花蓮さんはカウンター席に座ろうとしたところで、わたしの姿に気づいたようだった。くすりと笑うと、店員となにか一言二言話をしている。
そしてまたわたしの席の正面に座った。
「今、あなたのことを話していたのよ」
注文を聞きにした店員が花蓮さんに話しかける。彼女はそうなんだって返すと、こちらを向いて微笑む。
なんでわざわざこっちに来るのさ。わざわざ話題にしなくても良いのに。
心の中で愚痴って、わたしも微笑みを返した。
カウンターに店員が戻ってしまったので、少しばかりの静寂が流れる。
なにか、なにかをしゃべらないと......。
「ふたりはご友人なのですね」
「ええ、そうよ」
当たり障りのないことを切り出して、上手く難を逃れた。けれども、会話はまた歩き出していかなかった。ピアノ調のBGMに注目している場合じゃない。
どうしよう......。困り果てたわたしは、ちらりと彼女を見る。
「そんなに緊張しなくていいのよ」
だって、こないだ怒られそうになったから。わたしは貴女のことを見ていたいけれど、どうしても緊張してしまう。
「そう、あの子は理沙っていって、高校生の入学式の日に出逢ったの。あいにくの天気なのに傘が折れてね、あの子が"傘に入って"って言ってくれなかったら、私は初日からずぶ濡れだったわ」
「あら、懐かしい話をしてるのね」
そこに紅茶を持ってきた店員である理沙さんが話に混ざる。ちなみに、花蓮さんが注文したのはオレンジペコだ。いつも同じメニューなのかもしれない。
「私はカレンの姿を一目見て、惚れたようなもの。同じクラスになれたらいいなって願ったら三年間も叶って、一緒の大学にも進んだの」
カレン? 店員が口にしたのは彼女のニックネームだろうか。なんだかカタカナで表現する方が合っているような気がした。
正面に座る人物に少しの興味を覚える。よく見たら、顔立ちがなんかちがうような気がする......。
「ああ、そうか」
つい口にしてしまう。女性ふたりがこちらを向く。わたしはのけぞる。
「だって、私はハーフよ」
やっぱりそうだったんだ。いつも注目していた亜麻色の髪も、どこか違って見えた表情も、これで合点がいく。
「亜麻色? きみは素敵な言葉を知っているのね。ありがとう」
ただ昔、テレビに映っていた女性歌手がこんな歌詞を歌っていた。それが、今になって役に立つとは思わなかった。
感謝されたおかげで少し緊張がほどけてきた気がする。
「花蓮さんって、桜が好きなんですか?」
この桜の木のアイデアを出したと聞いたから、と添えて質問する。
すると彼女は、少し窓の方を向いた。そして、そのまま頬をついて答えた。
「......じゃない」
え、今なんて言った?
「......私は桜はあんまり好きじゃない」
おや、あまり期待しない答えが返ってきた。
「そうねえ、桜が開花したら天気はどうなるかしら?」
「えっと、たしか一週間くらい冷え込むんですよね」
だいたいは雨が降る。それが花冷えの日だ。
「そう。きれいなのはよくわかる。それなのに雨が流してしまうから好きじゃないの」
ああ、なんだかわかる気がする。
たいていの場合は入学式に間に合わないことがほとんどだ。
「いくら散りゆく姿に諸行無常を感じてもっていう感じかしら。たとえ桜の花は来年咲さいても、一度失ったものは戻らない。それが嫌なのよ」
店員さんと同じようなことを言う。なんだか不思議な感覚だった。
やっぱり、親友同士似たような言葉になるのだろうか。
・・・
花蓮さんはまた窓の方を向いて、ひとり静かに紅茶を飲んでいる。
昼下がりに降り注ぐ夕陽も、地面から跳ね返る日差しも、彼女のことを照らし出す。
まるで静かな劇場にでもいるみたいな感覚で、ああわたしは声のひとつも上げずに見つめているのがいいんだなって思う。
彼女がまるで舞台女優みたいな美しさだから。
もう飲んでいた紅茶は無くなってしまった。カップの底を眺めながら、もう一杯お代わりしようかと思うのもつかの間、もうお腹が無理だと告げていた。
仕方なく席を立つ。
彼女に会釈をしようとしたら、目が合ってしまった。
「じゃあまたね、未香」
小さく手のひらを見せる花蓮さんに、わたしは手を振って返した。
・・・
その日の夜。
夢に花蓮さんが出てきた。
昼下がりと同じように、向かい合って紅茶を飲んでいる。なにも話すことはなかったけれど、それだけでも楽しかった。
わたしの方を向いていたと思ったら、窓の方を見た。
ふっと考える表情になって、またこちらに視線を注ぐ。
やっぱりその姿は美しかった。
わたしはなにかを言おうとした。けれども、彼女が人差し指を口の前に当てるものだから、はばかられてしまう。
それからしばらくして、彼女が席を立った。
近くに置いてあるピアノを弾きだすと、それまた心地よい。
そう、わたしたちをピアノのBGMだけが彩る......。
わたしはここで目が覚めた。
カーテンのすき間から降り注ぐ太陽の光は、まるで木漏れ日のよう。なんでこんなにも美しく思うのだろう。
またいつか会いに行きたかった。
恋を覚えたわたしのために、世界が彩っているみたいだった。
そしてまたわたしの席の正面に座った。
「今、あなたのことを話していたのよ」
注文を聞きにした店員が花蓮さんに話しかける。彼女はそうなんだって返すと、こちらを向いて微笑む。
なんでわざわざこっちに来るのさ。わざわざ話題にしなくても良いのに。
心の中で愚痴って、わたしも微笑みを返した。
カウンターに店員が戻ってしまったので、少しばかりの静寂が流れる。
なにか、なにかをしゃべらないと......。
「ふたりはご友人なのですね」
「ええ、そうよ」
当たり障りのないことを切り出して、上手く難を逃れた。けれども、会話はまた歩き出していかなかった。ピアノ調のBGMに注目している場合じゃない。
どうしよう......。困り果てたわたしは、ちらりと彼女を見る。
「そんなに緊張しなくていいのよ」
だって、こないだ怒られそうになったから。わたしは貴女のことを見ていたいけれど、どうしても緊張してしまう。
「そう、あの子は理沙っていって、高校生の入学式の日に出逢ったの。あいにくの天気なのに傘が折れてね、あの子が"傘に入って"って言ってくれなかったら、私は初日からずぶ濡れだったわ」
「あら、懐かしい話をしてるのね」
そこに紅茶を持ってきた店員である理沙さんが話に混ざる。ちなみに、花蓮さんが注文したのはオレンジペコだ。いつも同じメニューなのかもしれない。
「私はカレンの姿を一目見て、惚れたようなもの。同じクラスになれたらいいなって願ったら三年間も叶って、一緒の大学にも進んだの」
カレン? 店員が口にしたのは彼女のニックネームだろうか。なんだかカタカナで表現する方が合っているような気がした。
正面に座る人物に少しの興味を覚える。よく見たら、顔立ちがなんかちがうような気がする......。
「ああ、そうか」
つい口にしてしまう。女性ふたりがこちらを向く。わたしはのけぞる。
「だって、私はハーフよ」
やっぱりそうだったんだ。いつも注目していた亜麻色の髪も、どこか違って見えた表情も、これで合点がいく。
「亜麻色? きみは素敵な言葉を知っているのね。ありがとう」
ただ昔、テレビに映っていた女性歌手がこんな歌詞を歌っていた。それが、今になって役に立つとは思わなかった。
感謝されたおかげで少し緊張がほどけてきた気がする。
「花蓮さんって、桜が好きなんですか?」
この桜の木のアイデアを出したと聞いたから、と添えて質問する。
すると彼女は、少し窓の方を向いた。そして、そのまま頬をついて答えた。
「......じゃない」
え、今なんて言った?
「......私は桜はあんまり好きじゃない」
おや、あまり期待しない答えが返ってきた。
「そうねえ、桜が開花したら天気はどうなるかしら?」
「えっと、たしか一週間くらい冷え込むんですよね」
だいたいは雨が降る。それが花冷えの日だ。
「そう。きれいなのはよくわかる。それなのに雨が流してしまうから好きじゃないの」
ああ、なんだかわかる気がする。
たいていの場合は入学式に間に合わないことがほとんどだ。
「いくら散りゆく姿に諸行無常を感じてもっていう感じかしら。たとえ桜の花は来年咲さいても、一度失ったものは戻らない。それが嫌なのよ」
店員さんと同じようなことを言う。なんだか不思議な感覚だった。
やっぱり、親友同士似たような言葉になるのだろうか。
・・・
花蓮さんはまた窓の方を向いて、ひとり静かに紅茶を飲んでいる。
昼下がりに降り注ぐ夕陽も、地面から跳ね返る日差しも、彼女のことを照らし出す。
まるで静かな劇場にでもいるみたいな感覚で、ああわたしは声のひとつも上げずに見つめているのがいいんだなって思う。
彼女がまるで舞台女優みたいな美しさだから。
もう飲んでいた紅茶は無くなってしまった。カップの底を眺めながら、もう一杯お代わりしようかと思うのもつかの間、もうお腹が無理だと告げていた。
仕方なく席を立つ。
彼女に会釈をしようとしたら、目が合ってしまった。
「じゃあまたね、未香」
小さく手のひらを見せる花蓮さんに、わたしは手を振って返した。
・・・
その日の夜。
夢に花蓮さんが出てきた。
昼下がりと同じように、向かい合って紅茶を飲んでいる。なにも話すことはなかったけれど、それだけでも楽しかった。
わたしの方を向いていたと思ったら、窓の方を見た。
ふっと考える表情になって、またこちらに視線を注ぐ。
やっぱりその姿は美しかった。
わたしはなにかを言おうとした。けれども、彼女が人差し指を口の前に当てるものだから、はばかられてしまう。
それからしばらくして、彼女が席を立った。
近くに置いてあるピアノを弾きだすと、それまた心地よい。
そう、わたしたちをピアノのBGMだけが彩る......。
わたしはここで目が覚めた。
カーテンのすき間から降り注ぐ太陽の光は、まるで木漏れ日のよう。なんでこんなにも美しく思うのだろう。
またいつか会いに行きたかった。
恋を覚えたわたしのために、世界が彩っているみたいだった。


