学校ではいつもニコニコの璃愛(りあ)さん。破顔一笑と言う言葉がよく似合う。でも下校から駅の一番ホームに突っ立って電車を待っているときの彼女は、真顔と笑顔を行ったり来たり。真顔のときの方が、心が綻んでいるように思えた。

(そう)くんはさ。わたしのこと、気持ち悪いっ、って思わない?」

 トロリー線から滴る雨粒を眺めながら、ため息みたいな偶然性を装って放った。
 ぬるま湯みたいな風が頬をぬったりと叩いて、置いて行かれた思考が連れ戻される。

璃愛(りあ)さんの、どこが?」
「ピアニカの地底湖とか強肉弱食(きょうにくじゃくしょく)とか……はぁ~? なに言ってんのぉ? って思わない?」

 僕は素直に首を横に振った。前髪が瞼を掠って、そろそろ散髪の時期かなと思う。

「寧ろ好きだけど」
「好き?」
「すごく好き」

 断言すると、彼女はにんまり笑って「えへへ」と声を零した。
 このとき、僕は初めて彼女の笑顔を見た気がした。今までの笑顔はなんだったのかと聞かれたら答えられないが、でもこの笑顔こそが本物のように思えた。
 その笑顔を逃すまいと言葉を手繰り寄せる。

「それを気持ち悪いって言ったら、僕だってそうじゃない。絵の解釈、一緒なんだよね?」
「それもそうだね。(そう)くんは、気持ち悪くないもの。ものすごくシンパシーを感じて勝手にいろいろ話したけれど、突然怖くなって。あんなことを話したのは、初めてだったから」

 穏やかな笑顔を浮かべた。
 さっきの笑顔を見てしまったせいで、今の笑顔は本物かどうかなんて思考がよぎる。失礼なことだ。けれど、もしもいつもの彼女の笑顔が仮初のものだとしたら、苦しくないだろうか。

璃愛(りあ)さんはいつも笑顔だよね」
「うん」
「自覚あるんだ」

 意外だった。え、そうかな。とか言うと思った。

「望まれているし、仏頂面より、楽勝じゃない?」
「確かに。でも、苦しくはない?」

 眼鏡の奥の瞳が、プルッと震えた。口角がゆっくりと持ち上がる。

「すごいね。なんでもお見通し」
「『わたし』、だからかな?」

 彼女はハッとしたように口を開き、それから微笑んで「そうだね」と零す。
 視線を上げ、曇天の奥を見上げるように伸びをして、フッと息を吐いた。まるで、登山用のリュックを立ったまま地面に落とすような動作だった。でも大丈夫、大切なものなんてなに一つ入ってないから、と言わんばかりのケロッと顔で、僕と目を合わせた。

「うちの父親、昔からいつも不機嫌そうで、それが嫌だった。ああはなりたくないなあと思っていたら、いつの間にか笑顔になってた。反面教師ってやつかな。おかげで社交性二重丸のお利口さんになりました」

 他人事のように言うのは、自分事として語りたくないからかもしれない。
 笑顔でいることを自らに強いることは、おそらくつらいことだろう。破顔一笑ならぬ、破顔一生(はがんいっしょう)。一生笑顔の奴隷だ。

「僕と一緒に居るときは、無理に笑わなくていいからね」

 彼女は「えへへ」と笑う。曇天の中、在るはずのない斜陽が頬に射した気がした。