惑をかけるわけでもないし」

 璃愛(りあ)さんは納得した様子で、コクンと頷く。

「お義父さんには、甘えられない?」

 今度は僕が納得できない気持ちでコクンと頷いた。

「そうだよね。『わたし』だもんね」

 お互いに人の視線ばかりを気にして生きている。璃愛(りあ)さんは人の期待通りの自分に成って、僕はやりたいことを我慢して。誰かのために自分を殺している。でもそうじゃないと生きていけない。死に物狂いで死んでいる。だから生きられる。

「もしも(そう)くんが部活を始められたら、わたしも挑戦してみようかな。詩の公募」
「受賞したら本に載るってこと? すごい」
「気が早いよ」
「でもだったら、僕のことなんか気にせず出しなよ。お金は掛からないんでしょ?」
「出すのは無料だけど、簡単に言わないでよ」

 そんなに難しいことだろうか。僕が部活を始めることより簡単なことのように思う。親の了解はいらないし、お金もいらない。もうすでに出来上がった詩はあるのだから、あとは応募の手続きさえ踏めば出せる。

「手続きが面倒なのはわかるけど、もったいないよ。出しなよ」
「だから、そんなに簡単じゃないんだってば……」

 いつもより低く放たれた声に、僕の心臓を凍り付いた。これは怒りではない。失望だ。
 彼女の表情には影が落ちていた。
 黄色い線より内側におさがりくださいのアナウンス。
 彼女はぴくっと小さく震えてから、あのいつもの笑顔を磔にした。それだけで、もう僕は『わたし』ではないのだと確信した。