沈黙って、苦手だと思っていた。

何か話さなきゃって焦って、
どうでもいい言葉を探して、うまく言えなくて。

だから、沈黙は“会話が途切れた証”だと思っていた。

――でも。

「……図書館、また行こうな」

あの帰り道、晴くんがそう言ってくれたとき、
僕は、黙ったまま頷いた。

言葉じゃなく、沈黙で答えた。
でも、ちゃんと伝わった気がした。

そのときは、沈黙が“安心”に思えた。

だけど――
沈黙には、もうひとつの顔がある。

次の日の放課後。

彼が、いつもの時間に教室から出て行った。
僕は、あとから追いかけるように荷物をまとめて、
いつものようにコンビニで会うつもりだった。

でも――彼はいなかった。

棚の前にも、ドリンクの冷蔵庫の前にも、
どこにも、あの黒いパーカーは見えなかった。

時間がずれただけ。
そう思いたかった。

でも、LINEも来ていない。
既読もついていない。

“たまたま”かもしれない。
でも、今日だけじゃなくて、
その翌日も、またその次の日も。

会わなかった。

三日目の放課後、スマホの画面を見つめながら、
僕はようやく、“自分から連絡する”という選択肢を思いついた。

でも、すぐには打てなかった。

「元気ですか?」
「なにかあった?」
「会えなくて、ちょっとさみしい」

どんな言葉も、送信ボタンを押すには重たく感じた。

会えない理由は、わからない。
だけど、なぜか胸がざわつく。

沈黙が、今は不安になっていた。

四日目の放課後、
僕は、何の約束もしていないのに、図書館に足を向けた。

“いるわけがない”と思いながら、
“いてほしい”と願っていた。

静まり返った館内。
ページをめくる音。
遠くで誰かが椅子を引く音。

そして――その一角に、彼がいた。

窓際の席。
教科書を開いたまま、じっと外を見ていた。

僕は、息を殺して立ち尽くした。
声をかける勇気が出なかった。

でも、たぶん――
彼も、僕に気づいていた。

それでも、お互いに声はかけなかった。

それが、この日の“沈黙”だった。

家に帰ってからも、息がうまく整わなかった。

なんで声をかけなかったんだろう。
なんで目を逸らしたんだろう。

名前を呼べばよかった。
たった二
夜、スマホが震えた。

晴くんから、LINEが届いた。

ごめん、
なんか、ちょっと自分がわかんなくなってた
紬に会うと、素直になりすぎて
少し怖かった

文字を読み終えたとき、
胸の奥がじわっと熱くなった。

僕だけじゃなかった。

沈黙は、お互いの中にあった。

お互いが、相手の“特別”になり始めたから、
沈黙が重たくなってしまったんだ。

深夜0時。

勇気を出して、ひとことだけ返した。

僕も、こわかった
でも、声を出せるようになりたいって思ったのは
晴くんのおかげです

送ったあと、なぜか涙がにじんだ。

沈黙が終わるときって、
声じゃなくても、ちゃんと伝わるんだなって思った。

次の日、教室。

彼と目が合った。

何も言わなかった。
でも、確かに微笑み合った。

ふたり分の沈黙を、
ようやく、受け止め合えた気がした。