わたしはスイミングスクールに通っています。毎週水曜日学校が終わったら、あたかかいプールへ向かうのです。先生は丁ねいに泳ぎ方を教えてくれるけれど、わたしはそれほど速く泳げるわけではありません。ぼうしの色で分けられた能力別のグループでも、わたしの頭におさまっているのは緑色。上から三つ、下から二つ目のグループです。それでも、「夕衣ちゃんは楽しそうに泳ぐね」と先生は言ってくれます。わたしはそれがうれしくて、先生のことが大好きです。
 あたたかい水の中に入ると、なんだか別の世界におとずれたようなそんな感覚になります。頭を水中につけると周りの音がぽやぽやと聞こえなくなって、そこにあるのは広い水色の世界。息を止めてただ前へと泳ぎ始めると、静かな世界に自分のバタ足の音だけがひびき始めて、わたしは水の中に溶けていくようなそんな気分になります。温水とわたしが一つになって、やさしくあたたかく包みこまれるような。それはお母さんにだきしめてもらっている時みたいで、とても心地がいいのです。白いぼうしをかぶったとなりレーンを泳ぐ上級クラスの友達はどんどん前に進んでいってしまうけれど、わたしはゆっくり水と一しょに少しずつ、お散歩するように溶けて進んでいく。それでいいのだと先生は言ってくれました。だからわたしは毎週水曜日のこの時間を、とてもとても楽しみにしているのです。
 なんて、少しだけうそをついてしまったかもしれません。もちろん泳いでいる時間は楽しいのだけれど、本当はもっと楽しみにしていることがあります。それはスイミングスクールが終わってむかえに来てくれたお母さんと一しょに行くファミリーレストランです。毎週水曜日だけの特別な時間。そこでわたしは必ずクリームソーダをたのみます。
 丸くてかわいいグラスの中に広がる緑色は、まるで小さなうちゅうにほう石が散りばめられたようにキラキラとかがやいています。そこにぷくぷくとあわがうかんで、楽しそうにおどるのです。そうして一番上には、王かんみたいにかぶせられたアイスクリーム。そんなクリームソーダは、この世界でもっとも完成された芸術作品だとお母さんもむずかしい言葉で言っていました。
 わたしはまず一口メロンソーダを飲みます。真っ白いアイスクリームは最後のお楽しみだからです。とう明なストローを少し緑色にそめながらわたしの口へと運ばれていくメロンソーダは、べろにふれたしゅん間しゅわっと小さくはじけます。パチパチとしたあわが口の中いっぱいに広がって、まるでドクドクと鳴る心ぞうみたいにそうかいにのどのおくへ通りぬけていくのです。一口飲んだだけで身体中がすずしくなって、空も飛べてしまうくらい軽やかな気分。まほうの飲み物みたいです。
 そうやって何回かメロンソーダをたんのうしたら、いよいよ少しやわらかくなったアイスクリームを食べる番だとわたしの心はうき足立ちます。しかし、いつもそのタイミングで決まってその声が聞こえてくるのです。
「ご注文のお料理ができましたニャ」
 ねこ型の配ぜんロボットが、注文していたハンバーグセットを持ってくる声です。黒色の鉄板からあつあつの湯気が立ちこめて、「さわらないようにね。あぶないから」とお母さんがつくえに置いてくれます。わたしは少しこわくなってしまうけれど、ハンバーグにかけられたソースがピカピカと光っていて、その色に目をうばわれます。お母さんがお皿にご飯とハンバーグとコーンとにんじん(にんじんはいらないのに)を取り分けてくれて、わたしはすっかりアイスクリームのことはわすれてあたかかいハンバーグを食べ始めます。あつあつのハンバーグに息をふきかけながらゆっくり食べて、そうして気づいたらいつも、楽しみにしていたアイスクリームは、緑色のソーダの中で溶けてしまっています。
 少しにごった緑のそれを見て、ご飯を食べ終えたわたしはちょっとだけ悲しくなります。だけど、お母さんは「それもおいしいよ」と笑うのです。お母さんに言われた通りにアイスクリームの溶けたメロンソーダを一口飲んでみると、やさしいあまさが口中に広がって幸せな気持ちにもどることができます。
 そうして白くなったメロンソーダを見つめていると、なんだかスイミングスクールで泳いでいる時のわたしのようだなと思いました。あたたかい水の中で溶けていくわたしのように、緑色のうちゅうに溶けていくアイスクリーム。やさしく溶けて一つになって、新しいみ力を手に入れる。
 それはきっと、プールの中だけの話じゃないとわたしは思います。スイミングスクールの先生に教えてもらう上手な泳ぎ方、学校の先生に習ったむずかしい漢字、お母さんが教えてくれるお花の名前、お父さんが話してくれるおしごとのこと。そうやって毎日いろいろな人にいろいろなことを教えてもらって、その全部がわたしの中に溶けていきます。溶けてわたしのものになっていって、わたしのできること、知っていることがどんどん増えていくのです。そんな風に一つずつ成長して、前に進んで、毎日わたしは新しい自分になります。新しいわたしは昨日のわたしよりもきっと素てきで、明日のわたしに不てきな笑顔でピースサインを作ります。昨日の自分にはずかしくないように、明日の自分に笑われてしまわないように、毎日溶けて進んでいくわたしにこわいものはありません。
 そうやってクリームソーダが溶け切るころに、わたしは少し大人になっているのです。

 私立水ヶ士(みずがし)小学校 五年 檎上夕衣(きんじょうゆい)

 第一〇回『全国小学校〈未来に繋ぐバトン〉作文コンクール』磯崎誘(いそざきいざな)文部科学大臣賞受賞