春の風が、制服のすそを揺らした。

コンビニの角を曲がったとき、
記憶の中と寸分違わぬ景色が広がっていて、思わず立ち止まった。

最初に――あの日、僕が“見つかった”場所。

あのときの僕は、
マスクに守られて、顔を隠して、
誰の目にも映らないつもりで生きていた。

けれど――

「よ。懐かしいな」

背後から声がかかる。
振り返ると、制服の襟を少し崩した晴くんが、
あのときと同じ黒のパーカーを肩に引っかけて立っていた。

「……本当に、懐かしいね」

「この角で、声かけたんだよな。“お前、こんなとこで何してんの?”って」

「うん。びっくりした。怖いっていうより、“うるさい”って思った」

「ひでぇ」

晴くんが笑って、僕も釣られるように笑う。

「でも……すごく、気になったんだ」

「なにが?」

「マスクで顔隠してるのに、なんでか“綺麗だな”って思っちゃって」

「……へんなの」

「今ならわかる。隠してたのに、隠しきれてなかったんだなって」

僕は目を伏せて、でもすぐにまた彼を見た。

「じゃあ、今の僕は?」

「今?」

晴くんが近づいてくる。

「今の紬は――隠してないから、もっと綺麗」

頬がじんわり熱を帯びる。

それを誤魔化すように、
僕は彼のパーカーの袖を指先で軽くつまんだ。

「……晴くんも、前よりちゃんと“あざとい”ってバレてるけどね」

「バレてもいいよ。どうせもう、俺のあざとさはお前専用だし」

「何その台詞……」

言いながら、自然に手が伸びて、彼の手を握った。

春の光がやわらかくふたりを包んでいて、
その中で僕たちは、たしかに“いま”を選んでいた。

「ねえ、晴くん」

「ん?」

「僕、君に出会えてよかった」

「俺も。紬に好きって言ってもらえて、ほんとに幸せだった」

「じゃあ、これからも」

「もちろん」

手の中にあるぬくもりが、ゆっくりと強くなる。

「マスクの下のキミは、誰よりも綺麗だった。でも――」

「ん?」

「マスクを外した君は、もっと、綺麗だった」

静かな街角で、ふたりだけに聞こえる声で。
彼は、最後の“好き”を、そっと重ねてくれた。

――終わり。