わたしの方を向いていたと思ったら、窓の方を見た。
 ふっと考える表情になって、またこちらに視線を注ぐ。

 その仕草ひとつひとつに、わたしは目がはなせない。
 自然と見つめてしまうのはいつものこと。ただの話し相手だったはずなのに、いつの間にか会えるのを心待ちにして、その姿を見ていたいと思うようになっていた。

 昼下がりの時間帯。
 あたたかくのんびりした日差しがわたしたちを照らす。のどかで心地よい空気がわたしたちを包み込む。
 たったそれだけの空間にはほかの客はおらず、店内に流れるBGMだけが静寂の中にわずかな色をつけていた。
 その音に耳をすましながら、わたしは向かいの席に座る人物に目をやった。

 肩までかかる亜麻色の髪は、とてもきれいに整えられている。
 首にかかるネックレスは、上品な見た目を一段と引き立てる。
 それなのに、表情は年上なのにどこかわたしと同じ年齢のように若返って見える。

 こんな大人、はじめて出会った。
 ――彼女の美しさを表現する言葉が見つけられない。
 いつしか惹きこまれたわたしは彼女の仕草ひとつひとつを目で追ってしまう。
 だから、会話に花を咲かせる時間も、ふっとしゃべることが無くなった時間も、すべてが心地よい。
 まるで小川の中で遊んでいるみたいだ。ゆったりと流れる川に足をつけるのも、急に強くなった水流にも、きゃあきゃあ言いながら楽しむのと似ている。
 小さい頃にそんな遊びもしたっけ、とはるか昔を懐かしんでみる。
 もし、わたしが足を滑らせてしまったら、みんなは笑うだろう。助けになんか来ないでただ見ているだけ。
 でも、彼だけは違うだろう。ちゃんとわたしのところに来て、手を差し伸べてくれるはず。
 きっと、そうなんだ。
 わたしは彼の存在を思いなおしていた。

 彼女がまた窓の方を向いた。
 窓から見える街並みはオレンジ色で染められていたのに。いつの間にか朱色に、黒に変わっていく。その光景を見ていると、つい心がきゅうっと苦しくなる。

 貴女の瞳はなにを映しているんだろう。
 貴女の中でなにを考えているんだろう。

 ……もしこの問いをしてしまったら、わたしは壊してしまうかもしれない。
 心地よい静寂を、なにごとにも代えがたい美しさを。



 ここは<カフェ・サクラ>。
 窓際の席は、ふたりだけの世界。
 大きな桜の木がわたしたちを見下ろしている。その存在は出会いと別れの象徴。けれども、まだ気づく由もなかった。
 降り注ぐ太陽が暖かい気温を、地面から照り返す光が黄昏を連れてくる……。

 ――わたしたちは、出会ってはいけなかった。