――小野紬

次の日、晴くんからの連絡はなかった。

僕も、送れなかった。

既読をつけるだけで精一杯だった。

教室では視線が合う瞬間が何度もあったけど、
ふたりとも、目を逸らしてしまった。

「おはよう」も「またね」もなかった。
でも、“無視してる”わけじゃない。

近くにいるのに、触れられない。
それが一番苦しかった。

(今、晴くんは何を考えてるんだろう)

昨日、屋上でぶつけた言葉が、
彼をどれだけ傷つけたのか――
それとも、彼が“本当のこと”を言えなくなったのは僕のせいか。

考えれば考えるほど、自分の心が静かに冷えていくのが分かった。

放課後、寄り道もしないで真っ直ぐ帰った。

ベッドに沈み込んで、スマホを握ったまま、何度も彼の名前を見つめた。

でも、タップする勇気が出なかった。

ただ――

何もしていない間、ずっと晴くんのことを考えていた。

笑っていた顔。
手を引いてくれた時のぬくもり。
唇が重なったときの、あのやわらかさ。

(“好き”って、ただ言うだけじゃ足りなかったんだ)

僕はあのとき、
彼の“黙っていること”さえ、信じればよかったのかもしれない。

――桐ヶ谷晴

いつもなら、何かしら言葉を送ってる時間に、
スマホは伏せたままだった。

紬に、なんて送ればいいのか分からなかった。

「ごめん」だけじゃ足りない。
「好きだよ」だけじゃ軽すぎる。

だから黙っていた。

でも、黙っているうちに、
その“黙り”が紬を苦しめてることに、ようやく気づいた。

学校では、紬が僕の方を見ているのを感じた。

でも目が合うたびに、こっちが逸らしてしまった。

(紬のこと、ちゃんと向き合うって決めたはずなのに)

優しさって、たぶんちゃんと伝えなきゃ優しさにならないんだ。

沈黙は、ただの逃げになる。

夜、ベランダで風に当たりながら、
スマホの画面を開いた。

紬、明日少しだけ時間もらえる?

指が震えたけど、送信ボタンは、しっかり押せた。

“黙っていても、ずっとお前のことを考えてた”。

その想いを、やっと言葉にできそうな気がした。